第75話 幸せの大地マリンフォレスト

 スイーツ大会を終える鐘の音を合図に、各チームが一斉にお菓子を広場の台の上に置いた。それを確認し、司会の男性が集まった観客たちに審査の方法を説明する。


『さぁ、どれも美味しそうなお菓子ばかりです。これを審査するのは、皆さんです! 試食をして、一番気に入ったお菓子を作ったチームに用意された花を渡してください。この花を一番獲得したチームが優勝となります!』


 用意された花は、小さなピンク色の花だ。審査を担当する多くの人がその花を持っているため、優勝に輝くチームは花で山が出来てしまうだろう。


『優勝した暁には、告知していた通り――王室御用達として勲章が贈られます』


 司会がそう告げた途端、わぁっと歓声が沸き上がる。

 王室御用達とは、そう簡単に取得できる称号ではない。継続的な商売に、信用なども関わってくる。商売を始めて軌道に乗っても、数年間現状維持する力を示さなければならないのだ。


『そして、優勝のほかに特別審査員賞もあります! これは、両陛下、料理長と副料理長、リリアージュ様が一つのチームに与える賞です。王族主催の夜会に、選ばれたお菓子がデザートとして並ぶことになります!』


 特別賞にも、わぁっと声があがる。どちらに選ばれても大変名誉なことで、飲食店を行っている者は喉から手が出るほどほしい賞だろう。

 それに加え、賞金や装飾品などの副賞も用意されている。



 こうして、味見審査がはじまった。

 審査員となった者たちはお菓子の下まで駆け寄り、たくさんあったはずのお菓子がみるみる内になくなっていく。誰もが「美味い!」と言いながら、どれが好みのお菓子かと会話に花を咲かせている。


「こうしてスイーツで輪が広がるのはいいことね」


 ティアラローズが幸せそうにお菓子を食べる人たちを見て、微笑む。しかし同時に、どこか悔しそうにもしている。理由は簡単だ。選手として参加したため、お菓子をたくさん食べれる審査員として参加をすることが出来なかったのだ。

 失敗したかしらと頬に手を当てながら、誰にも聞こえないように呟くのだった。




 ◇ ◇ ◇



 特別審査員を務める国王ソティリスたちの前には、すべてのお菓子が並べられた。それはどれも美味しそうで、色鮮やかだ。

 すぐにでも食べたい衝動をどうにか抑えながら、まずは見た目を審査する。


「どれも素晴らしく、審査がとても難しいな。この中で目を引くものといえば、やはりティアラローズたちのチームだろうか? とても見事な飴細工だ」

「ええ、本当に。妃としての教養だけではなく、お菓子まで作れるのですからすごいものです。ティアラローズのおかげで、この国のデザート事情はとても豊かになりましたね」

「そうじゃな」


 そのほかには、細かく削ったチョコをあしらったケーキや、国花に見立てたマドレーヌも高評価となった。そして、実食へと移る。


「おや、これは蜂蜜のカップケーキですか。自然の甘味がほどよく、男でも食べやすく作ってあります」


 料理長が褒めた蜂蜜カップケーキは、街で人気の蜂蜜カフェフラワーハニーの店主が作ったものだ。蜂蜜は流通が少なく高級品だったのだが、ティアラローズの花を蜂が好み、たくさんの蜜を採取出来るようになった。

 そのため、貴族ではなく庶民にも手が出しやすくなってきている。


 カップケーキをべた褒めしていると、ふと、料理長の目に焦げたカップケーキが映る。本番であることや観客に緊張し、上手く焼き加減の調節を出来なかったのだろうかと首を傾げながらも手に取る。

