第67話 忘れさられたお墓

 翌日、朝の早い時間にリリアージュは目を覚ました。

 気持ちよさそうに寝ているティアラローズたちの横を通り過ぎて、リリアージュは窓から外の様子を見る。朝日が昇り始めて、朝露に濡れた木の葉がきらきらしていてとても綺麗だ。


『ここが、フェレスの生まれ育った大地なんですね』


 まぶしさに目を細めながらも、リリアージュは遠くを見る。この先にフェレスの両親のお墓があるのだと思うと、気持ちがはやる。


 ――早く、早く行きたい。

 そうは思うけれど、リリアージュ一人では何も出来ない。ティアラローズたちの協力がなければ、お墓の場所すらわからないし、馬車がなければたどり着くのに何日もかかってしまうだろう。


『それにしても……みなさん気持ちよさそうに寝てますね』


 ゆっくり眠れるのはいいことだけれど。

 少し丸まるように眠るティアラローズに、のびのびと豪快に眠るアカリに、胸元で手を組み規則正しく眠るオリヴィア。全員が雑談からの寝落ちだけれど、こうしてみると眠り方に性格が出ているなと思う。

 本当ならばリリアージュももう少し眠った方がいいのだが、とてもではないがそんな気分にはなれなかった。




 ◇ ◇ ◇



 ティアラローズたちが起きてすぐに、本日のスケジュールが組まれた。はずせない公務はどうにかして午前中に詰め込み、昼からは自由に行動できるようエリオットが調整を行った。


「アクア様、こちらの準備は終わりました」

「ああ。馬車もエリオットが手配しているから、行こうか」

『はいっ!!』


 ティアラローズの腕に抱かれたリリアージュが『早く行きましょう』と、興奮気味に声をあげる。

 メンバーはティアラローズ、アクアスティード、リリアージュ、アカリ、オリヴィア。それからエリオットとオリヴィアの執事であるレヴィ。

 初めにリリアージュを馬車に座らせたところで、後ろから「どこかへ行くのか?」と声がかかる。


 ティアラローズが振り返ると、ハルトナイツがこちらへ近づいてきていた。それに対応したのは、ティアラローズではなくアクアスティード。


「ティアラが前々から、アカリ嬢と手紙で出かける約束をしていたからね」

「ああ、そういえば手紙のやり取りを頻繁に行っていたな……」


 ハルトナイツがちらりとアカリを見ると、着替えて出かける気満々な様子がすぐにわかった。昨夜は女子会をしていたし、会えるのが楽しみだったのだろうとハルトナイツは思う。

