第74話 波乱万丈スイーツ大会
スイーツ大会の参加要項
・参加するにあたり、身分や年齢を含めた制限はいっさいない。
ただし、出場者が三十組以上の場合は予選を行う。
・個人、または三人以下のチームでの参加とする。
・出場者はあらかじめ使用する材料を申告すると、支給を受けられる。
・審査員は国民が行い、気に入ったお菓子へ投票を行う。
なお、特別審査員もいるが特別賞の審査のみを行う。
いたってシンプルな概要が、マリンフォレストの各地へと掲示された。それと同時に、あっという間に国をあげてのお祭りモードとなる。
日程にもそれほど余裕がなかったため数十組集まればいいほうだろうかと考えていたが、ティアラローズたちの予想を上回る応募となり予選が開催された。
予選はそれぞれの街や村で行われて、最終的な出場組数は三十二。そのほとんどが飲食店をしている平民たちで、大いに盛り上がりそうだとティアラローズは今から楽しみにしている。
そして、もちろんティアラローズも出場する。
ティアラローズチームのメンバーは、ティアラローズ、アカリ、オリヴィアの三人だ。
◇ ◇ ◇
落ち着いた応接室の中。きゃぁきゃぁとはしゃぐアカリの声と、それに相槌を打つティアラローズに、にこにこと笑顔で話を聞いているシリウス。
その隣では、アクアスティードとハルトナイツが疲れた様子で紅茶を飲んでいる。アクアスティードはスイーツ大会の準備、ハルトナイツは道中の移動疲れだ。
元気なのはアカリとシリウスくらいだろう。
「まさか、新婚旅行と称してマリンフォレストに来るとは思わなかった」
アクアスティードは、若干呆れたようにハルトナイツを見る。すると、「私だってそうだ」と肩をすくめた。
「アカリがどうしてもマリンフォレストがいいと言ったからな。それに、シリウスも外交を覚えないといけないから、連れてきた」
「そうか」
「マリンフォレストで王族主催の大掛かりな祭りをするのならば、うってつけだろう」
ラピスラズリ王国の次期国王となるのだから、確かにとアクアスティードは頷く。来賓があれば、祭りもよりいっそう盛り上がるだろう。
祭りの後は、シリウスが一人で帰国し、アカリとハルトナイツはしばらくマリンフォレストを観光するのだと告げた。
「スイーツ大会の本番は明日ですね。ティアラ様、何を作るかは決まっているんですか?」
「ええ、一応レシピを用意したの」
「なら、あとで作戦会議をしないといけませんね!」
ティアラローズの特製レシピとあれば、かなり期待できるとアカリが声を弾ませる。先ほどマリンフォレストの王城に着き、ティアラローズへ飛び入り参加を志願したとは思えなかった。
その様子を見ながら、シリウスが「私もチームに入れてほしかったです」と肩を落とす。けれど、制限は三人以下のチームなので仕方がない。
「そういえば、予選はどうしたんですか?」
「もちろん、出場しまして勝ちました」
「そのときは、レヴィが一緒のチームだったんです」
アカリの問いに、ティアラローズとオリヴィアが答える。
レヴィはオリヴィアの無理難題をこなす執事というだけあって、料理の腕も完ぺきだった。メレンゲを作る泡だて器の高速捌きを見せてあげたかったと思うほど。
そんな女性たちの姿を見て、元気だなぁと思うアクアスティードとハルトナイツだった。
◇ ◇ ◇
翌日、無事スイーツ大会が開催された。
ティアラローズたちは今日のためにパティシエの服を用意し、外見も中身もやる気に満ち溢れている。
チーム①は、ティアラローズ、アカリ、オリヴィア。
チーム②は、フェレス、キース、クレイル。
チーム③は、国賓として飛び入り参加したハルトナイツとシリウス。
そのほかには、一般からの参加が多い。加えて、自分のシェフを連れてくる令嬢や、素顔を見せたくないのか仮面をつけた料理人の姿もあった。
「わぁ、盛り上がってますね! 今から楽しみ!!」
はしゃぐアカリは、さっそく広場に設置された調理スペースへ向かう。それにティアラローズたちも続き、参加者全員が配置に着いた。
それを確認し、司会を担当する男性が高らかに宣言する。
『それでは、第一回スイーツ大会――スタートです!』