 遠目からでもわかった通り、焼きすぎだ。カリカリを通り越して固く焦げていて、とてもではないが食べたいと思える出来ではなかった。


「とはいえ、審査だから食べないといけませんね……」


 観念したように、料理長が口を開け食べようとするが……それを『きゅっ!』と鳴き声を出してリリアージュが制す。


「ええと、ティアラローズ様のご友人のリリアージュ様。どうされましたか? あまり焦げているところを食べると、体によくないと思います」


 料理長は焦げたカップケーキではなく、蜂蜜カップケーキをリリアージュに差し出す。けれど首を振り、リリアージュは焦げたカップケーキがほしいのだと主張する。

 さすがにこれを渡すのはと思い、料理長はこの焦げたカップケーキを作ったチームを確認する。そこには、フェレス、キース、クレイルの名前が記載されていた。

 それを聞き、ソティリスが「なるほど」と声をあげる。


「それは、森の妖精王キース様だ。まさか、この催しに参加してくださっているとはな」

「な、なんと! そのようなことが……っ!!」


 ソティリスはティアラローズとアクアスティードの結婚式などでもキースの姿を見ている。そのため、すぐに妖精王が作ったカップケーキだということがわかった。

 料理長が焦げたカップケーキを見つめ、これが妖精王の作る菓子なのかと震えている。


「妖精王の作ったケーキだから、リリアージュ様も望まれたのかもしれませんね」


 カップケーキをリリアージュの前に置くと、嬉しそうに微笑みぱくりと口に含み――一瞬で顔をしかめた。見た目にたがわず、焦げて固く美味しくはなかったようだ。


「…………なるほど」


 リリアージュの様子を見るも、審査のためだと料理長も続いてカップケーキにかぶりつく。瞬間、じわりとした苦みが口の中に広がった。確かにこれは不味い。どうにか咀嚼して、食べるのはやめておけと首を振った。


 しかしふと、料理長は体が温かくなるのを感じた。


「? これは、もしや……」

「どうかしたのか?」

「陛下……。はい。どうやら、ごくわずかではありますが、このカップケーキには魔力の効果があるようです」


 味はともかくとして、その効力はさすが妖精王といったところだろうか。料理長はその感動の勢いに任せ、不味いカップケーキをすべて食べた。


 そして次に、ハルトナイツとシリウスが作ったマカロンだ。リリアージュも美味しそうに食べ、ソティリスとラヴィーナも軽く平らげる。

 しかし、特に新しい工夫がされているマカロンではないため、評価はあまり高くはない。


「次はティアラローズのケーキね。飴細工で大きな一輪の薔薇を作っていて、とても美しいわ」


 ラヴィーナが声を弾ませて、うっとりとティアラローズたちのケーキを見つめる。きらきら輝く飴細工に、生クリームとチョコレートリボンのデコレーション。

 まさに、一つの芸術と言ってもいいだろう。


「食べるのがもったいないわね。けれど、食べないと腐ってしまう。食べ物に対してこんな感想を抱いたのは、初めてです」


 おそるおそるケーキにフォークを入れて、ラヴィーナはゆっくりとスポンジ、生クリーム、チョコレート部分を口に含む。スポンジは生クリームとチョコレートで層を作っており、それだけでもとろけるように美味しい。


「……はぁ、とても美味しいです」

「ああ、これは美味い。とても丁寧で、上品な味だ」


 舌鼓を打ちながら、ソティリスたちはすべてのお菓子を試食し終える。次はどのチームを特別賞にするかの話し合いが行われた。




 ◇ ◇ ◇



 ――はぁ、わたくしも審査をしたい。

 審査員たちが美味しそうにスイーツを食べ、気に入ったチームに花を置いていくのをティアラローズは眺めていた。そして同時に、来年は審査員になって美味しいスイーツをたくさん食べようと誓う。


 そしてティアラローズのチームにも、たくさんの花が向けられた。これはひょっとして優勝するのではないだろうかとティアラローズが考えていると、明るい声が耳に入る。


「ティアラローズ姉様」

「シリウス様。お菓子作り、お疲れ様です。どうでしたか?」


 ハルトナイツと二人で参加したシリウスは、「兄が不器用で困りました」と茶目っ気を含んで笑ってみせる。


「まぁ、ハルトナイツ様は不器用だったんですね」


 シリウスの言葉を聞き、アカリがくすくすと笑う。その横では、オリヴィアがメモ帳にハルトナイツは不器用と恥ずかしいメモを取っている。

 二人でマカロンを作ったけれど、ハルトナイツが大半のマカロンを潰してしまったのは事実だ。


「けれど、普段何気なく食べているものを自分で作ってみるのも楽しいですね。……実は、ティアラローズ姉様に、私が作ったマカロンを食べてほしくてもってきたんです」

「シリウス様の作ったマカロンを? ありがとうございます、とっても美味しそう。形も綺麗だし、作るのはかなり大変だったでしょう?」


 綺麗にラッピングされたマカロンを見て、ティアラローズは表情をほころばせる。誰かが自分のためにお菓子を作ってくれるのは、いつになっても嬉しいものだ。

 シリウスを褒めながらも、大変だったでしょう? と、不慣れな作業を行ったであろうシリウスを労わる。


「最初は少し失敗しましたが、慣れればどうにか」

「シリウス様は、とても器用なんですね」


 ティアラローズがシリウスの言葉に感心していると、審査が終わったらしく司会の声が広場に響く。


『これにて審査終了です! 集計にはいりますので、少々お待ちください~!』


「んんん、私たちが優勝のような気がしますけど、どうですかね」


 アカリがほかのチームと獲得した花を見比べ、かなり優勝の可能性が高いと告げる。スタッフが数えるのを見ながら、ティアラローズもどきどきしてくる。


 ――わたくしたちのケーキは、気に入ってもらえたかしら。

 その点が気がかりではあったが、審査員にたくさんの花をもらっているのでそれなりに高評価だと自負している。それでも、結果を待つという緊張感が軽減されることはない。

 そわそわするティアラローズにつられて、オリヴィアも落ち着かない様子だ。


「そろそろ結果が出そうね。……シリウス様、一度ご自分の調理スペースにお戻りになった方がいいですよ。ハルトナイツ様も、心配されているでしょうし」

「結果発表ですから、仕方がないですね。本当はもう少し、ティアラローズ姉様と一緒にいたかったんですが」


 少し寂しそうにするシリウスが可愛くて、こんな弟がいたらよかったのにとティアラローズは思う。ひとまず結果が出る前に送り出して、ティアラローズたちも一息つく。

 シリウスの姿が見えなくなってから、オリヴィアが「可愛いですわね」と口を開く。


「ゲームではほぼほぼ出てこないキャラでしたけれど、美少年ですし、メインで出てこなかったのがとても残念ですわね」

「オリヴィア様ったら」


 ぜひともゲーム内で彼に会いたかったと、オリヴィアは切なげにため息をもらす。そしてアカリの義弟だということに気付き、「羨ましい」と深く息をはいた。

 そんなオリヴィアの様子に苦笑していると、花の集計が終わったと司会が告げる。


「ようし、絶対に優勝は私たちに違いないわ!」


 さあ、早く結果発表カモン! と、アカリが仁王立ちで待機する。発表されるのは、上位の五チームと審査員特別賞。


『まずは、五位! 蜂蜜カフェフラワーハニーの、蜂蜜カップケーキ! 獲得した花は、一八六本!』


 観客から拍手が起こり、店主がありがとうございますとお辞儀をする。


「フラワーハニーって、この前オリヴィア様と行ったカフェね。知っているお店が人気だと、とても嬉しいわね」

「ええ、本当に。今はアカリ様もいますし、近いうちにまた行きましょう」

「楽しみね!」


 女子会の話で盛り上がっている間に、四位と三位が発表された。パンケーキと、アイスクリームが選ばれていた。そしていよいよ、残すは一位と二位だ。

 祈るように手を組み、司会の言葉に耳を傾ける。


『なんと、一位と二位の差はわずか七本の花でした。かなりの接戦でしたね、集計する手が思わず震えてしまいそうでした!』