 結婚式はすぐだというのに、相変わらず自由だなとハルトナイツは苦笑する。


「すまないが、アカリをよろしく頼む。……こんなことを、アクアスティード王子に言えたものではないかもしれないが」

「いいや、別にいいさ。ティアラも同性の友人がいるのは嬉しいだろうし」


 ハルトナイツがティアラローズをきずつけた事実は消えていないけれど、ハルトナイツが反省していることは知っている。

 最近では、ハルトナイツが頑張って政務をしているという噂もよくマリンフォレストへ聞こえてくるのだ。


 そんなことを話していると、のんきな声が二人の耳に届く。


「ハルトナイツ様、アクア様!」

「アカリ、あまり迷惑をかけるなよ?」

「もちろんです!」


 楽しそうなアカリを見て、やれやれとハルトナイツは息をつく。


「ここ最近は式の準備で忙しかったからな……。今日は楽しんでくるといい」

「ありがとうございます」


 そう言って、ハルトナイツがアカリの頭を優しく撫でる。その様子を見ていたティアラローズは、ほっとしながら馬車へと乗り込む。


 ――少しぎくしゃくしてそうだから心配してたけど、大丈夫みたい。

 仲のよい二人にほっとしながら、次はリリアージュとオリヴィアの番かな? なんて考えると張り詰めた気持ちが少しだけ楽になった。




 たどり着いたのは、王城から馬車で二時間ほどの場所。

 何の建物もない広い草原で、一見してお墓があるようには思えない。いったいどこに? と、ティアラローズが首を傾げてしまうような風景。


「こっちです! さあ、急ぎましょう!」


 早く早くと、アカリがとても楽しそうに草原を駆け出す。


「アカリ様! もっとしとやかにしてください……」

「いいじゃないですか! ほら、ティアラ様も早く!」

「ああもう……」


 楽しそうにはしゃぐアカリは、まさに冒険に来ているかのようだ。……いや、まさしく冒険そのものではあるのだが、自分の身分も少しは考えてほしいとティアラローズは思う。


『行きましょう、ティアラ』

「はい、リリア様……」


 アカリにつられたのか、リリアージュもティアラローズの腕の中から抜け出て草原を走る。きょろきょろ視線を巡らしているので、お墓を探そうとしているのだろう。

 こっちこっちと走っていくアカリとリリアージュを見ながら、ティアラローズたちもあとを追う。


「今からこれでは、墓前に着いてからが大変そうだな」

「そうですね……」

「ティアラは勝手に動かないようにしてくれ」


 くれぐれも、私の側から離れないでくれと、アクアスティードが告げる。


「はい、もちろんです。アクア様」


 あきれたようなアクアスティードに同意しながら、ティアラローズたちはあとを追う。オリヴィアも楽しそうに笑って、「ここは要チェックのポイントですわ」と言っている。

 きっと後日改めて聖地巡礼にくるのだろうなと、ティアラローズは思う。


 草原を歩いていくと、ふいにアカリの姿が消えた。


「えっ!?」

「レヴィ!」

「はい、オリヴィア」


 驚くティアラローズとは逆に、オリヴィアがレヴィの名前を呼び確認させる。エリオットも前に出て、何が起こったのかと警戒態勢をとる。

 周囲を警戒しながら、アクアスティードもティアラローズの手を取る。


「ティアラは私の後ろに」

「アクア様……っ」

「いったい何が起こったんだ」


 やっぱりもっと下準備をした方がよかったんじゃ……そう思っていると、「ティアラ様~」とアカリのゆるい声が聞こえた。


「アカリ嬢の声?」

『ここにいます~!』

「あ、リリア様のお声も聞こえますね」


 どうしたのだろうと残ったティアラローズたちで不審に思っていると、調べたレヴィがオリヴィアの下へと戻ってきた。


「地下へ続く階段を下りただけのようです」

「あら……そうだったの。ありがとう、レヴィ」

「オリヴィアのためならば」


 レヴィの報告に合わせるように、地面の草の中からアカリとリリアージュがぴょこりと顔を出した 。

 あははと笑いながら、「こっちですよ」とお気楽な様子。

 こっちが心配したというのに、お墓が地下にあるのであれば先に言っておいてほしかったですとため息をつく。


 ティアラローズたちがアカリのところまで歩いていくと、草花に囲まれた小さな入り口が姿を現す。草が茂っているため、ぱっと見では地下への通路があるようには見えない。


「アカリ様……よくこれに気付きましたね」

「確かに。これはなかなか発見できるものではありませんわ。公式資料にもないのに……」


 まるで攻略本を作る人ですねと、オリヴィアが感心する。

 ティアラローズもそれに同意しながら、通路の中を覗き込む。石造りの階段には特殊な鉱石が使われているようで、ほんのり明るい。

 道幅は人一人がやっと通れるくらいで、灯りこそどうにか確保できているが整備はされていない。


「何があるかわからないから、慎重に――って、アカリ嬢。あまり勝手をしないでくれないか」

「大丈夫ですよ、アクア様! 危険はたぶんないですから」


 まっさきに入っていくアカリを見て、誰もがため息をつく。貴族の令嬢が率先するものではないのだから、これでは先が思いやられる。

 すぐにエリオットがアカリの後を追い、次にアクアスティードが入りティアラローズたちも続く。


「アカリ様はお強いですからね……なんでもご自分でやりたいのですよ」

「それはわかるが、振る舞いに問題がありすぎるだろう。ティアラは間違ってもああはならないでくれ……」

「わたくしがアカリ様のようにですか……難しそうです」

「それでいい」


 いつも振り回されているだろうハルトナイツが若干哀れだなと思うけれど、今はそれよりもこの先に注意をしていかなければとアクアスティードは気を引き締める。

 エリオットとアカリが無事に通路を通れたからといって、罠が何もないという証拠にはならないのだから。慎重すぎるくらいが丁度いいだろう。


 何か危険があるのではという心配は杞憂に終わり、地下の通路は奥行きがなく、すぐ最奥へと着いた。


「ここです、リリア様!」

『…………』


 アカリがどや顔で、「あってますか?」と告げる。

 草原の地下にひっそりと作られたこの場所は、とてもではないが王族の墓標だとは思えなかった。


「ここが、お墓……」


 ティアラローズの視界には、墓標が映った。

 しんと静かなこの空間に、ずっと眠っていたのだろうかと考える。思わず、隣にいたアクアスティードの袖口を掴む。

 すぐにアクアスティードがティアラローズの腰に腕を回して、「大丈夫だ」と抱き寄せる。


「確かに、少し不気味ではありますね」


 後ろにいたオリヴィアも、ティアラローズと同じように少し不安そうにしている。すぐにレヴィがオリヴィアの手を取り、暗闇で転ばないようにフォローに回る。

 全員が入れるよりは少し広いスペースになっているけれど、狭い。埃が酷く、空気もよどんでいる。

 墓標のすぐ近くまで行くと、墓石の材質こそいいものではあるが 、長らく放置され手入れをされている様子がないことがよくわかる。

 文字のようなものが彫られた墓標は、かすれていて読めない。


 ――どうしてこんなところに?

 まるで忘れ去られている、排除しようとして隠した……そんな場所のようだ。とてもではないが、誰かを助けるためのアイテムがあるとは思えない。

 リリアージュは大丈夫だろうかと、じっと墓標をみている彼女に視線を向ける。すると、その大きな瞳からは大粒の涙が零れ落ちていた。


『ここにフェレスのご両親が眠っているんですね。……わたしは一度もお会いすることが出来ませんでしたが、フェレスは寂しくなかったのでしょうか』

「王族の男子など、そんなものです。親よりも先に、やるべきことや義務がございます」

『アクアスティード……。そうですね。そう考えると、フェレスはいつも一生懸命で、立派だったと思います』

「フェレス殿下はリリア様を愛していらっしゃるのですから、寂しさよりも幸せの方が大きいですよ」

『ありがとう、二人とも』


 ティアラローズとアクアスティードの言葉を聞き、リリアージュはほっとしたように笑う。


 リリアージュは小さな手を合わせて、フェレスの両親へ祈りを捧げる。

 ティアラローズたちもそれにならい、それぞれが手を合わせて目を閉じた。どうかフェレスを助けるための力をくださいと、お願いする。


 しばらくの間沈黙が続き、リリアージュが口を開く。


『みなさん、ありがとうございます。ここはフェレスのご両親のお墓で間違いはありません』


 墓石の裏に回り、これが王家の紋章なんですと教えてくれた。

 それはラピスラズリ王国が出来る前のもので、今もなお知っているのはリリアージュとフェレスくらいだということも同時に告げる。


「なら、あとは必要なアイテムですね!」

『はい! おそらく墓石のどこかにあると思うんですけど……』


 フェレスのためならば、きっとここに眠る両親も快く許してくれるだろう。ティアラローズはゆっくり墓標の前に跪き、深く礼をする。

 リリアージュもティアラローズの横にいき、同じように礼をする。


「フェレス殿下をお救いする力を、どうぞお貸しくださいませ」

『一度もお会いできませんでしたが、フェレスはとても楽しそうに過ごしていました。けれど、今は苦しんでいます。わたしに、どうかフェレスを救う力をお貸しください』


 二人の言葉を聞き、全員がもう一度祈りを捧げた。


「さあ、探しましょう」


 アクアスティードが墓石に触れ、前から確認する。後ろをエリオットが探し、レヴィは何かあったときのために周囲を警戒する。



 ――初代の王の、両親か。

 マリンフォレストに残る記録では、初代国王――フェレスの両親に関してはなんの資料もない。それどころか、初代国王の資料だってほとんどない。

 古いものだから仕方がないが、政治的理由があり隠ぺいしたのかもしれないとアクアスティードは考える。


 そして墓石の中央、たまった埃を手で払うとくぼみが現れた。埃がたまっていて気付かなかったけれど、よく見るとそこに取っ手が付いていることがわかった。


「……?」

「墓石の一部が、外れた?」


 まるでからくり細工の箱だと思いながら、アクアスティードは墓石の一部をずらす。ティアラローズがうしろからそれを覗き込んで、アカリも楽しそうに目を輝かせている。


「わ、ブレスレット? というより、腕輪でしょうか?」

「そうみたいだが……なんだか、嫌な雰囲気だな。あまりいいものだとは思えない」


 アクアスティードが手に取ったのは、錆びれた腕輪だった。

 リリアージュも、てててとティアラローズの肩へ登りその腕輪を見る。そしてすぐに顔をしかめて、『たしかに……』と、アクアスティードに同意した。


 ――これを初代国王に渡すのは、どうなんだ。

 さらに状態が不安定になってしまうのではないだろうかと、アクアスティードは危惧する。


『フェレスに渡すには、この腕輪を悪い気から浄化しないといけませんね』


 どうしましょうと、リリアージュが悲しそうに眉を下げる。


「リリア様……」


 ティアラローズも、どうにかならないものかと考える。フェレスを、マリンフォレストを救うためにはこの腕輪を正常な状態にしなければならないだろう。きっと、かつては美しい腕輪だったはずだ。

 物を浄化するには、どんな方法があるのだろうか。神社でお祓い? なんて考えるが、この世界に神社なんて存在していない。

 代わりに存在しているものといえば、魔法。


 ――あ、そうか。


 ティアラローズがぴんと閃いたのと同時にアカリとオリヴィアも声をあげる。そして顔を見合わせて、同時に同じ答えを導き出した。


「ヒロインの聖なる祈り!」


 つまり私ってことですねと、アカリが自信満々に告げる。


「アカリ嬢の? 確かに、それであれば解決するかもしれないが……」


 なるほどと頷きながらも、アクアスティードはあまり乗り気ではない。それは、自国の問題に他国の王族となるアカリを巻き込みたくはないからと、いくら聖なる祈りの力をもってしても難しいのではないかと判断したからだ。


 そんなアクアスティードを見て、アカリは「大丈夫ですよ!」と笑顔で腕輪を手に取る。


「私だって、リリア様を助けたいです。たしかに、この腕輪は邪気が多いです。悪いものに変質していることはわかります。……きっと、誰もここへ訪れなかったから穢れたんでしょう」

『アカリ様、どうにかなるんですか……?』


 じっと腕輪を見つめるアカリに、リリアージュは不安になる。邪気が多い……という言葉を聞き、小さな手をぎゅっと握りしめる。

 そんなリリアージュに、アカリが優しく微笑む。


「お任せください、リリア様! ちょうどいいイベントがありますから!」

『イベント、ですか?』

「はい! 私の結婚式ですよ! 幸せな気持ちがたくさんあると、聖なる祈りはパワーアップするんです」


 だから任せてくださいねと、アカリが笑う。


「アカリ様にしたら、自分の結婚式もイベントなんですね」

「ふふ、アカリ様らしいわ。素敵なスチルが見れそう」


 腕輪も手に入れたし、王城へ戻ろうとティアラローズたちは地上へと戻る。新鮮な空気を吸って、ふうと一息つく。

 お墓が地上にあったら、腕輪もここまで穢れなかったかもしれないとティアラローズは思う。落ち着いたら、もう一度お墓参りに来たいなと考えた。


 馬車まで戻るよりも先に、ヒヒンという馬の声と「アクアスティード殿下!」とこちらを呼ぶ声が耳に入る。焦りを含むその声に、一気に緊張が走る。


「ここだ!」


 すぐにエリオットが声をあげ、馬に乗った騎士へ声をかける。マリンフォレストから一緒にきた騎士の一人で、こちらをみるとすぐに跪く。


「マリンフォレストから緊急の知らせです! マリンフォレストの夜空から、星が消えた――と」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る