第81話 すれ違い

 国の上空には円環の光、始まりの広場には光るゲームロゴ。

 絶対に何かとんでもないイベントが始まろうとしていることだけは、確信することが出来る。


「アクア様は、どこまで……何を知っているんだろう?」


 自分に何かを隠していることは間違いない。


「ティアラ?」

「え? ――あ、声に出てました……か?」

「ばっちりね」


 うっかり自分の思考に浸っていたティアラローズだが、ここはアクアスティードの執務室だった。うっかりアクアスティードに対する考えがもれてしまっていたなんて、令嬢として失格だ。

 バレてしまっては仕方がないと、素直に聞いてみるという結論を出す。


「その、円環と噴水のシンボルマークが気になって仕方がなくて……」

「私が何か知っていると思った?」

「……はい、その通りです。アクア様は落ち着いていて、何かご存知のように思えました。もしかして、フェレス殿下から何かを聞いていたのではないですか?」


 まさかここまで確信に迫るような言い方をされるとは思っていなかったので、アクアスティードは驚く。そして同時に、自分のことをよく見ていてくれているのだということを理解する。

 かといって、アクアスティードが抱えていることはそう簡単に言えるものではない。というよりも、ティアラローズに伝えにくいというのが正しいだろうか。


 悩むアクアスティードを見て、聞かない方がよかったみたいだとティアラローズは落ち込む。


「もちろん、話せないというのであればわたくしは聞きません。ですが、アクア様がとても悩んでいることはわかります。……わたくしでは、力になれませんか?」

「ありがとう。ティアラがいてくれると、とても心強い」


 執務机から立ち上がったアクアスティードは、ティアラローズの下までやってくる。隣に腰かけて、「大丈夫だよ」と静かに告げる。

 心配しないでと頭を撫でるアクアスティードに、曖昧に微笑み返す。率直に聞いても、どうやら教えてくれる気はないらしい。まるで誤魔化すようなアクアスティードの態度に、もやもやが膨らんでいく。


 ――話せないのは、わかってる。


 アクアスティードは王族で、王太子だ。妃に話せないことだって、いくつもあるだろう。しかもティアラローズは隣国から嫁いできたのだから、ことさらに。

 言えないことは理性で理解出来る。それなのにもやもやするのは――独占欲だ。


 何かを抱えているなら、それをすべて共有したいという気持ち。アクアスティードに護られているのはわかっているのに、理由があって核心に触れさせてもらえないのが寂しいのだ。

 それを自覚したら、恥ずかしさが芽生えた。こんなにも自分は欲が強かったのか、と。嫁いだ当初は続編のヒロインにアクアスティードを奪われるのではと考えていたのに、調子がいいものだ。


「ティアラ? 顔が少し赤いけど、もしかして風邪?」

「えっ! いえ、違います。大丈夫です……」


 アクアスティードの大きな手が、熱を測るためティアラローズの額に触れる。冷たくて心地よく、思わず目をつぶると優しい口づけが頬に降ってきた。


「アクア様……」

「ティアラは少し休憩すること。私のことを心配してくれるのは嬉しいけど、ティアラは突然無茶するからね、気が気じゃない」

「それは……」


 確かに否定出来ないが、アクアスティードのため、ゲームのイベント! と聞いてしまえば、やる気に火が付いてしまうのは致し方ない。

 しゅんと肩を落とし、これ以上もやもやしたままここにいるとアクアスティードの仕事に支障をきたしてしまいそうだと判断して部屋で休むことにした。




 ◇ ◇ ◇



 とぼとぼと部屋へ向かっていると、廊下の窓に座って外を眺めているリリアージュを見つけた。ソティリスが心配だからと、フェレスと一緒に滞在しているのだ。


 ――でも、リリア様が一人なんて珍しい。


 いつもはフェレスと一緒にいるのに、どうしたのだろうか。

 じっとリリアージュを見ていると、ティアラローズの視線に気づきこちらを振り向いた。


『ティアラ! どうしましたか、そんなところで。なんだか泣きそうな表情ですね……』

「リリア様……わたくし」

『わたしでよければ話を聞きますよ。ティアラのお部屋に行きましょう』

「……はい」


 リリアージュは優しく微笑んで、一緒にティアラローズの部屋まで来てくれた。

 フィリーネが紅茶とフィナンシェを用意して下がったのを確認してから、先ほどのやり取りを説明する。そしてもやもやして仕方がなく、自分の感情を上手くコントロール出来ないのだと。


『そうだったんですね。でも、ティアラはアクアスティードの妃なんですから欲は当たり前ですよ』

「そうでしょうか……。わたくしは、王族という身分です。アクア様の一歩後ろにいるのが丁度いいと思いはしますが、隣に並びたいと望んでしまいます」

『隣にいればいいではないですか』

「え……」


 あっさりと言いのけたリリアージュの言葉を聞き、ティアラローズは目が点になる。

 日本人としての記憶があるティアラローズは、女性は男性をたたせるべきだという考えがある。そのため、アクアスティードの下した判断を素直に聞いているのがいいのではないかと思っていた。


 けれどここは、日本ではなくマリンフォレストだ。

 ゲームの世界だ。


『わたしはフェレスと違って、平民の生まれでした。だから考え方がすっごーく違ったんですよ。今だって、フェレスの考えがわからないことは多いですし、納得いかないことも多いです』

「リリア様……」

『ですが、一人一人に感情があるのは仕方がないんです。わたしたちは、生きているのですから』


 自分の心を殺して生きても、それは楽しくないでしょう? と、リリアージュに問いかけられる。


「わたくしは、侯爵令嬢として、王太子であるアクア様の妃として……立派に振舞わなければと思ってやってきました」


 でなければ、ヒロインに自分の座をすべて奪われてしまうのではないかと思ったから。ゲームのイベントに対しては積極的なティアラローズだが、アクアスティードに迷惑がられてしまったらと、とたん臆病になる。


『ティアラもアクアスティードも、フェレスに似てますね』

「フェレス殿下に……ですか?」

『はい。王族としての責務を自覚して、自分の心を押し殺そうとする』

「それは……」


 王族としての義務だと、ティアラローズは幼いころから教え込まれて育ってきた。前世の記憶が蘇った今も、国のために貴族として尽くしたいという思いは消えはしなかったのだ。

 ティアラローズは、それを当たり前だと思っている。


 おそらくアクアスティードも、フェレスも。

 本能でそうしなければいけないと、感じている部分があるだろうと思う。


『フェレスは強いです。ずっと、一人で王であり続けましたから。……わたしには、あまり王族の責務というものがわかりませんでした。……淑やかな言葉遣いも、苦手です』


 ゆえに、リリアージュは自分たちの不始末をティアラローズやアクアスティードに頼まなければいけないのが申し訳なく、辛かった。

 自分のことなのに、無関係であるティアラローズに迷惑をかけてしまうのが嫌だった。

 けれど、フェレスやアクアスティードはそれを王族としての義務だと、当然のように受け入れる。それはどうしてもリリアージュに理解出来ず、いつももやもやしているのだと話す。


『つまり、女の子はいつだってもやもやするものです。女はいつも、王族の男にもやもやさせられなければいけないんです!』

「リリア様……」


 その主張がおかしくて、ティアラローズは思わず噴き出して笑ってしまう。


『やっと笑顔になりましたね、ティアラ』

「あ……」

『笑っている方が可愛いですよ』

「そう、ですよね……」


 むにむにと自分の頬に触れた、固まっていた顔の緊張をほぐしていく。アクアスティードの前で行うのは恥ずかしいけれど、同じ女であるリリアージュの前であれば問題はない。

 大きく深呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。


 もやもやするのは仕方がない。

 パンと自分の頬を両手で挟み、「よしっ!」と気合いを入れる。


 それを見たリリアージュは目をぱちくりさせて、ティアラローズと同じように噴き出して笑う。


『ティアラは、たまにすごく男らしい一面がありますね』

「え!? そ、そうでしょうか?」


 令嬢として淑やかに生きてきたつもりだったため、男らしいなんて言われたのは生まれて初めてだ。けれど『そこがいいです』なんて褒められてしまっては、悪い気もしないというもので。


「そうだ。リリア様とフェレス殿下のことを教えてください。お二人で建国したのですから、さぞ大変だったのではありませんか?」

『いいですよ、ティアラの頼みとあれば』


 リリアージュはフィナンシェをぱくりと食べて、『何から話しましょう』とうきうきしている。そしてふと、何かを思い出したらしく『そういえば』と話を切り出した。


『この国を建国するときに、妖精王の陣地取りを行ったんですよ』

「陣地取り、ですか?」

『今は、確かそれが簡略化されて妖精の盤上遊びというゲームがあると聞きました』

「あります。クレイル様がとてもお強いです」


 そのゲームは以前、みんなで遊んだことがあるものだ。三つの駒を5×5のマス目に置いて行き、リバーシのように挟むことで相手の駒を自分の駒にすることが出来るゲームだ。

 知略が必要なゲームで、ティアラローズはいつも負けっぱなしだったのを覚えている。


「でも、陣地を奪うなんて……力を合わせて建国したのではないのですか?」

『陣地取り、なんて言い方では乱暴だと思うかもしれませんね。これは、男性が己の力を示すために行われてるんです。自分はこれだけ強いから、かならずこの場所を守る――と』


 それは、自分がこの国のどこに祝福を贈るか・護るかという取り合いだった。

 妖精王たちがマリンフォレストを愛しているからこそ行われたのだと、リリアージュは言う。陣地取りが行われたからこそ、マリンフォレストはこんなにも豊穣あふれる大地なのだ。

 妖精たちが奪い合いたいくらいにいい国なのだと、そう考えるとフェレスの努力はすさまじいものだったのだろう。


 その説明を聞き、国一つ作るためにそんなイベントを行ったのかとティアラローズは感心する。この建国秘話を知っている人間は、自分以外にいないかもしれない。


 ――アクア様は知っているかな?


 そう思い、とある考えが浮かぶ。

 もしかしたら、自分と同じように、アクアスティードはフェレスからこの話を聞いているのではないだろうかと。

 それを聞き、悩んでいるのではないかという考えが浮かぶ。もちろん、ティアラローズの予想でしかないが、アクアスティードは星空の王の指輪を作ったばかりだ。もし、陣地といったものが絡んできていてもおかしくはないだろう。


『もしかして、ティアラのもやもやの原因は陣地取りかもしれないですね』

「!」


 現在、このマリンフォレストの陣地はフェレス、キース、クレイル、パールが持っている。


『アクアスティードが本当の王になるのであれば、妖精王の陣地取りを行いフェレスから陣地を奪い取らなければいけません』

「フェレス殿下と争う……?」

『いいえ、力を示すだけです。フェレスももうおじいちゃんなので、そろそろゆっくりさせてあげたいですね』


 何の心配もいらないというリリアージュの口調は明るく、ティアラローズをほっとさせる。そして同時に、やはり自分が懸念していたことが正解なのだと確信する。


 リリアージュはソファからぴょんと降りて、バルコニーへ出る。ティアラローズが続くと、手すりに乗ったリリアージュが上空の円環を見つめていた。


『この円環は、おそらくですが……マリンフォレストが新しい王を求めているから出たのでしょう』

「でも、アクア様は何か悩んでいて、王になることが出来ないでいる……?」

『そうかもしれませんが、わたしにはそこまでわかりません。フェレスであればわかるかもしれませんが、きっと教えてくれないと思います』


 ぷくっと頬を膨らませたリリアージュが、『もやもやですね』と言って笑う。


『フェレスは、わたしに不要だと判断したことは教えてくれないんです。きっと、心配をかけたり、危険に巻き込まないためなんですけど……それはすっごくもやもやです。わたしだって妻として、フェレスの隣に立ちたいんです』

「リリア様」


 その気持ち、すっごくわかります! と、ティアラローズは力いっぱい頷く。


『だから、フェレスの意見を無視して力を飲み込み続けて、怪物になっちゃったんですけどね』

「え」

『フェレスもちょっとはもやもやすればいいと思って』


 リリアージュの方が男前ではないだろうか? とは、さすがに口には出さなかったけれど。いくらなんでもそれはやりすぎだったのではと、心配になってしまう。


『とはいえ、そうしなければフェレスが助かる道はなかったんです。だから、結果オーライだったんです』

「そうだったんですか……」


 辛いことを思い出させてしまったと、ティアラローズは申し訳なく思う。しかしリリアージュは気にしていないようで、笑顔のままだ。

 バルコニーから室内に戻り、残ったクッキーを二人で食べる。その間、ティアラローズが考えるのはリリアージュから得た情報とあり得るであろうゲームの展開だ。


 円環の光は、アクアスティードが新しい星空の王としての立場を確立するためのものだろう。

 始まりの広場にあるメッセージを読む限り、スタートの合図は王たちの指輪。問題は、それを集め祈りを捧げるのが誰かという点だ。


 ――文章は日本語で書かれていた。


 ということは、ゲームのヒロインが行うべきイベントだということが想像出来る。

 ティアラローズは悪役令嬢だが、妖精王たちの隠し通路に入ることが出来た実績もあるので問題はないだろう。指輪を四つ集め、ティアラローズが祈りを捧げればいいのだ。


 そうすれば、妖精王の陣地取りが始まる。

 まさに、はじまりの広場だ。


 しかしそこでふと、ある懸念が脳裏をよぎる。

 現国王がいるというのに、陣地取りをしたら国を乗っ取るような形にならないだろうか……と。とはいえ、ずっと円環の光が出たままでは国民も落ち着かないだろう。


『悩んでいるみたいですね』

「! リリア様……」

『ティアラ、お願いです。アクアスティードの背中を押して、本当の意味で王にしてあげてください。フェレスには自由になって、この国だけではなくもっと広い世界も見てもらいたいんです』


 リリアージュの真剣な声を聞き、ティアラローズはごくりと唾を飲み込んだ。建国からずっと、フェレスに星空の王という責務を背負わせているのだ。

 確かにもう、自由にならなければいけないとティアラローズも思い、決意する。


 ――指輪を集めて、はじまりの広場のイベントを進めよう。

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