第68話 アカリの結婚式
「マリンフォレストから星が……?」
やってきた騎士の言葉を聞き、その場にいた全員が息を呑む。今までそのようなことはなかったし、話を聞いたこともない。
ティアラローズはいったいどういったことなんだと、頭を悩ませる。しかし結果を導くより先に、リリアージュが叫ぶ。
『フェレスがより不安定になっているんです……! このままだと、星だけではなく大地にも影響が伝わってしまいます!!』
「っ!」
『早く、早く……手に入れた腕輪を浄化して持っていかなければっ 』
リリアージュが焦り、ティアラローズに縋った。その様子から、状況がかなりよくないということがわかる。
「ですが、星が消えるっていうのは……リリア様、マリンフォレストはどうなるのですか?」
『わたしも、わかりません。ここまでフェレスの状態がよくないのは、初めてですから……。ただ、そうですね……人が過ごせるような場所ではなくなってしまう可能性もあります』
「人が……?」
リリアージュの言葉に、全員が息を呑む。
マリンフォレストは大国であり、豊かな大地に妖精の加護がある。それを持ってしても、人々が住むのに差し支えるとは――よほどのことだ。
星が消えたことにより、もしかしたら太陽が消えてしまうのかもしれない。水が干からびてしまい、草木が育たなくなってしまうのかもしれない。考えだしたら、切りがないだろう。
ティアラローズはアクアスティードと頷きあって、早急に手を打たなければならないと意思を確認し合う。
「アクア様……」
「大丈夫だ、ティアラ。国には陛下がいらっしゃる。我が国の国庫は、少しの災害で揺らぐようなことはない」
自国の一大事とあれば、すぐにでも戻った方がいいのではないかとティアラローズは考える。 不安に震えるが、アクアスティードは「問題ない」とティアラローズに微笑む。
自然に異変があるだけならばまだいいが、国民の生活に関わってしまえば混乱が起きるのは必須。
アクアスティードの言葉を聞き、ティアラローズは力強く頷く。
ここにはアカリとオリヴィアがいるのだから、王族であるティアラローズたちが焦りを見せるのはあまり得策ではない。すぐにでも相談したい気持ちをぐっと堪えて、ティアラローズは前を向く。
「アカリ様、オリヴィア様。今はまだ混乱を大きくしたくありません。この事は、この場で留めていただけますか?」
「もちろん」
「わかっています」
まだ口外しないでほしいというティアラローズの言葉に、アカリとオリヴィアが素直に頷いてくれた。
そのことにほっとしながら、自分がすべきことを考える。それと同時に、アクアスティードとリリアージュが動きやすいようサポートすることも大切だ。
――何かあれば、ラピスラズリに援助してもらえるようにしなければ。
宰相である父には内容を伏せつつ手紙を送っておこうと考える。アカリも今の報告を一緒に聞いていたので、力になってくれるだろう。
それが、ラピスを賜りマリンフォレストに嫁いだティアラローズの出来る支援でもある。
――マリンフォレストは陛下にお任せして、わたくしたちに出来ることをしなければ。
けれど、それよりも。
「リリア様、フェレス殿下の下へお帰りになった方がいいのでは……」
『ティアラ……いいえ、わたしが戻っても事態がよくなるわけではありません。浄化したアイテムがないと、意味がないんです』
だからアカリの結婚式が終わるまではこちらに滞在すると、リリアージュははっきり告げた。
マリンフォレストのことはもちろんだが、フェレスのことはもっと気がかりだろう。ティアラローズはそれが心配だったのだが、リリアージュの強さにハッとする。
――わたくしもマリンフォレストの妃として強くならなければ。
「エリオット、マリンフォレストの情報を調べてくれ。それに合わせて、スケジュール調整を」
「すぐに」
知らせを持ってきた騎士は、一足先に帰させる。
ティアラローズたちは馬車へ乗り込み、城へ帰る道すがら打ち合わせだ。アクアスティードはエリオットと早急に打ち合わせるため、少しの間だけ御者席へ。
ティアラローズたちは、馬車に乗りながらアカリたちと一緒に何が起こってしまったのか考える。
ゲーム知識のある人間が全員揃ってはいるけれど、このようなゲームイベントはなかった。そのため、どうなっているのかまったく予想がつかない。
アカリが悩みながら、けれどポジティブに「大丈夫ですよ」と笑う。
「とりあえず、腕輪を浄化すればいいんだと思います。浄化したアイテムでヒーローをもとに戻すなんて、とっても乙女ゲームみたいじゃないですか」
「アカリ様……ゲームではなく、現実ですから」
「それはもちろんそうですけど、絶対にハッピーエンドになる道はあるはずよ!」
ティアラローズはアカリの言葉に苦笑するも、こういうときはアカリの明るさに救われるなと思う。王族である自分が不安がっては、国民にそれが伝わってしまう。
「今はとりあえず、出来ることからしていきましょう。私の結婚式が終わったら、ティアラ様たちはすぐマリンフォレストに戻れるように準備をしなきゃいけないですし」
「そうですね……ありがとうございます、アカリ様。オリヴィア様は……」
「わたくしも一緒に戻ります。レヴィ、結婚式のあとすぐに出られるようにしておいてちょうだい」
「かしこまりました」
現状では何もわからないため、各自マリンフォレストで情報収集を行うことになった。ティアラローズ、オリヴィアと、それぞれの視点からであれば別々の何かを掴むことが出来るかもしれない。
とりあえずは各自帰り支度をしておき、アカリの結婚式が終わったらすぐに帰国することで話はまとまった。
◇ ◇ ◇
「これから結婚式が始まることを考えると、不謹慎ですが……どきどきしてしまいます」
「そうね。マリンフォレストのこともあるけれど、今はアカリ様を祝福しましょう」
式が始まる前、ティアラローズはオリヴィアと二人でお茶をしながらゆっくりしていた。今はアカリが準備をしていて、それが終わったら参列するために場所を移す。
リリアージュのことはフィリーネに任せているので、この場ではオリヴィアの執事であるレヴィが給仕をしてくれている。
アクアスティードは、エリオットと帰路に関する打ち合わせなどをしているため、今は席を外している。
「アカリ様がご結婚となると、あまり頻繁にマリンフォレストへは来られなくなってしまうでしょうね」
「ええ、そうね」
紅茶を飲みながら、「寂しいですね」とオリヴィアが告げる。ティアラローズもそれに頷き、同意する。
ティアラローズも王太子であるアクアスティードの妃という立場があるため、そう簡単に出かけることも出来ない。
「そう考えると、やはり結婚はよいことばかりではありませんわね……」
「オリヴィア様……。ですが、心から一緒にいたいと思える方が出来たら、きっと変わると思いますよ」
「そういうものでしょうか?」
聖地巡礼が出来ないのであればと、オリヴィアは一生独身を貫いてしまいそうでたまに不安になる。マリンフォレストの公爵令嬢なのだから、婚約の申し入れくらいはあってもよさそうだから、なおさら。
オリヴィアはあまり想像出来ないようで、「やはり伯爵家の次男が……」と呟く。
そんなオリヴィアを見ながら、レヴィが「別にいいではありませんか」と告げる。
「レヴィ?」
「オリヴィアが苦しい思いをするような婚姻には、賛同いたしかねます」
「あら……ありがとう。なら、もしわたくしが伯爵家の長男以上と結婚させられそうになったら助けてちょうだい」
「御意に」
確かに、レヴィを連れて堂々と聖地巡礼をしている今がオリヴィアにとっては一番幸せだろうなとティアラローズは二人を見る。
レヴィは執事として優秀なだけではなく、鍛えているため護衛としても非常に頼りになる。王城に仕える騎士が束になっても敵わないかもしれない。
――とはいえ、ここでその命令をしてしまっていいのかしら?
どちらも本気で言っていそうなので、質が悪い。
いつかオリヴィアにも幸せな結婚をしてほしいけれど、この執事がいては前途多難だなと――ティアラローズは少し心配になった。
◇ ◇ ◇
アカリとハルトナイツの結婚式は、ゲームと同じ大聖堂で行われた。色鮮やかなステンドグラスに、星が光っているかのようなシャンデリア。
荘厳なパイプオルガンの音に、聖歌隊の奏でる澄んだメロディ。
「わぁ、素敵……」
――ゲームで見た通りだ。
レースを使用した純白のウェディングドレスを身に纏ったアカリと、白とセピアを使ったフロックコートに身を包むハルトナイツ。
――二人が幸せな結婚を出来てよかった。
ティアラローズはほっとしながらも、アカリとハルトナイツとはいろいろなことがあったなと思い返す。もともと、ハルトナイツはティアラローズの婚約者だった。
結局アカリにぞっこんになり、よくよく考えればストーリーに忠実ではなかったけれど……エンディングとしてはハッピーエンドだ。
ヒロインであるアカリと、攻略対象者であるハルトナイツの結婚式なのだから。
「ティアラ」
「アクア様?」
ゲームのことを考えていると、アクアスティードが小声で話しかけてきた。どうしたのだろうかと首を傾げると、心配そうな眼差しが向けられる。
「……いや、ハルトナイツ王子の結婚式だから。少し、心配だったんだ。とても、辛い思いをしただろう?」
「…………わたくしは、大丈夫です。今は、二人に幸せになってもらいたいと思っていますから」
「そうか……」
――ティアラは、強いな。
アクアスティードから見たら、ティアラローズは突然婚約破棄を突き付けられたいわば被害者だ。自分がそのまま求婚をしたけれど、思うところはたくさんあっただろう。
自分があのような状況に陥ったとして、彼女のように気丈に振舞うことが出来ただろうか。そんな風に、思ってしまう。
たとえ出来ていたとしても……。
――こんな風に、二人の幸せを喜べはしないだろうな。
己を傷つけた相手を、よくここまで許せるものだ。心が広く、誰かの幸せをすぐに祝福する彼女だからこそ――きっと誰も愛さなかった森の妖精たちにも祝福をもらうことが出来たのだろう。
「それに、アクア様とこうして一緒になれたんです。わたくし、自分が世界で一番幸せだと思っていますから」
だから結果としてはよかったのだと、ティアラローズは微笑む。
「まったく、ティアラには敵わない。幸せなのは、私の方だ」
「……っ!」
アクアスティードもティアラローズに同意し 、優しく微笑む。
その笑顔が格好よくて、ティアラローズは照れて顔を赤くする。毎日アクアスティードのことを見ているというのに、 未だにどきどきしてしまう。
「こんなところで、そんなに可愛い顔をしないで。……我慢出来なくなるだろう?」
「! アクア様ったら……」
アカリの結婚式なのだからと、ティアラローズは赤い顔をハンカチで押さえながら前を向く。ちょうど指輪を贈られて、誓いの言葉を告げるシーンだ。
「この国を思い、また、病めるときも健やかなるときも、ともに支え合い添い遂げることを誓いますか? ハルトナイツ・ラピスラズリ・ラクトムート」
「誓います」
「この国を思い、また、病めるときも健やかなるときも、ともに支え合い添い遂げることを誓いますか? アカリ・ティトレイット」
「はい。誓います」
神父の言葉を受けて、ハルトナイツがアカリに愛を誓う。そして、アカリも同様に愛を誓う。
幸せそうに見つめ合う二人に、ティアラローズは思わず息がもれる。愛を誓いあうこのシーンは何度もゲームで見たけれど、やはり現実は大きな感動がある。
「私は聖なる祈りの力をもって、この
「あ、アカリ!?」
アカリが宣言した言葉を聞き、ハルトナイツが予行練習と違うじゃないかと慌てている。それに思わず笑ってしまいながら、なんともアカリらしいとティアラローズは思う。
アカリはラピスラズリ王国の人間ではあるが、この世界そのものが彼女の愛しているゲームそのものでもあるのだ。
たとえゲームでプレイしていなかった国だったとしても、ひっくるめて守りたいという。
隣のアクアスティードも、「アカリ嬢らしいな」と笑う。少し離れた場所で参列しているオリヴィアは、目をらんらんと輝かせていて、いいぞもっとやってくださいませという心の声が聞こえてきそうなくらいだ。
アカリがハルトナイツから指輪を受け取り、愛おしそうに見てからそっと口づける。
ゆっくりと瞳を閉じ、アカリが祈りを捧げる。それに合わせて、参列者も手を組みアカリと同じように瞳を閉じて世界への愛を祈る。
「ハルトナイツ様も一緒に祈ってください」
「ああ」
アカリの言葉に頷き、ハルトナイツが己の手をアカリの手に重ねる。
