第82話 こっそり拝借します……!
イベントを進める決意はしたものの、そのためにはアクアスティードが持つ空の妖精王の指輪がなければいけない。
入浴を終えたティアラローズは、寝台の上でごろごろしながらどのようにして手に入れたらいいのか悩んでいた。
さすがに、「指輪を貸して!」と言ってほいほい貸してもらえるものではない。理由を話せば貸してくれる可能性はあるけれど、誰かに知られてはいけないというようなことが書かれてた。
つまり、アクアスティードにばれないようにしなければいけないのだ。
――あんまり隠し事はしたくないんだけどなぁ。
「ティアラ?」
「あ、アクア様。おかえりなさい」
「ただいま。寝ててもよかったのに」
国王が病に伏せってから、アクアスティードの仕事量は増えている。病状も未だに回復の兆しは見えず、日に日に心配が強くなる。
ただ、完治させる方法がないわけではないようだ。ティアラローズはその方法を知らないけれど、アクアスティードとフェレスは把握している様子だった。
父親の寝室に寄ってきた様子のアクアスティードは、「元気だったよ」と告げる。
「食欲も変わらずあるようで、その点は安心した」
「何か食べられるというのは大事ですからね」
「ただ、母上の方が看病でまいってるみたいだ」
アクアスティードが寝台にもぐりこみ、ティアラローズの横に寝転がった。そのまま腕が腰へ回されて、どこか甘えるように抱きつかれる。
そのしぐさが猫のようで可愛いが、話している内容は心配になることばかりだ。
「ラヴィーナ様が……。心配ですから、そのお気持ちもわかります。美味しいお菓子を用意して、お茶会にお誘いしてみてもいいですか? もしかしたら、迷惑になってしまうかもしれませんが……」
「いや、ティアラさえよければ誘ってあげてくれ。出来れば、室内よりも外がいい」
「わかりました」
部屋に引きこもってばかりでは、本当にラヴィーナの方がまいってしまう。本人が嫌だと告げても、無理やり連れだしてほしいとアクアスティードが言う。
それを聞いて、「さすがに王妃殿下を無理やりは出来ません」と苦笑する。
「そのときは、私も一緒にお茶会を楽しむよ。そうすれば、無理やり連れてこれるだろう?」
「アクア様がそう言うなら、いいですけど……」
「うん。楽しみにしてる」
「とびきり美味しいケーキをご用意しますね。もちろん、ほかのものも」
気付けばもやもやしていた気持ちは落ち着き、ティアラローズは穏やかになる。父親が病気なのだから、アクアスティードは自分よりも大変なのだ。そう考えると、すとんと胸につかえていたものが落ちたような気がした。
アクアスティードの髪を優しく撫でながら、ティアラローズは言葉を続ける。
「早くよくなるといいですね。リリア様が以前かかっていた病気みたいですし……きっと、治りますよね?」
「……そうだね。私が治してみせる」
「アクア様が」
アクアスティードの言葉を聞き、思わず姿勢を正す。寝台の上に座ると、アクアスティードがころりと仰向けに転がり、ティアラローズの膝に頭を載せる。膝枕だ。
ゆっくり目を閉じたアクアスティードは、何かを考え込んでいるようだった。いや、それは決意に近いものだったかもしれない。
次にその瞳をティアラローズに向けたときは、迷いがなかった。
「私は、星空の王になろうと思う」
「――!」
突然の告白に、息を呑む。
しんと静まり返った室内に一瞬の沈黙が流れ、しかしそれははき出したティアラローズの息によって再び時間が動き出す。
「ティアラには、辛い思いをさせることになるかもしれ――」
「いいんです、そんなことはっ」
「……ティアラ?」
アクアスティードの言葉を遮り、ティアラローズは声を荒らげる。
「もっと、わたくしを巻き込んでください。アクア様に、アクアに守られているだけでは足りません。隣を歩きたいんです」
肩で息をしながら、思っていたことをアクアスティードに告げる。目にはじんわり涙が浮かび、決意を告げてもらえたことがとても嬉しかった。
とめどなく涙が溢れ、ティアラローズの頬を伝った涙はアクアスティードの頬に落ちていく。それを指先ですくい、アクアスティードはぺろりと舐める。
「!!」
「しょっぱい」
「あ、あたり前です! 何してるんですか、アクア様!!」
急いで自分の目元を手で擦り、涙を拭う。
「こら、そんな風にしたら赤くなる」
駄目だよと、アクアスティードが優しくティアラローズの手をほどく。そのまま泣いている目元に優しく口づけられて、涙が引っ込んでいく。
アクアスティードの夜着の袖口で拭かれ、逆に申し訳なくなってしまう。けれど、ちょうどいいハンカチなどを持っているわけもなく……。
恥ずかしさを隠すように、ティアラローズは話題を変えようと試みる。
――お菓子、いや違う、えっと、ええっと……そうだっ!
「アクア様、指輪を見せてください!」
「指輪を?」
いきなりすぎる話題転換に、アクアスティードがくすりと笑う。
恥ずかしがってそうしたのはお見通しだが、さすがのアクアスティードも元々指輪を見せてもらう作戦があったことまでは気付かない。
「空の妖精王の指輪は、声を拡大することが出来る」
「はい、存じています」
国民へ声を届けたいときは、これほど便利なものはないだろう。この世界には、新聞のような媒体はあるが、リアルタイムで何かを伝えるテレビやラジオがないのだ。
アクアスティードが指から抜き取り、ティアラローズへ指輪を渡す。何の警戒心も持たれなかったことは嬉しいが、実はこれを手に入れるために見せてもらっているなんて――口が裂けても言えないだろう。
すんなりと外れたところを見ると、寝ているうちにこっそり抜くことが出来るかもしれない。
オパールを削って創りあげた空の妖精王の指輪は、透き通っていて横幅が広い。普段は、アクアスティードの右手親指にはめられている。
「あまり頼りきりになるのはよくないけれど、助けられているのは事実だからね」
「はい」
それに関しては、ティアラローズも同感だ。
不必要に、人間が本来持ち得る以上の力を使うべきではない。本当に必要なときを見極めて使う。それが、所有者となったものへ課せられる責務だろう。
――でも、こっそりこの指輪を拝借しないといけないのに。
無断で盗むようなかたちになってしまうのは本意ではないが、そうしなければ話は先に進まない。アクアスティードが王になるとけついを口にしたのだから、ティアラローズがここで迷う必要はない。
「ありがとうございます、アクア様。空の妖精王の指輪というだけあって、とても綺麗ですね。透明度は、一番ですね」
いそいそとアクアスティードの指にはめ、こっそりサイズ感を確認しておくことも忘れない。
「……ふぁ」
「眠いですか? アクア様」
「少しね。最近は仕事をかなり詰めていたし、考えることも多い」
うとうとする姿を見て、「もう寝ましょう」とティアラローズも横になる。頭からぎゅっと腕で抱きしめて、アクアスティードの背中を撫でる。
すると、胸元に顔を埋めすぐにうとうとし始めた。よっぽど疲れているんだと思うと、あまり自分のことで負担をかけるわけにはいかないなと思う。
――イベントが進まなくて悩んでいるのなら、それをわたくしが解決してみせる!
はじまりの広場に行き、祈りを捧げるのだ。それが出来るのは、今のところ自分しかいないと自負しているし、その役目をほかの誰かに渡したくないと思っている。
「……ラ~ララ~」
子守唄のように、ゆっくりとした口調で歌をうたう。
まるでゆりかごのようなティアラローズに、アクアスティードは心地のよい眠りへと誘われていった。
それはもちろん、一緒に横になっていたティアラローズも例外ではない。気付けば、抱き合いながらぐっすり眠っていた。
◇ ◇ ◇
「ん、んん……っ?」
ふいに腕の痺れを感じて目を覚ますと、目の前にアクアスティードの頭部があった。思わず驚いて声をあげそうになるが、寸でのところで耐える。
「あ、そうか……アクア様を抱きしめたまま寝たから腕が痺れちゃったんだ」
ちょうど左腕が、アクアスティードの頭部の下にあり枕の役割をしていた。確かにこれでは痺れてしまうが、いつも自分に腕枕をしているアクアスティードは平気なのだろうかという疑問も浮かぶ。
起こさないようにそっと腕を引き抜き、枕に寝かせる。
熟睡しているらしく、まったく起きる気配がない。日中の仕事、父親の病気、上空に現れた円環の光に、アクアスティードを即位させたい貴族たちからのプレッシャー。
いろいろなものが、アクアスティードにのしかかっているのだ。
「お疲れ様です、アクア様」
優しく頭を撫でながら、明日はもっとたくさん甘やかしてあげないと! なんて考えハッとする。
――もしかして、今なら指輪をこっそり拝借出来るんじゃない?
アクアスティードはちょっと動かしても起きないほど熟睡しているし、明日以降にこんなチャンスがやってくるかはわからない。
夜中に目が覚めたことが、いっそ奇跡ではないかと思ってしまう。
「……ちょっと、お借りするだけですから」
ティアラローズは、アクアスティードの指からそっと空の妖精王の指輪を抜き取る。自分の右手親指にはめ、すこし大きいかと思ったが――サイズが調整されて指にぴったりフィットした。
「! すごい、所有者の指に合うようになってるのね」
これなら指輪を落としたりする心配はなさそうだ。
ティアラローズは寝台からそっと抜け出して、自室へ行く。衣裳部屋から動きやすくラフな服装を選び、静かに着替える。
何か物音を立てようものなら、扉の前にいる護衛の騎士に怪しまれてしまう。
髪の毛は邪魔にならないよう一つにまとめ、低い位置でお団子にする。
乗馬用に用意された白色のパンツと、上にはシンプルなブラウス。レースがあしらわれた深い青色のジャケットを羽織り、若干変装を意識した着替えが完了した。
「よし、これで完璧! あとは、どうやってこの部屋を抜け出すか……よね」
こんな真夜中に一人で外へ出たいといったら、タルモに大反対されることはわかっている。それどころか、アクアスティードを起こしてこのことを報告されてしまうだろう。
以前リリアージュを助けるために、安全が確認されていない泉に飛び込んだため、タルモの信頼度はゼロに近いのだ。
「あ、そうだ。オリヴィア様の攻略本に、王城の隠し通路が全部記載されてたんだった」
それは、ティアラローズの部屋にも存在する通路だ。
外へ出るだけの一本道から、下水への道、王城のいたる部屋へ続く総合した隠し通路と、それはかなりの規模になっている。
ティアラローズは自室から繋がっている隠し通路だけをどうにか暗記したが、オリヴィアは王城すべての隠し通路を攻略本に記載していた。
ある意味、オリヴィアの熱い思いが恐ろしいと思う瞬間だった。
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