白昼調査
畳の部屋に人が集まると息苦しくなる。
小出叔父が部下(同僚かもしれない)を連れて廊下へ出た。
畑中はプラスチック箱からおもちゃを取り出し、小出はタンスからタオルを引っ張り出した。
真ん中に座った豆柴が、千歳のものと分けていく。
「これもっすか」
廊下から聞こえる声に、小出叔父が見に行った。
「豆柴さーん」
そして小出叔父の呼ぶ声。場に似つかわしくないのんびりとした声だった。
「伯父さんは私のやりたいようにさせてくれるのよ。いてくれて良かったわ」
小出が小声で言う。
桜山千歳の私物を集めると、ピンクやキャラクター物が多くて目がチカチカした。横の探偵は、目をキラキラさせている。
戻ってきた豆柴が折り紙のチューリップも加える。
「千歳ちゃんは絵を描かないんですね」
部下が頭を掻きながら言ったことに、畑中は反応した。
「そういえば写真も苦手だから」
「千歳ちゃんは絵と写真を頑なに拒否したので、無理強いできませんでした。虐待されていた子が多いので、もしかしたら千歳ちゃんにとって嫌な思い出があるかもしれません」
写真に続いて、絵も駄目だという。自分の姿をなるべく残さないようにしているようだ。
帰るとき、廊下に飾ってある絵を見る。
どれも子ども達の似顔絵だった。思わず立ち止まって見ていると、豆柴が話しかけてきた。
「上手いですよね。自分の目や鼻の位置はわかるのに、納得のいく場所に描けなくて悔しがっていて……」
聖母のような表情で、絵をなぞる。
畑中は似顔絵に違和感を持ったが、子どもの絵だろうとスルーした。
千歳の私物をまとめた後、明泥園の一日を再現してみた。
「ええと、朝ご飯が終わると散歩に行きます」
豆柴がマンションの外へ案内する。
エプロンをつけた如何にも保育士といった女性の後ろに、大人がわらわらとついていくので道ゆく人は振り返った。
気候は涼しく、秋を感じる。
公園に入り、砂場近くで立ち止まった。
「ここでしばらく休憩したり遊んだりします」
「休憩中は何か口に入れますか?」
叔父がすかさず聞く。
「持ってきた水筒で水分補給を。他は口にしません」
「水筒は人数分、先生の分もありますか?中身はお茶ですか?」
「水筒は子どもの分と、私達は一つの水筒で二人分飲みます。中身は麦茶です」
ふむ、と叔父が唸る。
その横で小出も同じように考え事をしていた。
「散歩中にいつも会う方はいますか?すれ違う方でも構いません」
豆柴は公園を見渡した。
この公園は広く、木のあいだに道があるのが特徴だ。道は分岐点がたくさんあり、奥が見えなかった。公園内の人は、散歩をしたり絵を描いていたりしている。
「あのおじいさんは毎日犬の散歩をしています」
豆柴の視線の先に、ポメラニアンを散歩させるおじいさんがいる。こちらに気づくと、鏡始めたが途中で止まる。
「子どもが犬を怖がってから、私たちが来るたびに犬を抱っこして離れてくれます」
次に、ベンチに胡座をかいて大きなスケッチブックを睨む女性を見る。
「あ、あの方は……明泥園に絵を教えにきてくれる子です」
畑中と変わらない年齢だろうか。
女性は絵描きに夢中でこちらに気づかない。
「子ども達の食中毒は知っていますか?」
「知っていると思います、ニュースになりましたから」
畑中達は公園の出入り口に背を向けていたので気づかなかった。
出入り口で、こちらの様子を見ている人に。
その人は背負っていたギターケースを降ろし、脇に抱える。しばらく注意深く観察し、踵を返した。つけているネックレスの金属音とヒールの音が響く。
「お願い、見せてっ」
駐車場、黒い車の横で小出が叫んでいた。
細腕でドアを抑え、叔父を邪魔している。
「流石に無理だ、子ども達の死体は見せられない」
「ちょっとでいいのよ、あともう少しでわかるのに。それに、今日は何しにきたの?」
運転席で、部下が苛立っている。見かねた畑中が小出を剥がす。
「……桜山千歳を保護しろと命令された。連れ去ったのは親戚ではないらしい」
「交換条件よ、私の推理を話すから見せて」
「桜山千歳の行方はわかるのか?」
「……」
確かに、伯父さんは小出莉亜に甘いようだ。
死体など見せたくないと不機嫌になるのがよくわかる。てっきり警察関係者にいいように使われていると思っていたが。
「これを見てよ、今この時も、関係ない人が被害にあっているの」
小出がファイルを開いた。ネット記事をプリントしたものだ。
『令和の毒入りカップケーキ事件か』と見出しに書いてある。
「カップケーキのせいにされているのよっ。製造元が否定してもますます盛り上がっているし、販売している店に嫌がらせをする輩も出てきたわ。人って憶測だけで盛り上がるの。面白いからね。……いいの?」
畑中も先ほど見た。
記事といい、記事のコメントといい胸糞悪い。
叔父はため息をつくと、顎で後部座席を示した。
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