後日




 知花が絵をゲストルームに飾る。


「加害者の絵を飾るって、どんな神経をしているんですか」


「絵に罪はない」


 大きさの違う絵をご丁寧に並べて飾っていく。

絵は全て少女だった。

すでにごちゃごちゃしているゲストルームはカオスになっていた。

 畑中はソファに沈み、缶クッキーを漁っていた。

ゲストルームは独特な香りがする。

さっき気づいたが、扉付近でお香を焚いていた。

祖父母宅のような、安心する香りだった。

知花はせっせと絵を飾り、遠目で確認しては位置を微調整している。






あのあと、マンションに清水が現れたのに驚いた。看護師二人を連れ、東雪子を車へ運び入れた。

看護師の一人は受付で会ったことがあった。

高村小夜里は、清水から説明を受けていた。

 東は錯乱している。集団食中毒という事故を自分が起こしたと勘違いしている。あなたは関係ない、と。

高村は混乱していたが、最終的に泣き出し、引っ越すと話した。

 東雪子の絵を知花が抱え、看護師二人が部屋中をチェックしていく。歯ブラシの片方、タオル、着替え、頭痛薬、食器の片方、枕の片方をダンボールに詰めていく。その間、高村はベランダでうずくまってタバコを吸っていた。


「東は高村に罪を擦りつけようとしたのでしょうか。自分が引っ越してくれば良かったのにわざわざ友人をけしかけて引っ越させるなんて」


「違う、一緒に殺したかったんだ。自分を受け入れて欲しかった」


 畑中は知花の背中を見る。

知花はまだ微調整をしていた。


「俺はターゲットである桜山千歳を保護しておけば殺人は起こらないと思ったんだ。でも違った。申し訳ない」


「知花さんのせいではないです……」


 会うことなく、写真や絵でしか姿を見られなかった子どもたち。

明泥園でほんの少しでも幸せを感じてくれていたら嬉しい。自分勝手な願望だけど。

桜山千歳は姿を消した。知花曰く、母親の元に返したらしい。


「千歳の希望だ。怖い思いをさせて悪いことをした」








知花の反省会が終わらないので、畑中は部屋を出た。そして廊下を進み、ある部屋で止まる。

ちょうど扉が開いた。


「おや、畑中君。彼女に会いにきたのかな」


 部屋の中は、半分以上か機械だった。

真四角の機械は、透明な部分からチューブが見える。地響きのような音を出しながら、時折、チューブの中が光った。

横に設置されているベッドに東雪子が寝ていた。

メイクを落とした彼女は弱々しく見える。頭に何本かチューブが繋がっており、接合部分に何重にもテープが貼ってある。


「前頭前皮質の糖代謝量を人工的に増やしているよ。うちは脳の移植技術はないから、コピー脳をどうにかするしかない」


 清水が横で説明してくれている。


「ただ、初めて行うことだからどれくらいで終わるかわからない。畑中君にいつできるかどうか……」


「大丈夫です、俺はいつでも。これから被験者達を捕まえて連れてきてもいいですか?」


「勿論だとも」


 清水の返事に、機械音がさらに音を上げた。

畑中は安心したように穏やかに微笑み、静かに決心した。するとポケットの中で携帯が鳴る。

反射で開くと、六番目の被験者、サイスからだった。


「……は?」


五番目の被験者、畑中を労っているメッセージだった。しかし畑中は殺していない。








 小出莉亜が目を覚ますと、ワトソンが覗き込んでいた。


「にゃおーん」


 ワトソンの毛を顔に感じながら、もう一度目を閉じた。

 昨夜は畑中が家まで送ってくれたけど、恥ずかしくてずっと顔を俯いていた。手を離してくれず、その手を頼りに帰路についた。


「最悪……」


 メイクを落とさず、着替えもせず。

怖くて肌に触れない。のろのろと風呂場へ向かった。


 シャワーを浴びながら思考を整えていく。

泣いていてあまり見られなかったが、畑中の知り合いらしき医者がきていた。

医者は清水と呼ばれていた。看護師の名前は覚えていない。

 それに、知花と呼ばれていた男。

桜山千歳を抱えた男は何者だろうか。いずれも畑中優の知り合いに違いない。

 シャワーを止め、鏡を見る。自分の裸体が鏡に映った。

鼻の絆創膏を取り、左頬の湿布も取る。





鼻のつけ根に横線がある。よく見ると傷痕だ。

そして左頬にはJACKと。

英語の傷痕がある。

鏡で反転しているそれに、小出は苦笑いを浮かべた。消えないように何度もなぞった傷だ。

 自分の中の復讐の炎はまだ燃えている。同じように、イラついた気持ちも生まれた。

矛先は畑中だ。あいつも理不尽に親を亡くしているのにヘラヘラしている。

怒っていいはずなのに、どうしようもなかったと過去にしている。私と同じはずなのに。


鏡を殴る。

鏡は割れず手に痛みが走った。










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