 ――きっと、仮面の男性が上位にくるわね。

 デニッシュケーキはまだこの国になく、ティアラローズも作ったことがない。スイーツとして食べるのはもちろんだが、朝食や昼食にも出来るためケーキより汎用性がある。

 その点を考えると、いささかティアラローズたちが不利だろうか。


 ――でも、わたくしたちだって精一杯作ったもの。

 決して、仮面の男性のデニッシュケーキに退けは取っていない。ティアラローズは胸を張ってそう告げることが出来るだろう。


『さあさあ、第二位は、花の獲得数三二二本! 一気に本数が増えました。第二位、ティアラローズ様のチームが作った大輪の薔薇ケーキです!』


 司会が高らかに結果を告げると、わぁっとひときわ大きな歓声が起こる。


「うそ、私たち一位じゃないの!?」

「残念でしたわね」


 がくりと膝をつくアカリは、拳を地面に付けて本当に悔しそうにしている。ガチで勝つ気だったんだなと思うが、悔しいのはティアラローズも同じだ。


『栄えある優勝に輝いたのは、仮面をつけた男性が作ったデニッシュケーキだ! 可愛らしい見た目は女性に好評で、なおかつパンという観点が男性の票を多く獲得したのが勝因でしょう。獲得した花の数は、三二九本!!』


 盛大な拍手を受けて、仮面の男が会釈をしながら中央へと行く。そこに用意されているのは優勝した証の勲章と、様々な副賞だ。


「でも、現代のケーキレシピを使っても勝つのは難しいのね」

「ティアラ様、来年は必ず優勝しましょうね!!」

「えっ」


 今から次の大会を視野に入れ始めたアカリは、帰ったらお菓子作りの勉強をしますと今から意気込んでいる。確かに来年また行う予定だけれど、ティアラローズは味見……ではなく、審査員を行いたいと考えていたのに。


「でしたら、インパクトを強くするために五段重ねのケーキはどうでしょう?」

「オリヴィア様、それいい!」


 きゃっきゃと話すアカリとオリヴィアは、もうすっかり優勝者の存在を忘れて盛り上がり始めている。二位には特に賞品などがあるわけでもないし、別にいいかとティアラローズが考えていると――きゃあぁと、黄色い悲鳴が響いた。


「え、いったい何が――っ!?」

「うっそん!」

「ふぁ……っ!!」


 声の発生源である広場中央をティアラローズが見て、息を呑む。アカリは驚き、オリヴィアは思わず鼻血を吹きそうになって手で顔を押さえる。

 そこには、勲章を受け取った仮面の男性――ではなく、仮面を外したアクアスティードが立っていたのだ。


「アクア様……っ!? 嘘、いつの間に……でも、確かに大会が始まる前に捜したときはどこにもいなかったけどっ」


 まさかこんな展開になるなんて、思ってもみなかった。

 そもそも、ティアラローズはアクアスティードがお菓子を作れるとは思っていなかった。ティアラローズが作っているのを少し手伝うことはあるが、そのくらいだ。

 いつの間に、あんな素敵なデニッシュケーキを作れるようになっていたのだろうか。嬉しい誤算ではあるが、突然の展開すぎて心臓に悪い。


 誰もが絶賛するお菓子を作ったのが、見目麗しい自国の王太子だった――とあれば、女性たちが騒ぐのも無理はない。

 ティアラローズが優勝したアクアスティードを見ていると、ふいにアクアスティードと目が合った。優しく微笑まれて、どきりと胸が高鳴る。


「ティアラ」

「え、あ……はいっ」


 アクアスティードはゆっくりティアラローズの下まで歩いてきて、作ったデニッシュケーキを差し出した。


「ティアラに食べてほしくて、こっそり練習したんだ」

「わたくしのために……?」


 自分のためにスイーツを作ったと言われて、ときめかない女性がいるだろうか? いや、いない。

 アクアスティードが差し出したのは、サクサクのデニッシュ生地の上に、飴でコーティングした果物とティアラローズの花が載った可愛らしいものだった。

 食べてしまうのがもったいなくて、思わず躊躇してしまう。こんなに美しいスイーツがなくなってしまうなんて、もったいない。けれど、食べないのも同じくらいにもったいない。


 ――ずっと見ていたいほど、美しい。

 うっとりとデニッシュケーキを見つめるティアラローズに、アクアスティードは苦笑する。けれど、己の作ったものを気に入ってくれたことは間違いないようで、嬉しさがこみ上げる。


 そして、アクアスティードはティアラローズがマカロンを持っていることに気付く。ティアラローズが作ったものではないことを考えると、誰かからもらったのだろうかと小さな嫉妬心が芽生える。


「ティアラ、そのマカロンは?」

「え?」


 確か、ハルトナイツがマカロンを作っていたことを思い出す。まさか、今はほかの女性と結婚した元婚約者がお菓子を贈るのか、信じられないなという気持ちがこみ上げる。

 けれど、アクアスティードの予想は外れた。


「シリウス様がくださったんです」

「ああ、弟君の方か……。でも、今日は私の作ったお菓子だけにして。ね?」

「んっ!」


 まだ子供のシリウスとはいえ、ほかの男が作ったお菓子は食べさせたくはない。アクアスティードは、小さなデニッシュケーキをティアラローズの口元に押し付けるようにして食べさせた。


 ――は、恥ずかしい!!

 周囲の視線は、アクアスティードが来たときからずっとこちらに注がれているのだ。いくら夫婦ということをみなが知っているとはいえ、恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。

 けれどアクアスティードも引いてくれないようで、ティアラローズは仕方がなくデニッシュケーキを食べていく。

 サクサクした生地は蜂蜜が練り込まれているようで、ほのかな甘さを感じる。果物はみずみずしく、何個でも食べることが出来そうだ――なんて考え、夢中になってぺろりと一つ平らげてしまった。


「美味しかった?」

「……んぅ、はい。でも、恥ずかしかったです。もう駄目です」


 唇の横に付いたパンくずをアクアスティードが指で拭って、満足そうに微笑む。そしてそのままティアラローズを抱き上げて、空の妖精王の指輪を使って高らかに叫ぶ。


「この度の主役は、みなも知っての通りティアラローズだ。森の妖精王の祝福を得て、マリンフォレストに緑を取り戻してくれた。私の最愛の妃に、どうか今一度祝福の拍手を送ってはくれないか?」


 アクアスティードがそう告げると、広場に集まっていた人たちが一斉に拍手をする。口々にティアラローズの名前を叫び、楽しいお祭りをありがとうという言葉が聞こえる。


「ティアラローズ様!」

「ケーキとっても美味しかったです」

「来年も楽しみ!」


 国民たちの言葉に、返事をするようにティアラローズが大きく手を振る。そして同時に、とても幸せだという気持ちがこみあげる。

 この国を守ることが出来てよかったと、ティアラローズは心の底から思うのだった。




 ◇ ◇ ◇



「アクア様、リリア様と一緒にお風呂に行ってきますね」

「ああ。今日は疲れただろう、ゆっくりしておいで」

「ありがとうございます」


 スイーツ大会は大歓声のなか幕を閉じた。

 優勝はアクアスティード。審査員特別賞は、アイスを作った三位のチーム。アカリが悔しがっていたが、さすがに王族とその関係者のチームに特別賞はおくり辛い。


 なお、フェレスチームの結果は……言わずもがなだろう。



『ティアラのケーキ、とっても美味しかったです』

「ありがとうございます、リリア様」


 二人で湯船につかりながら、話をするのはスイーツ大会のことだ。リリアージュはとても楽しかったらしく、目を輝かせながら感想を言う。


『来年も、その先もずっと大会をするんですよね? わたし、今から楽しみで仕方がないです。……フェレスの作ったカップケーキは、美味しくなかったですけど』

「あら、そうでしたか……」


 リリアージュの言葉に苦笑して、それなら練習を重ねるしかありませんねと告げる。アクアスティードが優勝したのだから、フェレスも必死で練習をすれば可能性はあるだろう。ただ、回を増すごとにスイーツのレベルが上がっていきそうだけれど。


『あ、そうでした』

「?」

『ティアラ、わたしの力を取り込んでから一ヶ月ほど経ちましたが、体に異変などはないですか? 少しでも違和感があれば、教えてください』


 尋ねられたことを考え、しかしすぐに「大丈夫です」とティアラローズは告げる。リリアージュの力を受け入れた直後は眩暈のようにくらくらしていたけれど、今はなんともない。


