第62話 指輪の共鳴
「あら、ティアラローズ様……どうかなさいましたか?」
「フィリーネ。いえ、何でもないわ」
アカリとハルトナイツの結婚式に向かうため、準備をするフィリーネとメイドたち。それを眺めていたティアラローズだが、自分の指に不思議な違和感を覚えた。
――なんだか、指輪が変?
自分の左手の薬指。
アクアスティードが創りティアラローズに贈った〝星空の指輪〟が微かに光っているように思えた。そして、何かを求めているような、そんな感覚を受ける。
ただの指輪であれば、ティアラローズとてそこまで気にはしない。宝石が光に反射したのかなと思い、それで終わる。けれどこの指輪は、そう片付けてしまっていい代物ではない。
ティアラローズがじいっと指輪を見つめていると、フィリーネが「懐かしいですか?」と問いかける。
「最後にラピスラズリのご実家に帰られてから、もうすぐ二年になりますね。なんだかあっという間でしたけれど……」
「そうね。実家にも一日だけ滞在する予定だから、お父様とお母様とたくさん話をしたいわ」
「はい」
あとは、新しい菓子店が出来ているかなどのチェックも行わなければならない。もし新しいスイーツが出来ていたのなら、全部食べることが可能だろうか……なんて考える。
「そういえば、アカリ様の立場はだいぶ安定したみたいね」
よかったとティアラローズが告げると、フィリーネはむすっとした表情になる。
――あ、まだ怒ってた。
アカリは以前、アクアスティードを手に入れるためにティアラローズの寝室に忍び込み怪我を負わせたことがある。
ティアラローズ本人はすでに気にしていないが、フィリーネは未だに快く思ってはいない。ティアラローズに 手ひどく婚約破棄を突きつけたハルトナイツもしかり。
「今でこそ、ティアラローズ様とアカリ様の仲がよいことはもちろん存じています。ですがアカリ様は、ティアラローズ様のお顔に傷をつけたんですよ!? 綺麗に消えたとはいえ、酷いにもほどがあるではありませんか」
「え、ええ」
「それにハルトナイツ様も、よくもまぁ元婚約者であるティアラローズ様をご自分の結婚式に招待しましたね!」
「さすがに懇意にしている隣国ですもの……」
思い返しただけでも腹立たしいと、フィリーネは取り出したハンカチを噛みしめる。
「そうだわ、紅茶でも飲んで落ち着きましょう? 最近買った蜂蜜があるから、それとスコーンも一緒に」
「ティアラローズ様……はい、すぐにご用意します」
「フィリーネの分もよ。今日は一緒にお茶をしましょう?」
「ありがとうございます」
落ち着くことも大事だからとティアラローズが微笑めば、フィリーネも肩の力を抜いて笑う。
一口サイズのスコーンは、焼き立ての香ばしい匂い。
添えられた蜂蜜やジャムにクリームチーズは、どれも最近ティアラローズが好んで食べているものだ。
「そういえばフィリーネ、最近また新しい装飾品が増えたわよね?」
「はい。ティアラローズ様の指輪が綺麗に見えるようにと、合わせたデザインの髪飾りやブローチなどが多く持ち込まれています」
「そうだったの……」
ティアラローズが着ているドレスも、胸元のラインが指輪に似たデザインの宝石であしらわれていた。よく見ているなぁと感心しながらも、そのことは純粋に嬉しい。
「これも、ティアラローズ様の国民からの支持が厚い証ですわ」
「ええ」
自分がマリンフォレストに受け入れられているという事実は、とても嬉しい。もっとこの国のために何かをしたいと、そう思う。
フィリーネは誇らしそうに、自分よりも嬉しそうにしてくれる。
結婚相手にも、侍女にも、何もかもに恵まれているなとティアラローズは思った 。
「だからきっと、わたくしとハルトナイツ様が別れたのはこのためだったのよ。なんて、今はそう思うようにしてるの」
「このため……確かに、そうですね。ティアラローズ様は、アクアスティード殿下とご一緒のときが一番可愛らしいですから」
「もう。でも、ありがとうフィリーネ」
◇ ◇ ◇
それは指輪の名前の通り、まるで星のよう。
チカチカと、星空の指輪が光った。
「やっぱり、気のせいじゃなかった」
ティアラローズが私室で読書をしていると、はっきりと指輪が点滅するように光った。先日のように、あれ? 光った? なんていうものではない。
――この指輪に、何かあるのかな?