パァンと、花火のように魔法が打ち出されて開会の宣言がされた。広場の周囲にはたくさんのギャラリーがいて、いったいどんなお菓子が出来上がるのだろうかと楽しみにしている。
「よーっし、頑張りましょう! アカリ様、オリヴィア様!」
「そうだ、円陣を組みませんか?」
「いいですね、チームって感じで!」
気合いを入れるティアラローズに、オリヴィアが円陣を提案してアカリがそれに乗っかった。三人で輪になって、視線を交わしって頷く。
ティアラローズが何か言った方がいいのかと考えるより先に、アカリが深く息を吸い込んだ。
「誰にも負けないぞおおおぉぉっ!」
「お、おー……!」
「はぁ、ラピスラズリの指輪のヒロインと悪役令嬢のタッグ……興奮しますっ」
かなり気合の入ったアカリの叫び声に、ティアラローズはびくりと肩を震わせる。そして円陣に参加したオリヴィアは、この二人のチームという組み合わせに悶えていた。自分もいるから正確にはプラスアルファだが、そこは気にしない。
「じゃ、さっそく取りかかりましょう! 私たちが作るのは、ホールケーキと装飾用の飴細工ね!」
「わたくしとティアラローズ様がケーキ部分を担当して、アカリ様が飴細工担当ですわね」
審査員が国民なので、数も何個か用意する必要がある。各自で役割分担を行い、スムーズに作業を行っていく。
アカリは飴を魔法で溶かし、自由自在に形作ってパフォーマンスも行ってみせた。それを見た観客たちから盛大な拍手が起こり、調子をよくして大量の飴細工をどんどん仕上げていく。
それを見て、ティアラローズはかなり豪華な細工ケーキが出来上がりそうだと一人苦笑した。
『各チーム、どんどんお菓子を作り進めていっていますね。ここで、特別審査員を紹介しましょう! ソティリス陛下にラヴィーナ王妃です。両陛下に食べていただけるのは、とても名誉なことです! そして、我が王城の料理長と副料理長。それから、ティアラローズ様のご友人であるリリアージュ様です!!』
途中で入った司会の言葉に、思わずティアラローズは噴き出す。
「な、なんでリリア様が特別審査員になっているの!? しかも、わたくしの友人として紹介されてるじゃない……!」
『いやぁ、さすがはティアラローズ様のご友人。とても愛らしいお姿です。見たことのない動物なので、もしかしたら妖精に近い存在なのかもしれませんね!』
司会は慌てるティアラローズに気付かずに、リリアージュを紹介している。そんな様子を見たフェレスが、くすりと笑って「大丈夫だよ」と言う。
声のした方を見ると、ティアラローズたちの隣接ブースがフェレスチームの調理台だった。
「私とリリアはマリンフォレストを見て回ると決めたからね。ティアラローズの友人という肩書があれば、変わった見た目のリリアもすんなり受け入れてもらえるだろう?」
だからこの機会にお披露目をしたのだと、フェレスは告げる。確かに、今後のことを考えるとその判断は正しいだろう。
「それは、そうかもしれませんが……わたくしがリリア様の友人だなんて、恐れ多いです。もちろん、そのように思ってはいますけれど」
「友人になってもらえるなら、私も嬉しいよ。リリアには、ずっと寂しい思いをさせてしまったからね」
「フェレス殿下……」
だからぜひお願いするよと、フェレス直々に頼まれる。
「そう言っていただけて、光栄です。わたくしも、ずっとリリア様と仲良くしていきたいですから」
「フェレス様、私もいますから忘れないでくださいね!」
「ああ、聖なる祈りを持つ乙女か。腕輪の穢れを落としてくれたとリリアから聞いたんだ、ありがとう」
アカリが手を上げて名乗り出ると、フェレスが微笑んで礼を言う。そしてオリヴィアにも視線を向けて、三人によろしくと言った。
「おいこらフェレス、いつまで敵チームと喋ってるんだ。こっちの菓子をどうにかしろ」
「――キース。せっかくリリアのことを話してたのに……でも、確かに作らないと三時間の制限時間をすぎちゃうね」
調理を再開しようと告げ、ティアラローズとフェレスはそれぞれ調理に戻った。そしてすぐに動かされる、ティアラローズの手。お菓子を作るために存在しているような動きに、フェレスは感嘆する。
「女性チームはすごいな……私たちも、負けてはいられないね」
「んなら、とっとと手を動かせ。リリアが食べたいって言ってたカップケーキを作るんだろ? てか、フェレス。お前本当に菓子なんて作れるのかよ」
