探偵事務所
キャラクター物のカップから湯気が出ている。
畑中と小出は飲み物に手をつけず、写真を覗き込んでいた。
写真には四人の子ども達と蓮見と保育士が写っている。背景に遊具があり、皆、日光が眩しそうな顔をしていた。
「右から山本陸、西尾春日、稲田未来、相馬美々。あとは蓮見園長と豆柴ほのか」
山本陸だけ豆柴に抱っこされている。
「山本陸は四才であとの女の子達は五才。男の子1人だからさぞ可愛がられていただろうね」
「桜山千歳が写っていないけど」
「写真が嫌だったって。普段は大人くて良い子だけど写真だけは癇癪を起こすほどだったそうよ」
畑中は依頼の写真を思い出す。視線がずれていたのは隠し撮りだったのか。
「私が掴んでいる情報は、事故として処理されるそうよ。どう見ても不自然なのに」
「現場を見たの?」
小出莉亜はファイルを出した。先ほどの写真を入れ、横にある文を読む。
「病院に運ばれた被害者四名の顔色は青く、痣のような模様が浮きでて、ほのかにアーモンド臭がしていた。シアン化カリウムで毒殺されたのよ。そうしたらおかしい部分が出てくるの」
ページをめくる。
「子ども達はカップケーキを食べたあと、すぐに苦しみだしたと園長が言っているわ。シアン化カリウムを摂取した場合、すぐに病状が出るわけでなく少なくとも30分はかかるの。量を増やせばもっと短くできると思うけど」
「子ども達が白い粉を自主的に食べたと?」
「考えにくいわ。カップケーキの上に粉砂糖みたいにかけた訳じゃないし」
食べかけのカップケーキの写真が出される。プレーンの生地に、赤い包装紙が半分破られていた。
「市販のカップケーキだと、あとから追加すると怪しまれるな」
「だから警察は飲み物だろうとコップを回収したの」
机に並んだコップの写真。持ち手と縁に色がついていた。
「この写真達はどうしたんだ」
「依頼主からもらった」
小出はカップに口をつける。おかげで表情が読み取りづらい。
「警察関係者……」
ポツリと呟いた言葉に目の前の女探偵の反応はない。しかし畑中は確信した。
そうだ、上層部に潰されるなら外部に依頼すればいい。ヒントを与え、答えに辿り着いてもらえれば正々堂々と主張できる。この探偵はジャック専門探偵と言っていたが、K制度はどこまで知っているのだろうか。
「ジャックについて、どこまで知っているの?」
「無差別に人を殺す冷酷な殺人犯ってことしか。女性や青年など、姿はよく変わるそうだから変装だと睨んでいるわ」
畑中は他の候補者に会ったことがない。脳が耐えうる器だから同じ世代が多いのだろう。
ピンポーン、とチャイムが鳴った。
緊張に強張る畑中をよそに、小出は玄関を開けた。
「あら、伯父さん」
三十代ぐらいのスーツを着た男が入ってきた。椅子に座ったままの畑中を見て、片眉をあげる。
「莉亜、近くまで来たからこれ良かったら」
ビニール袋に冷凍食品が詰められている。
「ありがとう、お茶飲んでいく?」
「いや仕事に戻るからいいよ。お友達もいるみたいだし」
男性は上がろうとせず、さっさとドアノブに手をかける。しかし思いついたように振り返った。畑中は反射で、ファイルを閉じた。
「……お友達って最近できたのか?初めて見たけど」
「そうだけど」
小出は濁しながら袋を置いた。
畑中は男性を見る。一見、サラリーマンに見えるがガタイが良くて鋭い視線をしている。すぐに目を逸らしてしまった。
警察関係者だ。
頭皮の中がひどく熱い。直感で警告されている。
逸らした先で、床の木目を数えていたら目の前に影が降りてきた。
「こ、恋人よ。検索しないでくれる」
小出が畑中の肩を寄せた。体格が違うので小出の腕がピンと張る。
「こ、こ、恋人か。邪魔したな」
男性は言葉に詰まり、そそくさと出て行った。
「……」
「……」
肩から手が離れる。制服のジャケットにシワがよっていた。
「伯父さんは母親の弟なの。私に恋人はいないのかと会うたびに聞いてきて鬱陶しいから、ごめん、利用させてもらったわ。自分が愛妻家だからって人にも恋愛観を押し付けてくるから困ったわ」
冷凍食品が入ったビニール袋は濡れていた。中が溶けてしまう前に急いで冷凍庫へ移す。
冷凍庫はすでにたくさん入っていたらしい。パスタとラーメンの冷凍を、冷蔵庫へ移し変える。
小出莉亜の後ろ姿を眺めていた畑中は、彼女の私生活が気になった。
この部屋は事務所だと言っているがどう見ても彼女の自宅だ。
家族の姿はワトソン以外見えない。
「家族は?」
「母親がいたけど亡くなった。シングルマザーだったから今は私一人」
素っ気ない言い方に、プライベートに突っ込むなと無言の圧を感じる。
「俺も両親が事故で亡くなったよ。最近まで入院していたけど、一人暮らしを始めるつもり」
畑中含む実験体達は、いきなり外へ放り投げられた訳でない。
畑中は施設に入る前、高校に通い、両親と暮らしていた。高校は変わらず通えるし、部屋だって高校近くを借りてくれた。他の被験者は知らないが、元と同じような環境が約束されているはずだった。
「事故?」
「両親と山登りした帰り道、乗っていたバスがスリップして崖へ落ちたんだ。ニュースにもなった」
「春ぐらいに起こった山バス滑り事件のこと?運転手が捕まったってやつ」
小出の瞳が怪しく光る。探偵の顔をしていた。
「そうだ、運転手が自殺した事件だよ」
ブレーキに細工がしてあった。
自殺を考えた運転手が、何を思ったのか乗車客を道連れにしようとしたのだ。
畑中と両親はバスの真ん中付近の席にいた。自分はたまたま助かって、両親は即死だった。
いや、自分だって脳を移植していなければ助かっていなかった。
考えすぎて気持ち悪くなるので、意識を無理やり変える。
「顔のそれ、怪我したの?」
畑中が自分の頬を示しながら聞くと、小出は勢いよく立ち上がった。冷蔵庫の上、流しの出っぱりに後頭部をぶつける。
鈍い音、そして静寂。
「……何?」
「いや何でもない」
うっかりさんだな、と心の中で彼女の評価をした。
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