第5章 星空の指輪と怪物の願い
第61話 森のお茶会
珊瑚のシャンデリアに、レースのカーテン。白を基調に整えられた室内は太陽の光をふんだんに取り入れて、その豪華さをひときわ際立たせる。
ここはマリンフォレスト王国の王城、王太子妃の私室。彼女はふわふわのハニーピンクの髪に、見れば誰もが恋に落ちてしまいそうな優しい笑顔の持ち主だが――実は悪役令嬢だ。
ラピスラズリ王国から隣国に位置するこの大国マリンフォレストへ嫁ぎ、もうすぐ二年という月日が流れようとしていた。
王太子であるアクアスティードの妃として、国民からの支持も厚い。森と海の妖精王の祝福を受け、この国の将来は安泰だと囁かれている。
名前を、ティアラローズ・ラピス・マリンフォレスト。
ラピスは彼女の祖国から贈られた名で、ラピスラズリでも一定の地位を約束されている。
乙女ゲーム『ラピスラズリの指輪』の悪役令嬢ポジションである彼女だが、今はとても幸せに暮らしているのだ。
「もうすぐね」
ティアラローズから、小さな声がもれる。続けて、侍女であるフィリーネに声をかけた。
「フィリーネ、お茶会の準備はどうかしら?」
「はい、ティアラローズ様。いつお客様がいらっしゃっても、問題ありません」
フィリーネの言葉に、ほっと安堵する。
お茶会の主催というものは、何度経験しても準備に不備がないかなど心配になってしまう。楽しんでもらえるよう、しっかりおもてなしできるよう、気を付けているのだ。
「料理人が、ティアラローズ様が本日作られたお菓子も素晴らしいと言っていましたよ。わたくしも見ましたけれど、苺がたくさん使われていて美味しそうなだけではなく可愛かったです」
「本当? 嬉しい! ありがとう」
ティアラローズはハニーピンクの髪を指でくるりと遊ばせながら、礼を述べる。
ふわふわした髪はハーフアップにしてサイドへ流し、エンパイアラインのドレスは少し可愛く苺の装飾品でアレンジが施されている。
今日のお茶会のテーマは、苺。
苺のショートケーキはもちろんのこと、ムース、タルト、マカロン、ちょっと和風に大福も揃えてみた。ティアラローズの手作りだ。
「ふふ、ティアラローズ様のお茶会に招待される方は、みんな幸せですね」
「そうだといいのだけれど……」
侍女のフィリーネが、笑顔でそう告げる。
ティアラローズの主催するお茶会は、〝森のお茶会〟と呼ばれていて、令嬢たちからの人気がとても高い。
その理由は、ティアラローズが唯一この国で森の妖精とその王に祝福されている存在だから。自分たちでは成し得なかったことをあっさり遂げてしまったティアラローズは、憧れの的でもあるのだろう。
とはいえ、ティアラローズ本人は自分がアクアスティードの妃であるがゆえ……だと思っているが。次期国王の妃に気に入られたいという人間は、多い。
ティアラローズはアクアスティードに溺愛されているので、ことさらに。
そろそろ、招待した令嬢たちが登城してくるころだろう。
迎えるために移動をしようと立ち上がったタイミングで、部屋の扉が開く。
「ティアラ、もうお茶会?」
「アクア様。はい、そろそろ時間ですが……どうかしましたか?」
顔を出したのは、アクアスティード。
この国の王太子であり、ティアラローズの夫だ。
「いや、少し時間が空いたから来ただけだよ」
そう言って、アクアスティードはくすりと笑う。
日頃から執務が忙しい彼だが、時間が空いたときはティアラローズの下へ来る。以前、もっと休んだ方が……とティアラローズが言ったのだが、ティアラローズのそばにいるのが一番心休まるのだと恥ずかしげなく言う。
「あまりゆっくりできなくて、ごめんなさい……」
「ティアラが気にすることじゃないよ」
優しく頭を撫でながら、アクアスティードは「楽しんで」と声をかける。それに頷きながら、ティアラローズもおずおずとアクアスティードの頭を撫でてみる。
さらさらで艶のあるダークブルーの髪は、もっと触っていたいと思ってしまう。
「どうしたの、ティアラ」
「いつもアクア様が撫でるので、わたくしもと思ったんですけど……なんだか、好きです」
「…………ああもう、ティアラは……」
――アクア様がわたくしの髪をよく撫でるのが、なんだかわかる気がする。
好きな人を撫でるのは、どきどきして……楽しい。
そんなことを考えていると、来客があったことを伝えるためにメイドが部屋へとやってきた。それと同時に、アクアスティードの側近であるエリオットも顔を出した。
アクアスティードはしばらく休憩だったはずだが、少し慌てた様子のエリオット。何かあったのだろうと、ティアラローズは思う。
「ティアラの招待客が来たと思ったら、私も仕事ができたらしい」
「そうですね。……では、また夜に」
「ああ」
◇ ◇ ◇
森のお茶会は、ティアラローズにあたえられている数部屋 のうちの一室で行われることが多い。天気がよければ庭園という選択肢もあるけれど、長時間日光の下にいては肌が焼けてしまう。
今日は、室内にお茶会の用意がされている。
招待した令嬢は、三人。
ティアラローズとマリンフォレストで一番仲の良い令嬢、オリヴィア・アリアーデル。
公爵家の令嬢である彼女は、なんと乙女ゲーム『ラピスラズリの指輪』 の続編の悪役令嬢だ。幼少期、一時だけアクアスティードと婚約をしていたが、それもすぐに解消されて今は平和に楽しく生活している。