「ん、きっと大丈夫」
「…………」
にこりと微笑み、なんとかなると思うと告げたフェレスに、キースとクレイルはため息をつくのだった。
「ちょっと、兄様……不器用すぎです」
「くそ、こんなはずじゃ……」
ハルトナイツとシリウスのチームは、あまりの手際の悪さで観客をはらはらさせえていた。平民だったら観客も気軽に応援を向けただろうが、二人は隣国ラピスラズリの王族で来賓。何かあってはいけない。
結果、静かに見守る……という構図が出来上がったのだ。
「ああっ、また潰れてしまった……」
力加減が上手くいかないためか、ハルトナイツの手の中にあるものが潰れてしまう。鮮やかなピンク色のそれは、マカロンになりそこねたマカロンもどきだろう。
マカロンの土台となるメレンゲ部分は、そんなに焦げることなく……そこそこ綺麗に出来上がった。ガナッシュもまろやかな出来になり、シリウスが味見をしたらとても美味しかった。
なので、ハルトナイツとシリウスは問題なくマカロンが出来上がると思っていた。のだが、最後の最後、ガナッシュをメレンゲで挟むという一番簡単とも言える工程でハルトナイツが不器用さを発揮してしまった。
指の力が強すぎて、潰れたマカロンが多数。
「……菓子を作るのは初めてなんだから、仕方がないだろう。というか、シリウスお前器用だったんだな」
「兄さまに比べたら、誰でも器用な部類に入りますよ」
潰れたマカロンを持つハルトナイツを尻目に、シリウスは綺麗なマカロンを作りあげていく。
「初めてマリンフォレストへ来たのですから、酷い姿は見せられません。……それに、このマカロンはティアラローズ姉さまに食べていただくんです」
そう言ったシリウスは、なかでも一際上手く出来上がったマカロン三つを別に包んだ。
「ねぇねぇ、ティアラ様、オリヴィア様」
「どうかしましたか? アカリ様」
飴細工を作り終わったアカリが、ある一点に目を向けてそこを見るように促した。ケーキのデコレーションに集中しているティアラローズの代わりに、オリヴィアが返事をする。
アカリが示した場所は、個人で出場した選手がもくもくと作業をしていた。その手際はとても鮮やかで、デニッシュ生地の上に生クリームを敷き詰め、フルーツや国花であるティアラローズの花を飾ったりしていた。
思わず「美味しそう」と呟くオリヴィアだが、すぐに言葉を失う。
調理をしている男性が、仮面を付けていたからだ。素顔をさらしたくないのかもしれないが、黒い仮面はひどく目立つ。
「いったい何者かしら? 仮面に似合わず、作ってるデニッシュケーキはすっごく美味しそうなの」
「美味しそうなのは完全に同意です。……でも、あんな仮面はゲームに出てこなかったですし、特に重要な人物ではないのでは?」
メインキャラクターやサブに位置する名前のあるキャラクターではないだろうと、オリヴィアが結論付ける。名もなきモブであれば、オリヴィアは別段気にはしない。
もしこれが、ほかの攻略対象のキャラクターであれば一気にテンションがマックスになってしまうけれど。
「まぁ、確かに重要人物じゃなさそうね。でも、美味しそう。朝食に出てきたら一日幸せに過ごせそう」
「確かに、それはありますね。もしどこかで店を構えているのであれば、そのうち市場にも出回ると思います」
楽しみだとアカリがオリヴィアと話していると、「二人とも~」というティアラローズの声。
「手が空いているなら手伝ってくださいませ! たくさんの方に食べていただけるように、可能な限りケーキを作りますよ。アカリ様はスポンジにクリームを塗ってください。わたくしは、クリームでデコレーションをします。オリヴィア様は、アカリ様の作った飴細工を飾って、チョコレートで作ったリボンを巻いて完成させてください」
「オッケー!」
「わかりました」
ティアラローズが、今はほかの参加者に構っている場合じゃないと指示を出す。いつもはおっとりしているのに、今は今はとても生き生きとしながらスイーツを作っている。
三人で五個のホールケーキを作り上げたところで、制限時間を知らす鐘がなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます