青い謎
山本陸、西尾春日、稲田未来、相葉美々の遺体を見る。
幼い死に顔は歪み、痣のような死斑があった。
「青い斑点……」
「酸欠によるものだ」
畑中は違和感に納得した。子ども達の似顔絵は、みんな青い服を着ていた。明泥園の制服だと思ったが、写真の子ども達は私服を着ている。
「どうして青い服なのか」
独り言が響き、車内の全員から注目を浴びる。
「青色の絵の具しかなかったんじゃないすか」
部下の言葉に誰も頷かず、小出が話を変えた。
「伯父さん、カップケーキってプレーンだよね?」
「ああそうだが、もう市販にないぞ。メーカーが回収したからな」
「材料に桃、アプリコット、アーモンド、もしくはこれらの香りがするようなものはある?」
「なかった。昔ながらの素朴な味をアピールしていたから」
舌打ちの音がしたが、すぐ可愛い声が続く。
「伯父さん、明泥園の周りに最近現れた人っている?」
「聞いてどうする」
「ねえ、私はもう後戻りできないって言ったよね」
小出が後部座席から、叔父の襟元を掴む。
「おいっ……」
叔父は部下を制し、小出の腕をはらった。
「一階下に住む美大生。一週間前に引っ越して来た。子ども好きで明泥園に出入りしている。他の住人も出入りしたことあるが、最近現れたのはそいつだけだ」
部屋番号と名前を聞き出すと、車から降りた。
「ナメているわ。ジャックは捕まらないからって大胆な行動をするのよ」
小出は足元の小石を蹴った。小石は坂を転げ落ち、溝にはまった。
溝の中に小石が詰まっていた。車で撥ねられたもの、蹴られたものの終着駅だった。
またマンションに戻る小出に、畑中は戸惑う。
「いるかわからないだろ」
「早く行った方がいいに決まっているでしょ」
時刻はすでに夕方。
スピーカーから音楽が流れ、マンション横の公園から子ども達が飛び出してくる。
子どもの群を避けながら、畑中は明泥園を見上げた。
高村小夜里の部屋は明泥園の真下だった。
大谷曰く、前の住人が子ども達の走る音に耐えられず引っ越していったので、次に入る人は子ども好きが条件だった。
「それにしても大学生でここに住んでいるのか」
畑中が思うに、大学生はワンルームのイメージだ。他の住人だって数人の家族で住んでいる。
チャイムを何回か鳴らすと、女性が出てきた。
「部屋、間違えていません?」
女性はすっぴんにメガネをかけ、部屋着であった。髪ゴムが肩まで緩まり、髪にボリュームが出ていた。
しかし部屋着に見覚えがある。
公園で胡座をかいていた絵描きだった。
「すいません、寝てましたか。初めまして、私たち今度お隣に引っ越す予定の者です。ちょっと早いけど挨拶にきました。で、横に住んでいる方が美大生だと大家さんに聞きまして。作品を見てみたいなー、なんて」
小出が畑中と手を繋ぐ。指が指をこじ開け、無理やり恋人つなぎをしてきた。
「はあ、え、いきなり?」
高村小夜里の警戒心は当たり前かもしれない。
「実は私、絵を描くのが好きで美大に興味があるんですよ。でも弟と妹がまだ小さいので学費的に無理かなって諦めています。せめて、現役芸大生の作品を見てみたいのです」
繋いだ手に力がこもる。
よくも次から次へと嘘がつけるものだ。
高村小夜里は髪ゴムをとり、手櫛で乱暴に整える。
「それでしたら、まあ、」と曖昧な許可をもらった。
玄関の敷居をまたぐ時、シャンシャンシャンと鈴の音がする。靴箱の上にスピーカーが設置されていた。
「あれ、壊れていると思ったのに。不審者がきたら鳴るように同居人が設定したんだけど、あなた達で初めて鳴ったわ」
後ろめたい気持ちで入るので、スピーカーはある意味正しい。
固まった2人に高村はフォローする。
「大丈夫、同居人も鳴っているから。おかげで帰宅するとすぐわかる」
小出叔父は、高村が同居していると言っていなかった。届出も一人だ。気になるが直ぐにキャンパスに目がいく。
立て掛けてあるキャンパスの中、唯一イーゼルがあるキャンパスがある。
「あ、換気しますね」
高村の言う通り、部屋内は独特な匂いが充満していた。薬品とフルーツの甘い匂いを混ぜたような匂いだった。
「すごーい、これって今製作中の絵ですか?」
小出は真ん中にあるキャンパスに近づく。青い空に青い海、小さく描かれた人物二人を中心に岩や海中の生物が描かれている。人物だけまだ色がのっていなかった。
「あと人を描けば完成するの」
高村は足元の絵の具を退かす。退かした先から果物の模型が転がってしまった。
「青っぽい絵が多いんですね」
「そ、青色を4年間のテーマにしているの。卒制も青をモチーフにするわ」
「卒制?」
「卒業制作。四年の集大成だから気合いがいるの」
高村小夜里は現在二年生。
すでに卒業制作を考えているのだ。
「横の部屋で寝ているんですか?」
小出が閉まった襖を指差す。
「布団があるだけでこの部屋と変わらないよ」
高村は窓際にしゃがみ、タバコを咥えた。
地味な女だから意外だったが、慣れた手つきで火をつける。
彼女の顔色は青白い。部屋の中も青い。窓の外の夕焼けだけ別世界のようだ。
絵のような完璧な構図に見とれる畑中。その横で小出が足元を見渡す。絵や材料を見るふりをしながらあるものを探す。
画用液、顔料、水彩メディウムが並ぶ中、それはあった。
小出がそれを手にした瞬間、シャンシャンシャンと鈴がなる。肩が跳ね、慌ててそれを袖に隠す。
「同居人だわ」
高村が窓の外を見ながら煙を吐く。
「ただいま……お客さん?」
現れたのは派手な女性だった。
ウルフカットがよく似合い、目の周りが黒く囲んである。道端ですれ違ったら目を合わせたくないような、そんな強気なオーラを感じた。
「そ、今度お隣に引っ越してくるってー」
「なるほど、お隣さんね。今お茶出すから」
明泥園と同じ配置にある台所へ、派手な女性が入っていく。
「お気遣いなく、長居するつもりはないので」
畑中が小出の腕を引っ張る。
「気にすんなよ、こいつ今スランプだから誰かと話した方が気分転換になるし」
女性の言葉に、高村はタバコを持った手で目元を隠した。薄く開いた口からまた煙が出る。
「私は東雪子。こいつは高村小夜里。大学の同級生なんだ。見ての通り絵を描く学部だけど」
派手な女性、東が絵を指差すとチャイムの音がした。
「今日はお客さんが多いな」
高村がタバコを灰皿に押し付け、迎えに行った。
東は缶から茶葉を取り出す。
「2人はカップルなの?」
「ちがっ……そうです」
畑中の反射的な否定に、横から脇腹をつねられる。
東から見れば、若いカップルが初めての同居の準備をしているようだろう。
慣れた手つきでポットからお湯を流す。
シャンシャンシャン。
また鈴の音がした。
三回目だともう驚かない。玄関から高村小夜里の声とお客さんらしき声がする。
「東さん?」
東の手元、カップからお湯が溢れていた。
小出が台所に入り、布巾で拭く。
鳴らないと思っていたスピーカーが鳴って驚いたのだろう。東は呆然としていた。
「ねえ、東。可愛いお客様よ」
高橋小夜里がリビングへ飛び込んで来た。後ろからお客さんもくる。
「あずまねえちゃんっ」
何度も確認した顔を、実物を初めて見る。
桜山千歳が腕の中から東を見つけ、嬉しそうな声をあげた。知花の腕の中で。
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