『そうですか、よかった。わたしはティアラのおかげで、もう数百年ほどは現状を維持することが出来そうです。ありがとうございます』


 感謝の言葉と共に、リリアージュが浴槽の縁に上ってから深々と頭を下げた。


「そのように頭を下げないでください、リリア様。……けれど、少しでもお役に立ててよかったです」


 ティアラローズとしては、リリアージュがこうやって元気に笑ってくれていることがとても嬉しいのだ。同じように星空の指輪を持つ者として、これからも良好な関係を築いていきたい。


 ――あら?


 大丈夫だと笑顔で告げはしたティアラローズだが、リリアージュの言葉をもう一度反芻する。


 〝もう数百年ほどは現状を維持することが出来そうです〟


 このことから考えると、ティアラローズはリリアージュが受ける数百年分の力を肩代わりして吸収したことになる。今のところ体に異常はないけれど、本当に大丈夫なのだろうかと不安になる。


 ――もしかしたら、わたくしも……いつか。

 いつか怪物になってしまうなんて日が、きてしまうのではないだろうか。なんていう考えが脳裏をよぎり、しかしその可能性は決して低くないのではと考える。


 フェレスとリリアージュのように、千年以上生きるわけではないから、その心配は無用なのかもしれない。けれど、ティアラローズの胸に一抹の不安が残る。


『ティアラ、どうかしましたか?』

「いいえ、なんでもありません。少し、のぼせてしまったのかもしれません」

『今日は疲れましたからね。フェレスたちがご馳走を用意しているみたいですし、もう上がりましょうか』


 リリアージュの言葉に頷いて、ティアラローズはリリアージュを抱き上げて浴室を出る。待機していたフィリーネがリリアージュの体を拭いてから、ティアラローズの着替えを手伝う。


「だいぶお疲れではないですか?」

「そうなの。フィリーネ、あとで少しだけマッサージをお願いしてもいい?」

「はい、もちろんです」


 張り切ってケーキをたくさん作ったため、自覚している以上に疲れが溜まっている。けれど、まずはみんなで夕食会だ。


「ティアラ、上がった?」

「アクア様? はい、上がりました。どうかしましたか?」


 アクアスティードの声を聞いて、ティアラローズはバスローブを羽織りアクアスティードの下へと行く。


「こら、まだ濡れたままじゃないか。風邪を引いてしまうよ」

「……ん、ありがとうございます」


 苦笑しながらも、アクアスティードが風の魔法を使ってティアラローズの髪を乾かした。そのまま指を絡めて、ティアラローズの髪を堪能する。


「ティアラの髪は、ずっと触っていたくなるから困る」


 離したくなくなってしまうと、そう告げながら優しくその髪へとアクアスティードが口づけをおくる。目を細めて心地よさそうに受け入れるティアラローズに、無防備すぎて困るも付け加えられる。


「わたくしは、最近アクア様の頬に触れるのがお気に入りです!」

「それは初耳だ」

「寝ている間に、こっそりと」


 くすりと、アクアスティードが笑う。


「それなら、私もティアラが寝ている間に何か仕返しをしないといけないな」

「アクア様はわたくしが起きているときに十分触っているので、それは却下です」


 どうせなら、起きているときに触ってくださいとティアラローズが微笑むと――ぎゅっと、アクアスティードに抱きしめられる。


「これから夕食会なんだから、あまり可愛いことを言わないでくれ。さぼってしまいたくなる」

「あら……失礼しました」


 くすくす二人で笑っていると、いつの間にかリリアージュとフィリーネがいなくなっていることに気付く。優秀な侍女は、いつだって空気を読むのが上手い。

 アクアスティードと二人で窓辺に腰かけ、少しの間だけ星空を堪能する。


「マリンフォレストは、本当に美しいですね」

「ああ。これからティアラと二人で、守っていく星空だ」

「……はい」


 この地がずっと幸せでありますように。

 そう願いを祈るように、しばらく星空を見つめていた。

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