第83話 はじまりの広場へ

 ティアラローズの自室にある隠し通路は、緊急用の避難出口と中庭横の廊下に繋がっている。


「緊急用は、使わない方がいいわね」


 出口がどのような状態になっているかわからないし、使った痕跡を残して侵入者などの可能性を持たせてしまってもいけない。

 そのため、普段から使われている廊下に出られる経路が一番だ。


 こっそり隠し通路から出て、見回りの騎士がいないか周囲を見回す。ここまで来て見つかってしまっては、すべての作戦が水の泡になってしまう。

 真夜中の中庭は、とても静かだ。けれど上空には円環が輝いていて、とても明るい。

 春が終わり、もうすぐ夏が訪れるというこの季節。いつものように薔薇が植えられているのはもちろんだけれど、明るく綺麗な色のスイートピーも植えられている。甘い香りは、緊張しているティアラローズをリラックスさせてくれた。


 ――あとはばれないように、広場へ行けばいい。


 いつもは馬車で行っていたけれど、今回ばかりは歩いていくしかない。かなり時間がかかるだろうが、頑張らなければと一人気合いを入れる。


「とりあえず、門の方を見に行って――え?」


 移動しようとしたティアラローズの耳に、ヒヒンという馬の鳴き声が聞こえた。この時間に馬を使うことは普段ならないので、何かあったのだろうかと不安になる。


 ――こっそり様子を見に行ってみよう。


 もし何か事件があったとしたら、騎士がアクアスティードに急ぎ報告をする可能性がある。そうなった場合、起きたアクアスティードの隣に自分がいないとさらなる大事件になってしまう。

 馬の鳴き声がしたのは、中庭から街へ出る門に続く通り道だった。通路の両端には植木があり、見晴らしがいい場所になっているので、通り抜けるのに苦労しそうだとティアラローズが思っていた部分だ。


「こっそり屈みながら進んだ方がいいわね……見張りの騎士に見つかっちゃう」


 植木の隙間からこっそり覗き見るが、騎士はいない。

 どうやら巡回のタイミングがよかったようだ。今のうちに確認し、さっと通り抜けてしまおうとして――ピタリと、ティアラローズの足が止まった。

 ティアラローズの視線が向けられた先は――馬がいた。のは、予想していた通りだ。けれど、その馬に乗っている人物に問題があった。


 いや、大ありだろう。


「アカリ様!?」


 艶のある長い黒髪は一つに纏められ、いつもの可愛らしいドレスではなく乗馬用のパンツを着用し、外套を羽織っていた。凛とした姿勢で馬を乗りこなす姿は、さすがヒロインといったところだろうか。


「あ、ティアラ様~!」


 ティアラローズがアカリの名前を呼ぶと、真夜中だというのにハイテンションな様子で馬上から手を振ってこちらにやってきた。


「えっアカリ様、ここマリンフォレスト……というか、今は真夜中なんですけど……」

「だって、マリンフォレストの頭上に光の輪ですよ!? こんなイベント、逃がすことなんて出来ません!! いやー、乗馬の練習しててよかったです」

「あー……」


 やっぱりなと、ティアラローズはため息をつく。

 ちゃんとハルトナイツの許可を得ているのだろうかとか、スケジュールや計画を練ってきたのだろうかとか、そんなことを考えるが……アカリ相手では期待するだけ無理のような気がする。


 そしてアカリも、ティアラローズを見ていつもと違う服装に気付き首を傾げる。


「ティアラ様こそ、こんなところで何してるんですか?」

「え、ええと……」

「その服装、どこか出かけるんですよね? ……もしかしてもしかしなくても、アクア様には内緒ですよね?」

「…………はい」


 問い詰めるような内容の言葉とは裏腹に、アカリの目はらんらんと輝いている。ちょうどイベントが始まるところに滑り込みセーフ!! とでも思っているのだろう。


 ティアラローズは隠すことなく、大きなため息をついた。


「一応、確認しますけれど……一人で来たわけではないですよね?」

「数人の騎士と一緒に来ましたよ、ちゃんと。さすがに一人だと、ハルトナイツ様も許してくれませんでしたから」

「そう……」


 許可は取ってあるのかと、安堵する。


 アカリと一緒に来た騎士たちは、夜間当番の人間に滞在の確認などを取り終えすでに休んでいるそうだ。アカリは、夜風に少し当たりたいという理由で一人単独でここにいるらしい。

 アクアスティードたちには、明日の朝に改めて挨拶をしようと思っていたという。


「アカリ様が夜風に……?」


 彼女はそんな風情のあることをする子ではないと、ティアラローズは訝しむ。その様子に気付いたアカリは、「やっぱ誤魔化せないですよね」と笑いながら理由を話す。


「というのは、建前です」

「本音を聞いてもいいですか?」

「ここに着いてから、ティアラ様が移動してたから。何かあるのかなーって思って、ここで待ってたんです」


 さらっと話すアカリの言葉を聞き、驚く。

 まさか自分の行動がこうもバレているとは思わなかったからだ。アカリは聖なる祈りの力を使えるため、魔法や才能に優れている。ティアラローズの魔力を辿れば、どこにいるかわかってしまうのだろう。


 頭を抱えるティアラローズにはお構いなしで、アカリは「さあさあ」と続きを促す。


「それで、どこに行くんですか?」

「……はじまりの広場」

「はじまりの広場!! なんだかすっごいイベントが始まりそうですね。よっし、ティアラ様、後ろに乗ってください!」


 詳細は何も話していないのに、とりあえず後ろに乗れとアカリが急かす。

 確かに、ここにアカリがいるのだから協力してもらうのが一番だろう。事情があって詳細を伝えられないということだけを話し、ティアラローズはアカリの馬へと乗せてもらうことにした。




 ◇ ◇ ◇



「いや~二人乗りは初めてでしたけど、結構なんとかなりますね!」

「アカリ様、ちゃんと前を見てください!!」


 ティアラローズが一番の難問だと思っていた門は、アカリが魔法を使っていとも簡単にすり抜けることが出来た。自分の存在を希薄にする魔法だ。

 かなり難易度の高い魔法なのだが、さすがはヒロインだと感心する。魔法が苦手なティアラローズには使えないので、自在に操るアカリがほんの少し羨ましい。


 夜の風は、まだ少し肌に寒い。

 しかし、不慣れな馬の二人乗りで体は緊張する。落ちないように気を付けていると、どうしてもこわ張ってしまうのだ。


「ティアラ様、大丈夫ですか~?」

「大丈夫……っ!」

「もうすぐ着きますよ、はじまりの広場。何があるか楽しみすぎて、スピードだって上げちゃいますよ~!」

「やめ、普通にしてくださいアカリ様!!」


 眠さを通り越してしまったこともあるのだろう。アカリのテンションは上がっていくばかりで、ティアラローズはそれについていくだけで大変だ。



 十分ちょっと馬を走らせ、ティアラローズとアカリははじまりの広場に到着した。


 前回と同様、広場の中心にはゲームロゴが光る噴水がある。噴水の水は止められたままで、夜の暗闇に明るく映っているためとても幻想的に見える。

 近くにある街灯に馬を繋いで、アカリは「きたきた~!」とスキップをしながら噴水へ向かった。


「ここはいったい何のイベントが……日本語? 『誰にも知られることなく、森、海、空、星空の王の指輪を持ち、祈りを捧げなさい』ふむう、指輪がないといけないのね」


 すぐに光るロゴマークと日本語を確認したアカリだが、何が起こっているのかわからず首を傾げる。

 続編のゲームは怪物になったリリアージュを倒してエンディングを迎えるが、この世界ではリリアージュを救っているし、そもそもエンディングという概念がないように思う。


 けれど、アカリもこの指輪が何かということくらいは知っている。森、海、星空の指輪をティアラローズが。空の指輪をアクアスティードが、それぞれ所有しているのは把握済みだ。


「ティアラ様がこっそりここに来たということは……アクア様の指輪、手に入れたんですよね?」

「…………」


 そうでなければ、わざわざ夜中に来ませんよね? と、アカリの瞳が告げる。


 ティアラローズは無言で自分の両手をアカリに見せる。そこには、すべての妖精王の指輪とアクアスティードの創った星空の指輪がはめられていた。


「わ、すごい。全部の指輪が揃ってる! ……も、もしかしてアクア様を倒して奪ったなんてこと」

「そんなことしません!」


 大きく目を見開いて驚いて見せるアカリに、すぐ反論する。大好きなアクアスティードを倒して指輪を手に入れなければいけないなんて、そんなことがあり得るわけはない。


「でも、よくアクア様から指輪を……」

「寝ていたのでそっと借りてきたんです。アクア様、少し悩んでる様子だったから……もしかしたら、イベントが進まないからかと思って」

「あーなるほど……」


 確かに、噴水の日本語を読めなければ永遠にイベントは進行しないだろうとアカリも納得する。


「でも、だから私に詳細を教えてくれなかったんですね」

「誰かに言ったらいけないみたいだったから」

「それじゃあしょうがないです。とりあえず、イベントを進めましょう! 何が起こるのか、わくわくしちゃいますね」


 アカリの言葉に頷き、ティアラローズは噴水のロゴマークの前に膝をつく。両手を組むと、付けているすべての指輪がきらきらと淡い輝きを見せた。

 その美しさに、思わず二人ともが声をもらす。


「わ、綺麗……」


 ティアラローズはゆっくり瞳をとじ、祈りを捧げるポーズをとる。

 祈ることは、もちろんマリンフォレストの平和だ。


 ――この国が、祝福に溢れますように。


 すると、ティアラローズの祈りに呼応するかのように――上空に輝いていた円環がよりいっそう光を増した。輪の周囲に小さな星が光り、マリンフォレストを照らす。

 そして、祈りを捧げたティアラローズと、その横にいたアカリの二人よりも大きな魔方陣が足元に現れた。


「――っ!!」

「わっ、なにこれ……転移魔法!?」


 何があったかわからず焦るティアラローズと、魔法の感覚で転移だと判断するアカリ。その推測は当たっていて、二人は噴水前から姿をかき消した。

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