回想



『星因学園で起こった集団殺人ですが、犯人は生き残った男子生徒で間違いないようです。警察は、さらに詳しい情報をー……学園の前では花をもった近所の住民がー……』


 五年前、道尾は大学生だった。

将来は科捜研を希望し、優秀な成績を収めていた。世間は突如起こった残虐な事件一色だったが、レポートに追われている道尾はそれどころではなかった。

 今日も大学の渡り廊下を足早にいく。


「青木さん」


 前を歩く先輩に気づき、手を挙げると顔を引きつらせた。

 青木善は、せっかく整った顔をしているのに不潔な男だった。髭をはやし、眠そうな顔をしている。近くに寄ると酸っぱい匂いがする。

研究で寝泊まりしているのは他の人も当てはまるが、彼ほど臭う人はいなかった。


「久しぶりですね、半年くらい姿を見ていませんでした」


「ああ、ちょっと実験していた。今日から復帰するからよろしああ」


 最後まで言えずに欠伸をする。

道尾は彼の横顔をじっと見つめた。


「なんだか大人に見えます。成長しました?」


 それか、疲れたようにも見える。

青木は苦笑していた。おかしなことを言っただろうか、と首を傾げた。


「青木さんがいないあいだの授業のデータ、送りましょうか?それとレポートの内容も」


「やっぱり持つべきものは有能な後輩だよね。ねえ道尾」


「ありがとうございます、あれ、江場さんは?」


 青木とよくつるんでいた、もう一人の先輩の姿が見えない。


「江場は死んだ」


「え?」


 道尾は柱に激突した。おでこを抑え、しゃがみこむ。

青木は手を差し伸べた。


「お前はやつれたな。大学の研究が大変なのか?」


「ええ、色々ありまして……。え、江場さんが亡くなったって本当ですか?葬式は、」


 違う。今聞くべきじゃないと思っているのに口が勝手に動く。

道尾が青木の手を握ると、冷たい体温が伝わった。

青木は今にも死にそうな顔をしていた。


「家族葬だった。ごめんな、連絡しなくて。……なあ、話が変わるが私の助手になってくれないか」


「え?」






 こうして青木に連れられ、道尾はたちばなラボに踏み入れた。

今より人数が少なく、機械ばかりの実験室。

どこかから水音が聞こえ、水族館のような静けさがあった。

 地下に降りて、一番奥の部屋に入るまで誰にもすれ違わなかった。受付に人もいない。


「入って」


 薬品の匂いが鼻につく。

僅かな電子音に顔をあげると、男性がベッドで横になっていた。目が固く閉じられ、薄く開いた口から管が通っている。頭に何重もの包帯が巻かれ、隙間からも管がいくつも通っていた。


「彼は?」


「星因事件の犯人だ。クラスメイトを全員殺したイカれ野郎だよ」


 道尾は息を飲み、男性を観察する。

どう見ても、どこにでもいそうな人だ。


「私達はイかれた奴のイかれた脳味噌を調べることになった。だが見ての通りこの施設は人手不足だ。手伝ってくれないか」


「どうして人手不足……?」


「死んだ。実験に巻き込まれて何人か。江場もそれで死んだ」


 棒読みで、感情のない言葉だった。


「いや、江場は私達を庇って死んだのかな。実験は地獄だった。あまり話したくない。とにかく、私達はイかれた脳味噌を手に入れた。こいつをコピーして実験に使う」


「実験?」


 さっきから、道尾は言葉の節々しか理解できない。だが青木に聞ける雰囲気はなかった。


「臓器をそっくりそのままコピーする機械がある。極秘情報だから誰にも言わないで。ああ、私が今話してしまったからもう君は断れないから」


 その後、さらに地下に降り、例の機械を見せてもらった。透明の四角い容れものに、脳以外の臓器がある。薄水色の液体に浸され、漂っていた。


「これは……」


 綺麗だ、と思った。

いつか行った水族館の、海月コーナーを思い出していた。

青木は壁の出っ張りに腰を下ろした。


「今回の実験は失敗だ。いや、成功だと上は言い張っているけど私はそう思わない。実験中、星因事件が発生して殺人者を手に入れた。知花優という。彼の脳のコピーを移植して、今度こそ実験を成功させなければならない。そのための施設だから」


「……誰に。誰に、移植をするんですか」

 

 道尾は青木を見つめると、彼は無表情で言った。


「子ども達に決まっているだろう」








 道尾は鏡を見た。なんだか老けた気がした。

将来はどうなるのだろうか、と不安になるが、青木の手をとったことは後悔していない。両手を洗い、ハンカチを取り出そうとポケットに手を入れた時だった。

扉が急に開いた。マツリが睨みながらドアノブを握りしめる。


「こ、ここ男子トイレだぞっ」


 慌てて周囲を確認するが、道尾以外に誰もいない。


「畑中を清水さんのところへ送り込んだって本当ですか?」


「そうだけど」


 マツリは聞こえるように舌打ちをして出て行った。あの様子だと、青木に話を聞いたばかりかもしれない。

道尾は追うことにした。











  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る