明泥園




お互いの共通点で親睦が深まった、気がした。




次の日、畑中はため息をついていた。場所は清水医院の裏の客間だ。

小出莉亜は最後まで警戒していた。自分の手札を見せたからお前も見せろ、と目が訴えていたが無視して帰ってきた。

正しくは、「泊まってもいいの?」と聞いたら赤面して追い出された。


「麦茶だよねえ」


 清水がテーブルにお茶を置いた。先日、お茶を置いた青年は未だ行方不明だ。


「ありがとうございます」


 桜山千歳の生死が不明の今、焦る気持ちを抑えてここへやってきたのだ。一気に飲み、清水に昨日の出来事を話した。


「警察関係者の探偵か。うまいこと用意したね」


 辛辣な言葉だがその通りだ。

派手なファッションや可憐な容姿をもち、親族に関係者がいる。

清水は携帯を持っていない。最悪の場合、病院の電話にかけようか迷ったが非常識なのでやめた。


「僕に報告するのはひと段落ついてからでいいよ。相談ならいつでものるけど」


 遠慮がちの意見に、畑中は首をふった。


「話すことで考えがまとまるで、自分の為でもあります。それに清水さんは話しやすいので」


 老人が照れたように微笑む。白衣を着ていなければ、縁側で日向ぼっこするおじいちゃんにしか見えなかった。


「あとですね、知花さんについてですが……」


「行方不明はいつものことだよ。大丈夫、ひょこっと戻ってくるよ。もしかしたら畑中君のターゲットも平行で追っているかもしれない」


「身元不明の女子高校生のことですか」


「うんうん。それに、僕は例の女子高校生を見た気がするんだ」


 空のコップを落としそうになる。


「え、女子高校生を?」


「うん。でも記憶が曖昧だなあ。どうも歳をとるとね」


 畑中は自分のターゲットをもちろん気にしている。でも順番的にまずは桜山千歳だ。

清水医院を出たタイミングで携帯が鳴る。昨日、連絡先を教えた女探偵からだった。




 真ん中を区切られた鍋に、薄く切ったバラ肉が入れられる。赤いほうがチゲ風で、白い方が薬膳風だ。小出は薬膳のほうが気に入ったのか、そちらにばかり具を入れる。

おかげで白い方の量が減っていた。

畑中は次々と皿に盛られる肉を食べる。テーブルにはポン酢やゴマだれがあるが、そのままで十分美味しい。

二人は平日昼間からしゃぶしゃぶ食べ放題に来ていたのだ。

店内は空いているので、好きな席を選べた。小出は迷いなく窓際の席を選んだ。

二階にある店から外を見ると、通行人を見下げることができる。

明泥園の最寄り駅で待ち合わせをしたあと、説明もせず店に連行されたのだった。

小出は箸を離さず、さっきからずっと具材を茹でている。


「何これ」


 やっと突っ込んだ畑中の手には、持って来たばかりの新鮮な野菜だった。


「この店ってランチ安いのよね。前から行ってみたかったの」


 小出はずれた答えを言った。心ここに在らず、という雰囲気だ。

時折どころか頻繁に外を見て、何かを探している様子だ。


「答えになっていませんけど」


「彼女がしゃぶしゃぶ食べたいってお願いしただけでしょ」


「お願いされた覚えはありませんが」


 文句を言いつつ、チゲ風に浮かぶ肉をとって口に入れる。

ピリ辛な旨味と肉汁が、口の中でとろけた。

そういえば外食は家族と行ったぶりだった。施設にいたときは簡素な食事だったのだ。しばらく無言になり、食事を堪能していると小出が急に立ち上がった。


「きた、きたきた」


「何が」


猫が小鳥を見つけたように、小出は窓の外から目を離さなかった。


「昨日会った叔父さん、覚えているでしょう?ちょっと加齢臭がしたのよね。連日捜査に追われているとみて、明泥園に行くと予想したの。目立たないよう車は駅前のコインパーキングに止めると思ってね。あの叔父さんのことだから、一番安いコインパークだと思ったのよ」


 説明しながら、帰る準備をする。

コインパーキングを確認したが、車の出入りが激しくてどの車かわからない。

畑中は残ってしまった食材に後ろ髪を引かれながら、レジへ向かった。





 畑中と小出は、明泥園の前にいた。叔父さんは中にいるだろうか。

小出が目配せをしてチャイムを鳴らす。


「はいー」


ドアを開けたのはエプロン姿の女性だ。幸薄そうな園長に比べ、タレ目な彼女は幸福そうに見える。


「昨日もお伺いしました、桜山千歳の親類です」


 女性は一泊遅れて、泣きそうな顔をした。園長と同じように平謝りする。

二人がかりでなだめて、やっと奥へ入れてくれた。


「千歳ちゃん、元気にしていますか?」


 女性は豆柴と名乗った。

豆柴菜々子。道中確認したファイルに書いてあった。 


「元気ですよ、ええ」


 曖昧に頷き、本題に入る。小出を制し、畑中が話し出した。


「実は千歳とその引き取りにきた方と連絡が取れない状況でして。本当に母親が引き取りにきたのか知りたいのですが」


 豆柴は両手で口を覆った。資料の通り、小心者で感情的な人柄だ。


「千歳の持ち物を確認してもいいですか?お願いします」


 いかにも、自分達が正しいように。

畑中は、嘘をつくことに罪悪感がないことを内心驚いた。

豆柴は奥の襖を開けた。


「でも……ですって、刑事さん。いいでしょうか?」


 襖の向こう、畳の上。刑事らしきスーツの男が仏頂面で胡座をかいていた。

叔父さんではない。そう思った瞬間、冷や汗が流れた。

立ち上がろうとした足に、小出が手を置いて止める。


「怪しいな。おたくら身分証明書見してくれん?」


 スーツの男が凄んでくる。と、男の肩に手を置かれた。もう1人、部屋にいたのだ。


「大丈夫、俺の身内だ」


 叔父さんが、昨夜と同じ格好でいた。















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