第38話 パールの海
クレイルは、パールのことが好き。
パールは、クレイルのことが好き。
これは間違いなく決定事項なのだけれど――どうにもこの恋愛、すれ違っている。
ティアラローズは自室でゆったり紅茶を飲みながら、やはりどうにか手助けを出来ないだろうかと考える。
――でも、妖精王のことにわたくしが口を出すのはあまり良くないのよね?
昨日のお茶会で言われたことを思い出す。
「そんなに悩み顔で、どうなされたのですか?」
「フィリーネ……。両片想いのお二人がいて、力になれたらいいのにって思ったのよ」
「まぁ……」
それはそれは、と。フィリーネが声をあげる。
「でも、それはそれで楽しいのではないですか?」
「うーん……」
確かに、両片想いが甘酸っぱい思い出になるならばいいのだけれど、あの二人は完全にすれ違ってしまっているのだ。
これでは、間違いなく楽しくないだろう。
――クレイル様はもっとガンガンいっちゃっていいと思うのに。
そんな風に悩んでいるティアラローズの様子を見て、フィリーネは嬉しそうに笑う。
「今までご自分のことで精一杯だったので、余裕が出来たようで嬉しいです」
「……確かに、そうよね。わたくし、今まではいっぱいいっぱいだったわね」
アクアスティードと正式な夫婦になったからこそ、今は落ち着いていられるのだ。最初の断罪イベントから、フィリーネには心配ばかりかけていたなと思う。
「そういえば、近いうちにお買い物へ行くんでしたよね。予定を調整して――」
「あ、それはやめたの」
「やめたんですか……?」
フィリーネが喋り終える前に、ティアラローズは力なく首を振る。
クレイルとアクアスティードの三人でパールへのプレゼントを買いに行く予定だったのだけれど……昨日、お風呂に現れた彼女の様子からして行ってはいけないと思ったのだ。
――確かに、自分の好きな人がほかの人と一緒に買い物をしていたら嫌よね。
一応アクアスティードも一緒なのだけれど、パールにとってそこは眼中に入っていないようだった。
「クレイル様にも、早めに伝えないといけないわ――」
「あら、呼んだ?」
「え……っ!? クレイル様!」
「お買い物の相談に来たのよ~!」
なんというタイミングだろうかと、ティアラローズはこめかみを抑えつつそっと息をつく。アクアスティード経由で断りの連絡を入れる予定だったのに、翌日に来るとは予想外だった。
キースならば突然の行動も納得出来てしまうけれど、クレイルはあまり早急にことを進めようとするタイプだとは思わなかったからだ。
――やっぱり、パール様が特別だから、かな?
そんな風に考えると、クレイル様も可愛いなと思う。恋する女の子は、みんな可愛いのだとティアラローズは思う。
まぁ、クレイルに関しては中身が男ではあるのだけれど……。
フィリーネにアクアスティードを呼ぶように伝え、ティアラローズは自室に備え付けられているキッチンでお菓子と紅茶を用意する。
買い物を断るつもりではあったけれど、訪ねてきた妖精王を無下にすることは出来ない。人間よりも、妖精王の立場の方が絶対的だ。
「ふふ、アクアスティードにも困ったものね。私と二人になるな、なんて、独占欲が強すぎるのよ。ねぇ?」
「え、ええと……」
クレイルの言葉に、ティアラローズは苦笑することしか出来ない。
嫌だと思うことなんてまったくなくて、むしろもっと独占して欲しいとすら思ってしまうのだから――重症だ。
顔を赤くしたティアラローズを見て、クレイルは「あら」と笑う。
「無用な心配だったわね。二人が幸せそうで、私も嬉しいわ」
「……ありがとうございます」
「私も、頑張ってパールへのプレゼントを選ばないといけないわね! 女の子への贈り物って、どうしたらいいかわからなくて」
楽しみにしているクレイルに、一緒に行けなくなりましたーーとは、どうしても言い難い。
かといって、正直にパールが妬いているから、なんて言えるはずもなくて。
どうしようかなぁと困ったところで、アクアスティードが顔を出した。
「昨日の今日でくるとはな……。ティアラだって疲れてしまうんだから、もう少し自重してくれ」
「やだ、私ったら失念してたわ。ごめんなさいね、ティアラローズ」
アクアスティードの言葉を聞き、クレイルは素直に謝罪の言葉を口にした。
妖精王である彼らは、余程のことがなければ疲れたりはしない。力も、生命も、人間とは段違いに強いのだから。
「いいえ、わたくしは大丈夫です。ーーですが、その、なんというか……」
「ティアラ?」
「ティアラローズ?」
どうにかして、一緒にいけないということを伝えなければならない。ぐっと拳に力を入れて、ティアラローズはクレイルを真っ直ぐに見る。
「パール様へのプレゼント選びに、わたくしが付いていくことは……出来ません」
「……どうして? 嫌になったの?」
