研究者たち
「トレイのターゲットの死体を確認。次はケイトだ」
「トレイは今どこに?」
「北海道だ。奴はここぞとばかりに遊んでいる。誰が交通費を出すと思っているんだ」
「そんな奴は放っておけ」
次、と話題が変わる。
青木は会議の内容を聞きながら欠伸を堪えた。
実験の途中経過の報告が終わったあと、会議は終了した。
青木と道尾が階段を降りていたら、後ろから声をかけられた。
「青木、ちょっと来い」
手招きをする人物は、橘の右腕となる男だった。
副所長の真鍋だ。真鍋は所長より歳をとっているが背筋がピンとしており、鍛えているので図体が大きく見える。そして柔そうな白髪をわざと短く整えていた。
自分を押し殺しているのであまり声を聞いたことがないが、情けのない男なので油断できない。
「なんすか?」
「お前に話があるから会議室に戻れ」
「話なら道尾が聞きますので」
道尾、と言うと、真鍋から黒いオーラを感じた。
「わかりましたよ、道尾はマツリと合流していてくれ」
「了解です」
道尾を見送り、わざと足音を立てて階段を登る。
「……お前は父親そっくりだな」
真鍋の皮肉に、青木はさらに音を立てた。
会議室にいるのは橘所長と真鍋副所長、青木だけだった。コの形をした机を挟み、見合う形になっている。
「お前らは今何をしている?」
橘が直々に声をかける。
お前らとは、青木と道尾とマツリのことだ。
「えーっと、想起ブロック症候群ですね。コピー脳を使って、神経伝達とホルモン系の変化を起こして、意図的な記憶喪失の実験をしています」
想起ブロックとは、物理的な損傷により、脳の仕組みに問題があるため生じる記憶喪失が存在するという仮定だ。医学的な障害だと何週年、何年にもわたって記憶喪失を起こさせる。
「口封じで人を殺すのはもったいないでしょう。邪魔な記憶だけ取り除いたほうが良い」
「……本当はすでに完成させているだろう」
「まさか。買いかぶりすぎですよ」
橘がテーブルをコツコツと叩く。
「部下にやらせなければもっと早くできたはずだ。お前は一人で動け」
青木もテーブルと叩く。
所長が指先だったのに対して、拳で軽く叩いた。
「私の部下は使えます。私個人に依頼したいことがあるのなら早急に話してください」
部屋が暗くなる。
同時に、画面に顔写真が現れた。
「知花勇。清水が連れ出した男だ。もう一度、奴の脳が必要だ。奴を連れて来い」
画面に現れた男は、生気を失った瞳をこちらへ向けていた。
「コピー脳が足りなくなってきたんですか?」
「まあそんなことだ。奴を連れて来たら地下の部屋に連れておけ」
面倒臭いな、と思っていると真鍋に睨まれる。
ボロが出る前に退室したが、廊下に出たところで念を押された。
階段を降り、振り向いて上空を睨む。
「清水のおっちゃんと折り合い悪いからって私を巻き込むな……」
青木に気づいた受付嬢が笑顔になるが、ただならぬ雰囲気を感じ取って顔を伏せた。
「コピー脳の持ち主?」
道尾はスプーンを止めて聞き返した。施設の一階にある食堂は、美味しいと評判であった。
受付、事務室の奥にあり、客間からも近い。施設に寄った来訪者が、評判を聞きつけ食べてから帰るパターンも珍しくなかった。
食堂内は昼のピークを終え、落ち着いている。但し、十五時で閉まるので道尾は慌ててカレーライスをかきこんでいた。
食堂の隅で固まっていた新人二人組が、そんな道尾を捕まえたのだ。
新人といっても道尾より年齢が高い。道尾は二十代半ばだが、目の前にいるのは三十代辺りだろうか。
「そうですよ、星因事件の犯人の脳ってことは教えられましたが、今はどこにいるんです?」
新人達は声を潜めて聞いてきた。
「君たちは今年の春から来たもんなあ」
窓の外、桜の木はすでに裸になっている。
「持ち主は二年前ぐらいに出て行ったよ」
「殺人者を?脳をコピーさせる約束で刑から逃れたのにいいんですか?あ、それとも刑務所に送られましたか?」
「いやね、持ち主が狂ってしまって違う環境下に置かれただけだよ」
片方の新人がわかりやすく顔を歪めた。
道尾はそのあいだにカレーを口に入れる。辛味があとをひいて美味しい。
「そんな都合よく大量殺人者は現れないから、日本は。長めに生きてほしいのよ」
「世間にバレたらまずいですね」
顔を歪めていない方の新人が、身を乗り出した。
「でも都市伝説化していますよ。星因事件の裁判って死刑の判決が出たじゃないですか。でも関係者が、刑務所で犯人を見ていないって情報を漏らしちゃったおかげで、消えた死刑囚って言われていますよ」
道尾は話を聞きながら水を飲みながら時計を確認した。つられて新人も時計を確認し、席を立った。皿いっぱいのカレーを見て、食事の邪魔をしているとやっと気づいたのだ。
「すいません、また」
何度か頭を下げながら出ていった。
悪い奴らではないのだ。なんせ久しぶりに採用された新人だ。人間性も含まれて採用されている。道尾はカレーをかきこみ、噎せながら過去を思い出していた。
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