第66話 楽しい女子会
夕食会が終わってティアラローズとアクアスティードが部屋に戻ると、すぐにアカリの侍女が訪ねてきた。
フィリーネが対応に当たるが、予期していなかった出来事に思わず驚きの声をあげる。
「え?」
「アカリ様から、アクアスティード殿下とティアラローズ様への贈り物でございます」
「それはそれは……ですが、さすがにこれを受け取るのは……」
――いったい何を考えているのでしょうか?
フィリーネは、若干怒りが込みあげたがそれを表情に出さないように微笑んで見せる。
アカリからの贈り物とは、夜着――パジャマだった。
中が見える透明の袋に、可愛らしい色とりどりのリボンでラッピングが施されている。それは、ゲーム内で攻略対象からもらうプレゼントのラッピングと同じものだ。もちろん、ゲームでパジャマを贈られるということはなかったけれど。
困惑するフィリーネに、しかしアカリの侍女も主人からの命令なので引くに引けない。
「わたくしたちも、さすがにこのように品のないものは……と申したのですが」
「…………」
ああ、この侍女たちもとんでもない女に仕えなくてはならず苦労しているのだな……と、フィリーネは少しだけ同情する。
「一応、受け取りはしますが……」
「いいえ、それだけでも大変助かります……」
深々と頭を下げるアカリの侍女たちを見て、フィリーネは小さくため息をついたのだった。
フィリーネがどうしたものかと悩んでいると、お風呂から上がったティアラローズが「どうしたの?」と声をかけてきた。
「まぁ、アカリ様からパジャマのプレゼン――!!」
――このラッピングすごい!
ゲームアイテムのラッピング方法と同じだと瞬時に気付き、ティアラローズは感動のあまり思わず息を呑む。
訝しむフィリーネに「なんでもないわ」と微笑んで、気づかれないようにこっそり深呼吸をして心を落ち着かせる。
――そういえば、夕食会のときにあとのお楽しみって言っていたわね。
きっとこのパジャマがサプライズなのだろうということがすぐにわかった。
「ティアラローズ様……そのように、夜に着るものを受け取っては……」
「アカリ様とは、夜に女子会をする約束をしているのよ。わたくしの分は受け取りますが、アクアスティード殿下の分は必要ないのでお返ししましょう」
「かしこまりました」
ティアラローズはフィリーネに指示を出し、着替えるために寝室へと移動する。
アカリの侍女たちも、片方を受け取ってもらえるならば……と、大人しく引き下がってくれた。
◇ ◇ ◇
シャンデリアには淡い光だけを灯し、さまざまなアロマキャンドルを部屋に置く。
ケーキ、マカロン、クッキー、マドレーヌ、チョコレート……と、たくさんの種類のスイーツが用意される。紅茶の香りと温かさが、体をリラックスさせる。
アカリが用意したパジャマは、膝下までの丈があるロングTシャツタイプのものだった。現在日本では当たり前に売っている服だけど、こちらではこのような服は売っていない。
なんだか新鮮な気分だなと、ティアラローズは思う。
ティアラローズが招待されたこの場所は、アカリの自室。
女子会をするために集まったのは、ティアラローズ、アカリ、オリヴィア。そしてティアラローズが連れてきたリリアージュ。
全員で広いベッドの上に寝転がって雑談をするのだ。
「ティアラローズ様、お久しぶりです」
「オリヴィア様! こちらでもお会い出来て、とても嬉しいです」
ティアラローズとオリヴィアが簡単に挨拶を済ませると、 アカリがティアラローズの抱くリリアージュを見て目を瞬かせる。
「ぬいぐるみ……じゃ、ないですよね?」
「はい。お二人に紹介したくて、お連れしたんです」
アカリがすぐに「何者?」と首を傾げる。オリヴィアも、見たことがない動物ですねと、同じように首を傾げている。
『リリアージュです、リリアと呼んでください』
「喋れるなんて……可愛いっ!!」
「どうなっているんですか? 動物……?」
もふっとしたリリアの愛らしさに、アカリのテンションが上がる。ぎゅっと抱きしめて、そのもふもふに顔を埋めて幸せそうにしている。
あまりにも素早いアカリの動きに、ティアラローズは慌てる。可愛らしい動物の姿とはいえ、リリアージュはマリンフォレストの初代王妃なのだから。
「アカリ様、おやめください! リリア様はそんな気軽にもふもふしていいお方ではありませんっ!」
「え?」
はぁはぁと呼吸を乱すティアラローズを見て、次にリリアージュを見る。アカリとオリヴィアはまた同時に首を傾げ、おそらく二人ともが――こんなキャラゲームにいなかったよね? と考えているに違いない。
「妖精でしょうか?」
「確かに、その線は濃厚かもしれないですね……さすがオリヴィア様!」
うんうんと頷くアカリを見て、リリアージュが『違います』と首を振る。
『わたしは、リリアージュ・マリンフォレスト。フェレスの妻です』
「えっ」
照れたように微笑みながら告げるリリアージュの声に、アカリとオリヴィアの驚いた声が重なった。
「マリンフォレストの初代国王、フェレス殿下のお妃様なんです」
「またすごい方と知り合ってますね、ティアラ様……!」
ティアラローズの説明を聞きながら、「感動!」とアカリがはしゃぐ。
「うそうそ、フェレス様ってまさかの人外趣味だったの!?」
「驚きましたが……でも、それもいいですわね」
「そうね、そうよね……いいわね」
完全無欠の初代国王、何か一つくらい変わったところがあってやっと普通だ。それが人外趣味ならば、私たちは受け入れるしかない――と、アカリが真剣な目で語る。
『えっと、あの……』
「リリア様の、このもふもふ具合……ずっと抱きしめていたいもの」
「フェレス殿下も、リリア殿下のもふもふには抗うことが出来ないんですわ」
うっとりとするアカリとオリヴィアのトークは留まるどころか加速する。
「ハッ! 待ってオリヴィア様……! 私、すごいことに気付きました!」
「何に気付かれたんですか、アカリ様」
「初代の王妃ということは……アクア様の古いおばあちゃんでしょう? ということは、アクア様も人外の血を引いているのよ!」
「そ、そうですわね……っ! でも、獣の姿で人の子を産めるのでしょうか」
「ふふ、それはあれよ! よくある、満月の夜だけ人間の姿になるとか……!!」
「な、なるほどっ!!」
「…………」
盛り上がる二人を若干遠い目で見ながら、ティアラローズはリリアージュを抱きしめる。そもそも、今夜は満月なのでアカリの推理は大外れだとティアラローズは頭の片隅で思う。
リリアージュはおろおろしながら、二人の会話にまったくついていけないようで『どうしたのでしょう?』と困り顔だ。
『ええと、今はこのような姿ですけど、わたしは人間ですよ?』
「!」
リリアージュの告白に、アカリとオリヴィアがばっと顔を向ける。そしてなるほどという納得したような、人外じゃないのかというちょっと残念さが入り混じったような微妙な顔をした。
「二人とも、リリア様にあまり失礼なことをおっしゃらないでくださいませ……」
「ごめんなさい」
「軽率でした、すみません……」
しょぼんと項垂れる二人に、リリアージュは『気にしないでください』と微笑む。
「ですが、どうしてラピスラズリへ?」
「あ、もしかして私に会わせてくれるためですか?」
理由を尋ねるオリヴィアに、都合よく解釈するアカリ。
「フェレス殿下のお力が不安定だそうです…… 」
「え、それって……?」
「このまま放置すると、マリンフォレストが大変なことになってしまうそうなんです」
そのため、今回はリリアージュが同行しているのだとティアラローズは告げる。
「ラピスラズリのどこかにある、フェレス殿下のご両親のお墓にあるアイテムがあれば落ち着くとリリア様が」
『ですが、あまりにも時が経ちすぎています。どこにお墓があるのか――まして、まだきちんとお墓が現存しているかも、わたしにはわからないんです』
話を聞いたアカリはなるほどと頷いた。
ゲーム知識に関する記憶力は、この中ではオリヴィアが一番だろう。しかし、アカリはラピスラズリで過ごし、現在をゲームの続きだと思って楽しく生きている人間だ。ゲーム以降のこの国を一番知っている。
何か新しい情報を持っているとしたら、この中で一番可能性が高い。
「なんというか、すごい偶然ですね」
「?」
「私、ティアラ様にお手紙を書いたじゃないですか。あれ、古いお墓を発見したから送ったんですよ」
「それって……!」
もしかしてもしかしなくても、フェレスの両親のお墓である可能性は高いのではないだろうか。リリアージュも、期待を込めた目でアカリを見る。
「フェレス様のご両親のお墓かはわからないけど、不思議な力は感じたから……きっと、何か重要な場所だとは思うの」
『行きたい、すぐにでも行きたいです! 連れて行ってください、ティアラローズ!!』
「そ、それはもちろんですけど……さすがに夜は危ないですリリア様」
自分たちだけで行くことは出来ないので、ティアラローズは駄目だと告げる。
行くこと自体は問題ないのだ。護衛を付け、しっかり準備して向かう。
フェレスに王と認められているアクアスティードも行くべきだから、せめて明日までは待ってほしい。
ティアラローズの説明に、リリアージュは頷いた。
『我儘を言ってしまって……ごめんなさい』
「いいえ。リリア様が焦るのも仕方ありませんもの」
「そうです。明日は私も一緒に行きますから、アイテムを必ず手に入れましょうね!」
「わたくしも、レヴィに調査をさせますわ」
『ティアラローズ、アカリ様、オリヴィア様……ありがとうございます』
ぽろぽろと、リリアージュの瞳から涙が零れる。
『わたし、こんなに優しくしてもらえるなんて思っていませんでした。アカリ様やオリヴィア様は、つい今しがた初めてお会いしたのに……』
「やだ、泣く必要なんてないですリリア様。可愛いんですから、 笑顔でいてください。今はお菓子を食べてごろごろして、明日のための英気を養いましょう!」
『はいっ!』
アカリの提案に笑顔で頷き、リリアージュがぱくんとマカロンにかじりつく。
『わたし、この甘いマカロンが大好きです!』
「さすがリリア様! わたくしも、マカロンは大好きなんです」
「もう、ティアラ様はマカロンはじゃなくてマカロンもでしょう?」
「……そうでした」
アカリの言葉を聞いたオリヴィアが思わず噴き出して、みんなで笑う。
「ふふ、ベッドに寝ころんでお菓子を食べるなんて……贅沢ですね」
「日本にいたころは当たり前の日常でしたけど、この世界じゃそんな行儀の悪いことはしませんからね」
「そうそう! 侍女が怒るんですよ」
「お願いですから実行はしないでくださいアカリ様……」
今日みたいに、自分たち以外を人払いしているからこそ出来るのだ。侍女がいる前でやっていい行為ではないと、ティアラローズとオリヴィアが注意する。
すぐに「もうわかってます」と告げるアカリを見て、ああそうか、もう侍女に注意されて手遅れでしたかと遠い気持ちになった。
『国は発展し、豊かになっても……生活はそのぶん窮屈なんですね』
「リリア様……」
寂しそうに語るリリアージュが生きてきた時代は、今から1500年以上も昔のマリンフォレストだ。今よりも自然が多く、妖精と人間がもっと近かった時代。
今と比べてしまえば、間違いなく昔の方が自由だったろう。
『でも……今のマリンフォレストは、平和で温かくて、大好きです』
「はい。わたくしも、マリンフォレストが大好きです」
リリアの言葉に賛同すると、アカリとオリヴィアが挙手をして自分もマリンフォレストが大好きだと主張する。
『! ありがとう、二人とも』
こうしてアカリのスイーツ女子会は、楽しく深夜まで続けられた。
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