ターゲット
窓の外は暗くなっていた。
いくら日中が暑くてももう秋なのだ。
知花がカーテンを閉め、ベッドに座った。
畑中は目で追っていたが、もう彼のいれたお茶を飲むのは気まずかった。
清水は眼鏡をかけ、スマホを持つ手を前後に動かす。ようやくピントに合うと表情を歪ませた。
「まだ子どもじゃないか」
桜山千歳。
写真の女の子は短い髪をツインテールにし、高価そうな服に身を包んでいる。正面を向いておらず、斜め前を見ている様子だった。
「政治家の隠し子らしいです。ケイトが詳しく聞かなかったので、俺も全然情報が知れなくて」
「政治家の立ち位置は?」
「30代と若者です。新しい法案をよく提出して、議会は迷惑しているそうです」
桜山富雄。
政治家一家の長男で、妻と三人の子どもがいる。
桜山千歳はホステスとの子らしい。
女遊びを知らない若者が、政治の世界で仕方なく夜の街に付き合った結果がこれだ。
「認知されていますが母親は仕事を辞める気がなく、現在子ども園に預けられています」
「子ども園」
「児童養護施設です。資料はここに」
画面を開いてみせると、清水は不思議そうな顔をした。画面にある写真は、どうみてもマンションだ。この建物よりボロいが階数がある。写真は屋上付近を写していた。
「場所がないようで、子どもを数人ずつ分け、複数のマンションを利用しているようです」
他人事のように話す。
実際、関係ないことだが施設はもちろん幼稚園や保育園の場所の確保が難しい世の中だ。
それに、清水に伝えてないが児童養護施設にいる子どもたちは訳ありが多い。桜山千歳のように親の事情があるのだ。
知花が動いた。
話が気になるのか一定の距離をあけながら画面を覗く。
「君が殺人を止めたい理由、わからなくもないよ。こんな小さい子が殺されるなんて見過ごせないよね。協力させていただくよ」
「ありがとうございます、ではすぐにここへ行ってターゲットを保護しましょう」
畑中は席を立った。膝をテーブルにぶつけて鈍い音がした。
「待って待って、聞き忘れたけどもうケイトは向かっているの?」
「前の人の終了報告が、動き出す合図です。終了報告はごまかせません。ターゲットの死体は警察を通して施設に運ばれますから。そこでちゃんと死んでいるのか確認されるのです」
画面をスライドしてみせる。昨夜の池袋通り魔殺人の記事だ。
「死体の確認がされ、先ほど終了報告がありました。ケイトの人柄はわかりませんが、もう向かっているかもしれません」
清水は畑中の袖を掴んだ。力がなく、直ぐに解けてしまう。
「それぞれのターゲットの情報はいつ渡されるの?」
「……一斉に、それぞれ送られてきます」
「じゃあ君もわかっているのか」
自分が殺す相手を。
畑中は頷いた。
知花は目の前に茶飲みを持ってくる。
無言の圧は、飲めと言っている。
畑中は息をしていないことに気づいた
。思い出したように深呼吸をする。
汗がこめかみから顎へ流れる。背中にシャツが貼り付いて気持ち悪い。
ジャスミン茶はぬるくなっていたが喉が潤った。
「君のターゲットを見せてくれ、とまで言わない」
「見せた方がいいだろ。もしかしたら俺かじいさんがターゲットで近づいてきたかもしれない」
畑中は震える指で、自分に送られてきたメールを開いた。
画面にうつるはメガネをした女子高校生の写真。
髪は後ろに縛っていて、前髪で目元が見えない。
「これは……」
清水は言いかけてやめた。
「情報は写真だけ。名前さえわかりません。女子高校生の制服は、星因学園です。5年前に廃校になったところです……」
初めは写真だけでターゲットを辿るものだと思っていた。だがハッキングすると他の者には情報が詳細に書かれている。
なぜ自分だけ。
この女子高校生は何者なのか。
「自分の番になったら、何かよくないことが起きそうな気がするんです。殺しを見過ごせないと言いましたが実際は自分の番になった時が怖いんです。知花さんの言う通りです」
「わかった、星因の女学生についてはこちらで調べよう。君は知花くんと桜山千歳を救ってくれ。知花くん、任せたよ」
いつの間にか、お団子の男はベッドに腰をかけお茶を飲んでいた。
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