白い花畑
望月と千歳は、道尾の車に乗っていった。
初めて集まった家族は、車内でなにを語るのだろうか。
本当は清水の知り合いに助けてもらうつもりだったが、研究所がすぐに突き止めるだろうと言われ桜山富雄の手を借りることにした。
富雄の裏社会の伝手を頼ることを条件に、K制度について教えることになった。
後日、例のバーで待ち合わせの約束をした知花は溜息をついたのだった。
「ということでね、青木。道尾の発信機を外しなさい」
清水が笑顔で言った。
道尾の車が去ってから、一同はまだ駐車場にいた。ワゴン車はドアが全開に開いており、東雪子が中で寝ている様子がわかる。運転席と東の横に看護師がいる。こちらに目をくれず、じっと前方を見てい!た。清水に忠誠を誓った部下だった。
青木は渋々スマホを操作する。下唇を突き出し、いじけているようだ。
「お前は自分のものだと思ったら直ぐに発信機を取りつけるからねえ。マツリの分も外した?うん、いい子だね」
清水が頭を撫でようとしたが、手が届かない。
一生懸命背伸びをする老人を、青木は無視して知花に話しかけた。
「私の助手がこの病院にいる。はっきり言って、奴らの手の内だ。助手も回収してほしい。部屋番号はー……」
言うだけ言うと、去っていった。
駐輪場へ向かっているので、バイクで来たらしい。
清水は見えなくなるまで青木を見送ると、助手席に乗った。
「え?」
「ん?」
知花の問いに、清水は首をかしげる。
「僕が人を運べるとでも?それに、数人で行ったら目立つから君に任せるよ」
反論する暇もなく、扉は無慈悲に閉じられた。
痛む腹を抑え、マツリはベッドから這い出た。
クローゼットを開けると白衣を見つける。
青木が出て直ぐにカーテンを閉めたので、外の様子は知らない。
見下ろすと、お腹の部分にある赤いシミは広がっていた。薄水色の病衣の上に白衣を着て、髪を手ぐしで整える。
このまま清水医院に行ってしまおうか、と考えて首を振る。
マツリが清水医院に近づけないことを知っているから、青木はわざと畑中を清水の元へ送ったのだ。
廊下から足音がする。さっきもしたが、扉の前で止まっていた。
「この部屋に何の用だ」
堅苦しい男の声がする。
案の定、施設の人間が扉の外で見張りに来ていた。
「知花だ。覚えていないのか?俺はあんたの顔を覚えているけど」
唾を飲み込んだのは、男かマツリか。
男が勢いよく扉に衝突する音がする。マツリは急いでベッドに潜り込んだ。
扉の開ける音がして、心臓が早くなる。
知花はマツリを見下ろしているようだった。気配を、直ぐ横で感じる。そっと背中に手を入れられたと思ったら、白衣を脱がされた。
恥ずかしくて目を瞑る力を込める。
……恥ずかしい?私が?
自問自答しているあいだにマツリは抱えられていた。
「重いな……」
真上から聞こえる声に、眉間に皺がよってしまう。抱えられ、車に乗せられる前に睡眠の海に沈んでいた。
ワゴン車の真ん中に座っている看護師は、隣の東雪子を見るふりをして後ろを振り向く。
後ろの席に知花とマツリがいた。知花は静かに外を見つめ、マツリは寝息をたてている。
「先生、この子どうするんですか?」
「うーん、参ったね。まさか預かるとは」
「うちで働けばいいんですよ、知花君みたいに」
「そうだねえ」
清水は曖昧な返事しかできなかった。
橘マツリと畑中優を引き合わせるわけにいかない。それに、まずは東雪子の脳を調べたい。
やることを順番に頭の中で整理しているうちに、清水医院に到着した。
看護師が二人がかりで東雪子を下ろす。
「それにしても全く起きませんね」
「さっき私が麻酔したから」
あらあ、と看護師達が会話を弾ませている。
知花は清水に起こされ、マツリを抱えた。
「部屋を用意するから待っていてね。ワゴン車はあとでどうにかするから」
東雪子が病室に運ばれていく。
一旦検査してから、客間の方にある機械の部屋に移動させるらしい。
知花はどうしていいかわからず、中庭へ移動した。
自分がよく昼寝に使う芝生の上に彼女をおろす。規則正しい寝息をたてる横顔を、しばらく眺めていたら清水に呼ばれた。
知花が去った後、マツリは目を開けた。
顔を傾けると、視界に白い花が入る。
マツリは静かに涙を流した。
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