転生しているため日本人だったときの記憶を持ち、ゲーム内のスポットを聖地巡礼するのがお気に入り。将来的には、伯爵家の次男あたりと結婚して好きに生きたいというのが彼女談だ。
伯爵家の令嬢、ルシア・バルデンシュタン。
お菓子の商会を経営している家系で、本人もスイーツが大好き。
男爵家の令嬢、クリスティーナ・フォクスート。
噂話が大好きで、よくティアラローズに流行のものを教えてくれる。
「ふわあぁぁ、すごいです! ティアラローズ様のお菓子は、どれも素敵ですね」
「ええ、本当に。お茶会に招待していただけて、とっても光栄ですわ!」
用意されたお菓子を見て、ルシアとクリスティーナが声をあげる。オリヴィアも目をきらきらさせながら、「さすがティアラローズ先輩」と呟いている。
こうして、テンションの高い中……ティアラローズの〝森のお茶会〟が始まった。
「最近、蜂蜜の流通が多くなったと聞いていますわ。なんでも、ティアラローズ様の花から良質な蜜がたくさん採取できるのだと伺いました」
「もうご存知なの? 自分の名が付いた花がと思うと少し恥ずかしいけれど、こうして役立っているのはとても嬉しいわね」
ルシアの言葉に、ティアラローズが照れた笑みを浮かべる。
国花である〝ティアラローズの花〟は、お菓子を作るために存在するような花だ。その花びらは甘く、袋状の実には上質の砂糖が入っている。ピンクの大輪は、今や国民に愛されている大切なこの国の象徴となった。
このお茶会で交わされるのは、まず第一にお菓子の話だ。
主催者のティアラローズが大好きだということもあり、招待された令嬢たちはいつも飛び切りの情報を用意してくれる。
そしてもちろん、流行のドレスや恋愛話にも花が咲く。
オリヴィアが「そういえば……」と、話を切り出した。
「もうすぐ、ラピスラズリ王国のハルトナイツ殿下とアカリ様の結婚式ですね」
「ええ。一ヶ月後なので、準備を進めているところなの」
ティアラローズは頷いて、幸せな結婚式になるといいなと思う。
アカリは乙女ゲーム『ラピスラズリの指輪』のヒロインだ。出会った当初は対立するようなかたちだったが、今はティアラローズの親友を名乗るほどフレンドリーに接してくる。
そんなティアラローズをよそに、ルシアが心配そうに声をあげる。
「ハルトナイツ殿下のご結婚、おめでたいですが……王位継承権は弟のシリウス殿下にあるのですよね?」
「アカリ様は聖なる祈りの使い手ですのに、どうしてハルトナイツ殿下との ご結婚なんでしょう。シリウス殿下とご結婚された方が、ラピスラズリは安泰でしょうに……」
クリスティーナもそれに賛同して、頷く。
国のためを思うのであれば、国王になるものが聖なる祈りを持つアカリを娶ればいい。誰もがそう思うだろうが、ティアラローズはこれでいいのだと思っている。
――アカリ様は、なんだかんだでハルトナイツ様が好きだもの。
ハルトナイツはヒロインであるアカリが好きだから、問題ない。ラピスラズリにとって、実はこの組み合わせが一番いいのだ。
それを知っているオリヴィアも、頷いている。
「アカリ様とハルトナイツ殿下は、とても仲睦まじくしてらっしゃるのよ。ですから、何の問題もありませんわ」
「まぁ、そうでしたの」
「それなら安心ですわね」
オリヴィアの言葉を聞き、ルシアとクリスティーナがほっとする。
ラピスラズリはティアラローズの祖国なので、平和であってほしいというのが国の総意だ。信頼で結ばれた仲の良い隣国として、今後も良好な関係を築いていくのだろう。
「ぜひ、結婚式の話を聞かせてくださいませね? ティアラローズ様のお式も、とても素敵でしたもの」
「ありがとう。楽しんでくるわね」
ルシアの言葉に頷くと、今度はクリスティーナがティアラローズの指に注目する。
「それは、アクアスティード殿下からの贈り物ですか?」
「これは……」
ティアラローズの指には、三つの指輪がはめられている。
アクアスティードから贈られた結婚指輪と、アクアスティード自身が王として創った星空の指輪。
海の妖精王パールの、海の指輪。
「ええ。アクアスティード殿下が、わたくしのために創ってくださったの」
「まぁ……素敵!」
ゆっくり指輪を撫でて、ティアラローズは頷く。海の指輪に関しては、あまり公に出来ないので自分で用意したお気に入りなのだと口にする。
ルシアとクリスティーナは、いつか自分も……と、うっとりした瞳で羨ましそうにティアラローズの指輪を見つめる。
「ティアラローズ様がいらしてから、マリンフォレストも変わりましたね。お菓子のお店が増えましたし、ドレスのデザインも華やかになりました。何より、森の妖精がティアラローズ様を祝福されたので、いっそう自然が輝きを増しましたもの」
作物の収穫量が増え、国民の生活は豊かになってきている。
クリスティーナの言葉を聞いて、オリヴィアもそれに賛同する。
「スイーツのお店が増えるにつれて、パティシエを目指す子供も増えていますわ。これなら、いつかスイーツのお祭りをすることも出来るかもしれませんわ」
「オリヴィア様、それいいですね……!」
それならば、昔はあったとされるスイーツ大会を開くことが出来るかもしれないと、ティアラローズが目を輝かせる。
それはルシアとクリスティーナも同じだったようで、「いつか絶対開催しましょう」とお茶会は大いに盛り上がった。
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