まるで何かを求めるような、訴えかけるような、そんな反応に見えなくもない。
「アクア様は、指輪のことを何か知っているかしら?」
もし指輪に何かあれば、アクアスティードがわかるかと思っていたけれど、どうやらそんなこともないらしい。
特に気にするようなことではないと思っていたけれど――一度相談してみた方がいいかもしれないと考える。
その本人はと言えば……少しの間休憩と言い、今はティアラローズの膝を枕にして夢の中だ。
自室のソファに座りながら、午後の休憩タイム。
「……寝顔、可愛い」
毎日見ているのに、それに飽きることはない。
気持ちよさそうな寝顔をそっと撫でて、本を一ページめくる。
「アクア様の寝顔を見ながら本を読んで、スイーツまで」
膝の上にはアクアスティード。
ゆったりとしたソファに沈み込みながら、本を読む。すぐ横のサイドテーブルには紅茶とマカロンが置かれている。
まさに、幸せのひと時とはこのことだろう。
贅沢すぎて罰が当たってしまうのではないかと思うほど、ティアラローズはこの状況ににやけてしまう。
最近のアクアスティードは、執務が忙しい。
アカリとハルトナイツの結婚式に参列するため国を離れるので、かなりの量の仕事を前倒しで行っている最中なのだ。
そのため、ここ最近は帰りが遅い。ティアラローズがまちきれずにうとうと寝てしまうことも何度かあり、気付けば朝になっていた……なんてこともある。
――妻なのに、先に寝てしまうなんて!
そう思うこと、多々。
けれど、アクアスティードは先に寝ていていいよと言う。フィリーネも、夜更かしは美容に悪いからと、ティアラローズを寝かしにかかってくるから抗えない。
そんなアクアスティードに、さらなる悩みを与えてしまうのは申し訳ない。
指輪に視線を落とし、どうしたものかと考える。
かといって、黙っているとあとで叱られることは間違いない。
「アクア様が起きたら、指輪がたまに光るっていうことをとりあえず伝えてみよう」
疲れているところを、無理やり起こすのは忍びない。この後もまだ執務が残っていると言っていたので、しばらくは忙しそうだ 。
だから今は、ただゆっくり休んでほしい。
そう思いながら、ティアラローズはアクアスティードの髪を優しく指ですいていく。すると、アクアスティードの眉が動いて目が開いた。
「あ、起こしてしまいましたか……?」
「いや。何か、くる」
「え?」
少し眠そうにしながらも、アクアスティードは体を起こす。
離れていく膝の温かさを寂しく思うも、何かがくるとは一体どういうことだろうかとティアラローズは考えるが――すぐに、その答えは出た。
目の前がぱぁっと光り、ひらりと一通の手紙が舞った。
「わわっ」
思わずそれを受け取ると、可愛らしい文字で『ティアラ様へ』と書かれていた。
すぐにそれがアカリの字だとわかり、ティアラローズは思わず苦笑してしまう。見ていたアクアスティードは、「やっぱりか」と呟いて再びティアラローズの膝へと戻る。
「ティアラとアカリ嬢は本当に仲がいいな……」
「そうですね、最近は特に」
「こんな簡単にティアラと接触されたら、妬いてしまいそうだ」
拗ねたような物言いに苦笑しながらも、ティアラローズは手紙を開封する。
こんな結婚式間近な大事な時期に、いったいなんの手紙だろうか? 文面を覗き込むと、この世界の文字で書かれた簡単なあいさつ文。そして結婚式が楽しみだという幸せそうな内容。
「何が書かれているんだ?」
「アカリ様が、ハルトナイツ様を振り回して盛大な準備をしているそうですよ。結婚式の当日が楽しみですね」
「そうか……ハルトナイツも大変だな。当日も、何かやらかされそうだ」
「アクア様ったら……」
とんでもないことをしそうだなと、アクアスティードは行く前から疲れそうだと言う。
それは確かにと賛同しながら、手紙の文面の下部――相変わらず日本語で書かれている文面に目を通す。
――今度はいったい何があったのかしら。
もしかして、ラピスラズリの王城で秘密の通路でも見つけたのだろうかなんて思ってしまう。
そこには、『大発見をしました!! 一緒に謎を解明しましょう』とだけ書かれていた。相変わらずアカリ本位のメッセージで、いったいどんな大発見をしたのかが書かれていない。
これじゃあ、ティアラローズはどうしたらいいのかわからない。
一緒に謎を解明したいから滞在期間を伸ばしてくれ……というようなことが書いているわけでもない。しかし、乙女ゲームに貪欲な彼女が大発見と告げたのだから、それなりのことがあったのではないかと考える。
むうと考え込んでいると、アクアスティードが「どうしたの」と手を伸ばしてティアラローズの頬を撫でる。
「あ、いえ……。アカリ様の手紙らしいなと思って。何か大発見をしたそうなんですけど、それが何かがまったく書かれていないんです」
「確かにそれはアカリ嬢らしいな。あまり私のティアラを巻き込まないでほしいものだ」
ティアラが減るかもしれないと、ふざけたようにアクアスティードが告げる。
「減りませんから、安心してくださいませ」
「わかっているさ。だが、ラピスラズリではティアラの実家にも行くんだ。アカリ嬢の結婚式なのだから、互いにそこまで時間は作れないんじゃないか?」
「そうなんですよね……」
結婚式の主役であるアカリが、式の前後に遊び歩いているわけにもいかないだろう。本人はまったく気にしなさそうだが、ハルトナイツの胃に穴が空いてもおかしくはない。
まぁ、ここで苦労をするのもいいかもしれないけれど……と、ティアラローズは思う。
ただ、アカリの性格はアクアスティードもよくわかっている。
もしかしてもしかしなくても、何かトラブルが起きそうだなとアクアスティードは今からため息をついた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます