プロローグ② K制度について

「どうせ無視されるからさー、挨拶なんてしなくていいの。相手の反応があって初めて挨拶は成立するんだからさあ」

長い廊下を青木と道尾は歩く。道尾は青木の長い足幅に合わせるように、ちょこまかと足を動かしていた。階段をさらに降りるとガラス張りの部屋が並ぶ階に出た。

中で白衣の研究員が実験をしたり、パソコンに向かって唸っている。




「マツリは?」

「マツリさんは地下3階で寝ていると思います」

「またか、実験体が放たれて空室だからって勝手に私室にするなよな」


青木は手前の部屋に入り、腰を下ろす。お茶を買ってこようとした道尾を止め、意地悪な笑みを浮かべた。

「今日の会議内容さ、口頭で説明してよ」

道尾は反抗するように口を閉じるが、青木の指が唇に触れる。

ガラス張りなので廊下から丸見えだった。


「やめてくださいよ、あらぬ噂がたったらどうするんですか。あと青木さん、臭いですよ」

青木は首を傾げてみせる。

「風呂に入ったのは2週間前だ」

「その割に髪がサラサラですね」

「ああ、髪質がいいんだ」

自身の黒髪を撫で、微笑んでみせる。顔に騙され、ふらふらと寄ってくる女はその匂いで逃げることが多い。ナンパ避けに役立つが、一緒に働く道尾もなるべく近付きたくなかった。

道尾は諦めて青木の手を振り払う。

「K制度の最終確認です。某J制度の……」




キング制度。別名K制度。

各国の核所持、ハッキング、サーバー攻撃と戦争の手段が増える時代。


二〇二三年。

アメリカ政府が目につけたのは人間だった。

他国が震えあがるほどの殺戮人間がいれば、脅しになる。

そうと決まれば早速刑務所から殺人者を引っ張り出してきた。

しかし、殺人者を外に出すと、世間から避難を浴びることになった。

「そこで、殺人者の脳をコピーすることにしたんですよ。脳を複数コピーし、健康体に入れていく。何回か繰り返すうちに遂に殺戮人間が出来上がります」

道尾は部屋の隅で説明していた。


臓器のコピーは、近年できた技術だった。

本来より色が白くなるが機能は変わらない。

移植がスムーズに行われるようになり、開発したイギリスの学者は賞を総なめにした。

しかし、脳のコピーは禁止されていた。

まだ全貌が見えない脳は、記憶や感情までコピーされると危惧されていた。

まさかの最初からの説明に、青木は欠伸を噛み殺す。自分から説明しろと言った手前止めにくい。この生真面目な助手は止めたら止めたでふてくされる。

「殺戮人間はキングと名付けられ、今日も人間を殺している。誰も裁くことができず、冷淡な脳味噌を持ってー……」




二〇二四年。

次にK制度を行なったのはイギリスだった。

自分たちの技術が悪用されていることに怒りつつも、最高傑作といわれる機械でコピーを始めた。

処刑されるところだった女殺人鬼を保護し、脳をコピー。

クイーン制度の始まりだった。


Q制度が進行中、二〇二五年、遂に日本も造ることにした。


「キング、クイーンときてジャック制度と名付けた。でも問題が起きる」

高尾が人差し指を立てた。

青木が猫のように指先を目で追っていた。

「シリアルキラーがいないんです。都合よく連続殺人犯はいない。ただの殺人犯だと意味はないですし」

「物騒な言動だねえ」

両手を広げ、おどけてみせたが道尾の表情は曇っていた。

「たちばなラボは焦った。K制度のための施設だから。そして、模擬実験を行なったのです」

自分達の子どもを使って。

シリアルキラーになるよう願って。




「はっ、イかれているなあ」

「五年前に行われたJ制度。実験中に偶然シリアルキラーを見つけたんですよね」

「ああ、殺人脳ね」


道尾は当時学生だったので、確認の意味を込めて聞いた。目の前の当事者に。

「そして今回、本物のシリアルキラーの脳をコピーして実験を行うことにしたと」

「そうそう、5年前はJ制度。今回はアメリカのようにうまくいきますようにってことでK制度って呼ばれているらしい。新J制度でも通じるけど」


廊下を2人の研究員が通り過ぎる。こちらに一瞥もせず、手元のファイルに夢中だ。


「また始まるんですか、地獄の実験が」

「そうだ」


片手で顔半分を隠し、歪んだ口元を隠した。

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