第80話 円環の光

 ティアラローズたちが旅行から帰還し、少し経ってある噂が流れ始めた。

 それは、国王が病に伏せっているためアクアスティードが即位した方がいいのではというもの。こういった噂が起こるだろうと予測はしていたが、やはり聞いていて心地よいものではない。


「ティアラ、眉間にしわが寄ってる」

「ハッ! いけない、わたくしったら……」


 頬に手を当てて、ほぐすようにむにむにと動かしてみる。それを見たアクアスティードがくすりと笑ったので、ティアラローズはさらにハッとして自分の失態を自覚し赤くなった。


 ――わたくしったら、思わずはずかしいことを!


 耳まで赤くしていると、「こほん」という咳払いが耳に入る。発生源は、エリオットだ。


 ――そうだった、ここはアクア様の執務室だった!!


 エリオットに恥ずかしいところを目撃されてしまい、穴があったら入りたくなる。

 ティアラローズは今、アクアスティードの執務室で手伝いをしていた。とはいえ、そんなに難しいものではない。国民から届けられた要望などの手紙に目を通し、実現可能、不可能、保留、その他と判断していくものだ。


「ええっと、次の手紙はっと……『ケーキを取り扱うカフェが増えて嬉しいです』ね。わたくしも嬉しいわ」


 こういった手紙は、その他に仕分ける。

 その様子を眺めていたアクアスティードは、頑張って手紙の確認をしているティアラローズを微笑ましく思う。


「確かに、それは嬉しいね」

「はい。やっぱり、人間から食の欲求は切り離せませんからね。衣食住の満足度は高い方がいいですし」


 ティアラローズとしては、もっともっと充実してほしいと思っている。


 本来であれば手紙の確認はエリオットなどが行う仕事だが、国民の声を聞いてみたいということもありこの仕事を手伝っているのだ。

 ほかには、壊れたため修繕してほしい公共施設や道の報告、治安についての相談などもある。国民が国に対してどう思っているのかがわかるので、とてもやりがいがある仕事だ。


 ティアラローズ、アクアスティード、エリオットの三人で仕事を進めていると、突然窓から強い光が室内に差し込んだ。


「えっ!?」


 驚いて窓の方を見るが、それだけでは原因がわからない。騎士が魔法の練習をして、何かあったのだろうか。それとも、事件が起きたのだろうか。

 すぐにエリオットが窓の外を確認し、庭園、街の順番で確認を行う。最後に上空に視線を向けて――あんぐりと口を開けた。


「エリオット?」


 ただならぬエリオットの様子に、ティアラローズとアクアスティードの声が重なる。

 何事だと同じように上空を見てみると、そこには光り輝く円環が浮かんでいた。きらきらした光の粒子が集まっているのか、発光しているのがわかる。


「すぐに確認してきます! といいたいんですが、さすがにあれを確認しに行くのは無理ですね。異常がないか、騎士団に王城と街を見回らせます」

「ああ、頼む」


 優秀な側近であるエリオットとはいえ、空高くに浮かんだ円環を確認しに行くのは無理だ。

 ティアラローズはじっと見つめ、いったいなにが起こっているのだろうと考える。勉強したマリンフォレストの歴史では、このような前例はないはずだ。


 ――もしかして、ゲームのイベント?


 けれど、アカリやオリヴィアからこのような情報は聞いていない。別荘で見つけた攻略本にも、円環が空に現れるということは書かれていなかった。

 そうなると考えられるのは、フェレスやリリアージュのときのようなイレギュラーな展開だ。本来のゲームでは、怪物であるリリアージュを倒してエンディングを迎える予定だった。しかし、リリアージュはこうして助かっている。


 もしかしたら、新しいゲームルートがあったのかもしれない。




 ◇ ◇ ◇



 円環の現れた原因などが特定出来ないまま、数日が過ぎた。

 騎士たちが聞き込み調査などをした結果、特に被害を受けている人間や場所はないようだ。妖精たちに聞くと、『綺麗なわっかだね!』とほんわかした返事がされるため、悪いものではないのだろうと誰もが思い始めていった。


 次代の国王、アクアスティードを祝福するために現れた王冠だ! そう、最初に口にしたのはいったい誰だったろうか。

 人々の噂とはあっという間に広がるもので、アクアスティードの即位を祝福するために現れたという話題で街がもちきりになってしまった。



「まったく、人の噂には困る」

「それだけアクア様が支持されていると思うしかありませんね。陛下がいる手前、それを素直に受け取るわけにはいきませんし……」


 アクアスティードが息をつき、ティアラローズに寄りそうようにその肩口へ頭を載せる。

 二人は今、馬車に乗って街の中央広場へと向かっている。そこにある噴水のシンボルマークが光り輝いているという報告があったからだ。

 何か円環に関する手がかりがあるはずだと、調べに行くのだ。


「ここ数日は報告も含め忙しかったからティアラが足りないな……」

「アクア様ったら」


 甘えるような様子に、くすりと微笑む。

 ティアラローズもアクアスティードに体重を預けるようにして、二人で寄り添う。触れる肩口から伝わる体温は心地よく、いつまでもこうしていたくなる。


「ティアラも、私が足りない?」

「!」


 くすりと、いたずらに笑うアクアスティード。ハニーピンクの髪に指を絡めて、その艶やかさを堪能する。髪に唇を寄せるが、それはすぐこめかみ、目元、頬へと移動していく。そして最後に、ティアラローズの薄ピンクの柔らかな唇に触れる。