ティアラローズの言葉を聞いたクレイルから、ピリッとした少し厳しい空気が流れる。
空の妖精王である彼は、大気に、空に、その影響が一番出るのだ。
思わず肩を震わせると、アクアスティードがティアラローズを抱き寄せクレイルを牽制する。
「話は最後まで聞け。ティアラが怖がるだろう?」
「ーーそうね。ごめんなさいね、ティアラローズ」
「い、いいえっ! わたくしの言い方が悪かったんです。誤解をさせて、すみません」
一度、クレイルに謝罪をしてから話を続ける。
「好きな女性への贈り物は、ほかの女性が一緒に買いに行かない方がいいと思ったのです。クレイル様が選ばれた方が、喜ばれます」
「そういうことだったの……。でも、私はパールに嫌われているのよ?」
「それでも、嫌だと思うのが女性なのです」
ティアラローズの主観も入っているが、あいにくここにいるのはアクアスティードとクレイルだ。
女性の意見代表として押し通してしまっても、問題はないだろう。
フィリーネは侍女なので、この会話に入ってくることはない。
「それが女性、なのね……」
まったくその発想はなかったと、クレイルは驚いた。
少し悩むそぶりを見せ、よしと大きく頷いた。
「それなら、一人で買い物に行ってみるわ! ありがとう、ティアラローズ」
「いえ、色々と言ってしまって申し訳ないです……」
「とても嬉しいわ。これからも仲良くしてちょうだいね?」
「もちろんです!」
きゃっきゃしながらはしゃぐ二人を見て、アクアスティードは大きくため息をついた。
見た目は女性でも、クレイルはれっきとした男。あまりティアラローズになれなれしくするなと、あとで文句を言おうと思ったのだった……。
◇ ◇ ◇
「一人でお買い物って、なんだか新鮮だわ」
クレイルはティアラローズたちと別れ、街へ買い物に来た。
アクアスティードから王室御用達の店を教えてもらい、そこでパールへのプレゼントを選ぼうと思っている。
セピア色の屋根に、ガラスのショーウィンドウには綺麗なアクセサリーが並べられている。
そのどれもが上質なもので、王であるパールにはとても似合うだろうと、クレイルは自然笑みを浮かべる。
店内へ足を踏み入れると、さらにたくさんの品物があった。
その中でも、珊瑚のアクセサリーがクレイルの目に止まる。
ーーパールは、珊瑚がよく似合うのよね。
和装の彼女には、色とりどりの鮮やかなものがよく似合う。
思わずその姿を想像すると、クレイルの心はぽかぽかと温かくなってくる。
「ふふ、喜んでくれるかしら」
「いらっしゃいませ。贈り物をお探しですか?」
「ええ、そうなの。珊瑚を使ったものにしようと思って」
黒のスーツに身を包んだ店員が、丁寧に対応をする。
ショーケースから珊瑚のアクセサリーを取り出して、クレイルの前に一つずつ丁寧に並べていく。
「色はどうしようかしら。……赤も素敵だけど、空と海の色もいいわね」
それだと、白か、青か。
真っ白というのも、素敵。パールはどんな色でも着こなしてくれそうだなと、クレイルは思う。
「それでしたら、グラデーションもございますよ」
「あら、綺麗ね……」
店員が差し出したものは、青い珊瑚から始まり、どんどん色の薄い珊瑚を組み合わせて作られた髪飾り。
付けたら珊瑚がしゃらんと音を立てる、そんな作りになっていた。
下の部分は真っ白なので、濃い色の服にも映えるだろう。
「これ、いいわね! いただくわ」
「ありがとうございます」
即決したクレイルは、他にも何かないかと視線を動かしたところでーーとても可愛らしい、ブローチを見つけた。
「やだ、このお花のブローチ可愛い。ティアラローズによく似合いそう! これも包んでちょうだい」
「かしこまりました」
「そうだわ、せっかく仲良くなったんだもの。お揃いにしたらいいかもしれないわね」
クレイルが見つけた花のブローチは、様々な色のものが用意されていた。
ティアラローズに選んだものは、ピンク色のお花。彼女のハニーピンクの髪色によく似合うだろう。
ーーでも、私がティアラローズに贈り物をしたらアクアスティードが妬くかしら?
そんなことを考えるが、すでに包むように伝え済みなので購入することは決定なのだけれど。
自分の分はどれにしようかなーとクレイルが選び始めたところで、ぞわりとした感覚が彼を襲う。
「えーー? この感覚、海が荒れてる……?」
もしかして、パールに何かあったのだろうか。クレイルはすぐに店内から飛び出して、海の方向へ視線を向けた。
まだ、街の人は海から距離があるため気付いてはいない。
ーーいったいどうして?
クレイルはぎりっと、唇を噛み締める。
パールのプレゼントを嬉しそうに買うクレイル。
それを、全てティアラローズに贈ると勘違いしたパールの暴走だとは未だ誰も知らないーー……。
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