「ラピスラズリに、飛び切りの豊穣を私は祈ります。そして、この力を聖なるものへ変換し、卑しき穢れの浄化をも行いましょう!」
アカリがそう宣言すると、ふわりと綺麗な黒髪が舞って白い光が立ち上る。その神秘的な姿に、誰もが釘付けになる。
それは、聖なる力が光の柱になったものだ。アカリがこの力に目覚めたときも、同じ光景をみたことを懐かしむように思い出す。
浄化の光は大聖堂の天井を通り抜けて、国中に降り注いでいく。同時に、大聖堂に用意されたゲストルームでフィリーネとともに待っているリリアージュが持っている腕輪にも。
参列者は、溢れた光に目をまぶしそうに細めている。「これが聖なる祈り……」「我が国は安泰だ」とアカリを称える囁きが聞こえてきた。
「すごいな。さすがは聖なる祈りか」
「これでフェレス殿下にお渡しする腕輪も、きっと浄化されていますね」
「ああ、そうだな」
ティアラローズとアクアスティードは、式に参列したあとすぐマリンフォレストへ戻ることにした。本来であればティアラローズの実家に数日間滞在する予定だったけれど、すべて延期だ。
今はまだ空から星が消えたというだけで、人々への被害は出ていない。他国への報告も行っていない。これから国へ帰り、フェレスの様子を見て今後の動きを決めることになるだろう。
式が順調に進んでよかったと、ティアラローズはほっとする。
無事に儀式が済み、あとはアカリとハルトナイツが二人で退場して終了。――というところで、アカリが「じゃあ次は」と口を開く。
「アカリ? 退場だろう……?」
「いいえ、まだブーケを投げていませんから」
「ブーケを投げる……とは?」
――アカリ様大人しく退場してください!
こそこそ会話を始めた二人を見て、ティアラローズは頭痛がするのを感じた。王族として招待されているティアラローズは、前列で式を見ているため二人の会話が聞こえてくるのだ。
この世界ではブーケトスを行う習慣がないので、ハルトナイツは何のことかわからず困っている。
日本とは違い、参列している令嬢のほとんどは結婚しているか婚約者がいるのだ
有難迷惑なんじゃないだろうかと思っていると、アカリの視線がオリヴィアに向けられていることに気付く。
「え、そういうこと……!?」
「ティアラ?」
「あ、いえ。花嫁の持つブーケを受け取ると、次に結婚して幸せになれるというジンクスがあるんです」
「なるほど、それでか……」
アクアスティードはオリヴィアに婚約者がいないことを知っているので、アカリが世話を焼くのだろうとティアラローズの言葉を聞いて納得する。
しかし、すでにもう退場の音楽が流れ始めている。
間違いなくブーケトスの打ち合わせなんてしていないのだろうな……とアカリの自由さに苦笑しつつ、いったいどうするつもりなのだろうかとオリヴィアを見る。
するとオリヴィアは手をわきわきとさせて、その視線はブーケを睨みつけている。間違いなく
――聖なる祈りのブーケを取ったら、伯爵家の次男と結婚は無理じゃ?
それこそ、他国の王族や公爵家子息から婚約の申し入れが大量にきてしまうかもしれない。
聖地巡礼が趣味のオリヴィアは、伯爵家の次男あたりに嫁いで好きに生きるのが目標だ。
「私のブーケをゲットした女の子は、幸せになれまーす!」
「――っ!?」
そう大声で宣言したアカリが、ブーケをぽんと天高く投げる。何気なく投げたように見せてはいるけれど、その軌道はオリヴィアに向かって一直線だ。
アカリの言葉を聞いた令嬢たちからは嬉しそうな声があがって、その視線がブーケに向かう。しかし、すでに臨戦態勢のオリヴィアに敵うだろうか。
――あんなに燃えてるオリヴィア様もめずらしい。
確かにテンションが高いときもあるけれど、普段は冷静な一面が強い。式に参列している間だって、令嬢の微笑みを張り付けておしとやかにしていた。
けれど今は、自分に向かってくるブーケに向かって腕を伸ばしている。
投げられたブーケが緩やかに、落ちてきたところをオリヴィアがキャッチ――出来なかった。
「え?」
「ん?」
「あれ?」
ティアラローズ、アカリ、オリヴィアと……頭にクエスチョンマークを浮かべる。
確かにブーケはオリヴィアの眼前まで迫っていて、どう考えてもほかの令嬢がキャッチ出来るような状況ではなかった。
いったいどういうことだろうと、大聖堂内に視線を巡らせて――見つけた。
「レヴィが持ってる……」
「…………あの執事は本当に何なんだ」
ティアラローズのつぶやきを聞き、アクアスティードは「意味がわからない」と告げた。
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