「ん……」

「それとも、十分?」


 口づけの後、至近距離でアクアスティードの金色の瞳に見つめられる。

 ティアラローズのどきどきする心臓は、爆発寸前だ。十分か、なんて。どれだけアクアスティードで満たされたとしても、欲張りな自分は足りないと求めてしまうだろう。


 いつ唇が触れてもおかしくない、わずかな距離。

 二人きりなのだから、ほんの少しなら大胆になってもいいだろう。そう思い、ティアラローズはアクアスティードの首へ腕を回してそっと口づけた。

 優しく抱きしめ返され、何度かキスを交わす。


「……はぁ、うぅ、長いですアクア様」

「そう?」


 長い口づけから解放されたころには、ティアラローズはぐったりアクアスティードに寄りかかっていた。相手はけろりとしているのだから、さすがはメイン攻略対象の男と思うしかない。

 馬車の中でいちゃいちゃしている間に、目的地の広場へと到着した。


 何かあるといけないため、広場周辺は封鎖し人を近づけないようにしてある。

 今回の調査にも、エリオットとタルモ以外は城で待機をしているため近づけさせていない。封鎖区域の前に見張りの騎士がいるくらいだろう。


 さっそく噴水まで行き、光っているというシンボルマークの下まで行く。

 普段活気のある広場だが、人がいないため閑散としていてどこか寂しい。森、海、空の妖精たちの像で作られた噴水で、この街を祝福してくれているという意味合いを込めて作られている。


「あ、本当にシンボルマークが光ってますね……?」


 ――あれ?


「円環と無関係、ということはなさそうだな」


 シンボルマークは、妖精たちの像の足元にあった。普段は水が流れている場所だから見てもわからないけれど、光り輝いたためわかるようになったのだろう。

 しかしそれより何より、ティアラローズにはそのシンボルマークに見覚えがあった。


 ――ゲームのロゴマークだ!!


 そして思い出す。

 オリヴィアの攻略本に書いてあった始まりの広場が、ここであるということに。


 ――ということは、間違いなくゲームイベントだよね?


 ゲームのロゴがあるこの広場は、プレイヤーと攻略対象キャラクターがデートの待ち合わせをしたり、スチルが用意されているイベントが多く発生する場所だ。

 不謹慎かもしれないが、何かイベントが始まるのであればわくわくしてしまう。


「エリオット、噴水の水を止めてくれ」

「はい!」


 アクアスティードが指示を出すと、エリオットが噴水のすぐ横にあるスイッチを切り替える。すると、すぐに噴水のシンボルマークがはっきりと見えた。

 そこには、光っているシンボルマークだけではなく、もう一つ文章があった。


 ――日本語!?


 アクアスティードの後ろで見ていたティアラローズは、気づかれないように息を呑む。

 自分以外は、文章ではなくシンボルマークに添えられた模様か何かだと思っているだろう。ゆっくり近づき、書いてある文字を確認した。


『誰にも知られることなく、森、海、空、星空の王の指輪を持ち、祈りを捧げなさい』


 今、ティアラローズが持っている王の指輪は三つだ。空の妖精王の指輪は、アクアスティードがはめている。

 集めると何が起きるかはわからないが、集めなければここから先に進まないということだろう。アクアスティードに理由を話せば協力してくれるかもしれないが、口外してはいけないという厄介なルールがある。


「光っているが、それ以上のことはわからないな。今までこんなことはなかったから、おそらく円環に関係してはいるだろうが……」

「記録をとって戻るしかなさそうですね」

「…………」


 エリオットがマークの形や光り方などの記録をとってる横で、アクアスティードは立ち尽くしてじっとそれを見つめている。その表情は、何か思案しているときのものだ。


「アクア様……」

「ああ、不安にさせてしまったね。大丈夫、問題はないよ」


 安心させるように、アクアスティードは微笑む。


「…………」


 そんな夫の表情を見て、うっすらと……何か知っていることを隠しているのではとティアラローズは思う。

 アクアスティードとはもう何年も一番近くで過ごしてきたのだ。本当に追い詰められたとき、答えが出たとき、悩んでいるとき、その時々で思案の仕方に特徴がある。


 ――アクア様、瞬きが少ない。


 こういうときは、彼の中で何かしらの結論が出ているときが多い。

 逆に、手掛かりが少なく焦りを感じているときは瞬きの回数が増えるのだ。もちろん、仕草や表情も考慮するが、今のアクアスティードは余裕がある。というのが、ティアラローズの判断だ。


 いったい何を考えているのだろう。


「アクア様、わたくしに出来ることはありませんか? 何か力になれることがあるかもしれません」

「ありがとう、ティアラ。だけど、今はまだ……いや、大丈夫だ」

「……?」


 アクアスティードの言い方に、この始まりの広場に関して何か知っているのだと確信を持つ。『今はまだ』と告げたということは、何かが起こることに関しては把握しているのだろう。


 ――エリオットたちはもちろん、わたくしにも言えないようなこと?


 それとも、ここに書かれた日本語の内容が関係してきているのだろうか。わからず、ティアラローズのなかをぐるぐるとした考えが支配していく。


 エリオットが記録を終えて帰路についたけれど、ティアラローズのもやもやは消えないままだった。そして同時に、日本語で書かれた言葉が気になって仕方がない。

 アクアスティードが何かを悩み、先に進めない理由。もしかしたら、日本語が読めないため何をすべきかわからないのでは、という考えに辿り着く。

 もしそうであれば、ティアラローズがとるべき行動は自ずと決まってくる――。

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