第37話 妖精王の悩み
「ええと……」
海の妖精王パールが姿を消して、しょんぼりと寂しそうにする空の妖精王クレイル。楽しかったお茶会はしんと静かな雰囲気になり、ティアラローズはおろおろと焦る。
――クレイル様は、パール様のことが好きなのかな?
男嫌いである彼女のために、女装をする。……これは、そう簡単に出来ることではないとティアラローズは思う。若干好きでやっているようにも見えたけれど。
「まったく、お前はややこしいな」
「アクアスティード……」
やれやれとため息をつき、アクアスティードはアイシラに退出するよう告げる。このような問題を、公爵家の令嬢とはいえ、聞かせるわけにはいかないのだ。
それに、アイシラでは今回の問題を解決出来ない。その結論は、すでにアクアスティードの中で出ている。これ以上話す必要もないと判断したのだ。
礼をし、アイシラが退出するのを確認してからアクアスティードはソファへ座り直す。クレイルに視線を向ければ、紅茶を一口飲んでから話を始めた。
「まぁ、私は見ての通り男なんだけどね」
「見ての通りだと女だろう」
「あら……」
自分の髪をくるくると指で遊びながら、クレイルが笑う。そういえば女の恰好をしていたんだったと、まるで忘れていたかのように話す。
むしろ、その状況が当たり前のようになってしまって本人すら意識をしていないのかもしれない。
ティアラローズに、隠していたわけではないんだけど……と言葉を続けながら、クレイルは珊瑚の紅茶を淹れ直す。
「いえ……。わたくしのことは、お気になさらないでください。それに、クレイル様とお話しするのは楽しいですから」
「ありがとう、優しいのね」
「ティアラはいい女だろう?」
「とっても」
紅茶を飲みながらキースが笑い、その横でアクアスティードがティアラローズを自分の方へと引き寄せる。自分の妻を狙うなと、妖精王を睨み付けた。
「アクア様……」
「ティアラは誰にでも愛想を振りまきすぎだ」
「はは、しっかり捕まえておかないとかっさらうぞ」
「キース!」
――なんてことを言うのか、この妖精王は!
ティアラローズは、もちろんアクアスティード一筋なのだ。自分が不安になるように、アクアスティードが不安にならないように過ごすのが一番良い。
なので、キースに余計なことを言わないようにと言っておく。
「まぁまぁ。んで、クレイルはどうするんだ? そんなにパールがいいか」
「……」
キースの言葉に、ティアラローズは言葉を飲み込む。自分が何か発言できるようなものではないし、クレイルとパールのことに口出しをするのは良くないと思ったのだ。
――クレイル様の、片思い?
でも、あの様子を見ると両片思いなのでは? と、思う。空と海の妖精王だから、あまり頻繁に会うことが難しいということもあるかもしれない。
あまりすれ違うことがないと良いのだけれど……。自分ばかりアクアスティードの隣にいて良いのだろうかと、申し訳なくなってしまう。
「そんな顔をしないで、ティアラローズ。私は大丈夫だから」
「! クレイル様……」
自分の顔が曇っていたことにはっとして、慌てて笑顔を作る。アクアスティードにも、「気にすることはない」と言われ頭を撫でられる。
それでも気にしてしまうのがティアラローズなのだが、何かを言う前にアクアスティードがお菓子で彼女の口をふさいでしまう。
「んんんっ!」
「ふふ。ティアラローズはゆっくりお菓子を食べて幸せな顔をしていれば良いのよ」
にこりと笑い、クレイルは続きを話し出した。
「そうね。私はパールが好きだけど、パールは見た通り男が嫌いでしょう? だから、私も嫌われているのよ」
――絶対、それ勘違いです!
心の中で盛大に叫ぶが、いかんせん口の中にはお菓子が入っているため喋ることが出来ない。
どうやらアクアスティードとキースも、ティアラローズと同じ考えなのだろう。声に出さないように小さく笑っている二人が目に入る。
「まぁ、あいつの男嫌いは筋金入りだからな。女装したくらいでは、好かれないだろうな」
「でしょう? でも、私だって一生懸命だったのよ?」
「…………ん」
急いでお菓子を飲み込み、それは違いますとティアラローズが声をあげようとしたのだが――アクアスティードの指が、そっと唇に触れる。
「っ!」
「しぃ、ティアラ」
「アクア様? ですが、あれではクレイル様が……」
無意識に声を小さくして、なぜ告げてはいけないのだろうかと首を傾げる。
ああいう二人には、外部からの後押しも必要だと思う。しかし、アクアスティードはそれをよしと考えていないようだ。
「妖精王たちのことに、私たち人間がそう簡単に足を踏み入れるものではない」
「それは……そうですが…………」
でも、それではクレイルもパールも可哀想じゃないだろうか。
ティアラローズはしょんぼりとしながら、キースと言い争っているクレイルに視線を向ける。嫌われていないのだと、早く気付いてくれれば良いのに。
――というか、キースが教えてあげれば良いのに!
もやもやした気持ちを森の妖精王にぶつけて、ティアラローズは小さくため息をつく。しかし同時に、親友のような二人を見ていると、やはり部外者の自分がしゃしゃり出るのは良くないなとも思う。
「まったく。キースは気楽ねぇ」
「ふん。面倒ごとはこりごりだな」
「いいわねぇ、その性格」
ふぅっと一息ついて、クレイルは紅茶を飲みほした。ティアラローズおすすめのケーキを食べて、美味しいと舌鼓を打つ。
「いいの。パールとはこれまで通りゆっくり距離を縮めていくんだから」
「へーへー。頑張ってくださいよ」
自分たちの話はもう結構と、クレイルは首を振った。
キースはそれをいつものことのように、さらりと流す。
「さて、今日はもう駄目ね。帰るわよ、キース」
「俺もかよ」
「そうよ。二人はまだまだ新婚なのだから、私たちがあまり邪魔をするのも良くないでしょう?」
「……その割に、お前はよく来るけどな」
クレイルの言葉をアクアスティードが睨めば、ふわりとクレイルが笑う。
「ああ、そうだわ。パールに何か贈り物でもしようかしら。ねぇ、ティアラローズ。近いうちに、買い物に付き合ってくれないかしら」
「お前な……」
「わたくしでよければ、喜んで」
アクアスティードが止める前に、ティアラローズはこくりと頷き返す。はぁとため息をつきながら、アクアスティードは「私も行く」と呟いた。
◇ ◇ ◇
三人の妖精王が揃うという、類まれなるお茶会も終わり――ティアラローズはゆったりとお風呂につかりその日の疲れを落とす。
「はふぅ……」
半分ほど顔をお湯につけて、ぷくぷくして目を閉じる。
考えることは、クレイルとパールのこと。二人とも、もっと素直になればいいのになと……そう思う。
――いや、クレイル様は素直すぎるのかな?
それゆえに、女装をしてまでパールと仲良くなろうとしているのだから。
「恋って難しいね……」
自分だって、アクアスティードのことでだいぶ悩んだのだ。クレイルも、同じようにパールのことで悩んでいるのだろう。それに、パールも。
「というか、男だなんてびっくり。どう見ても、完璧な美女だったのに……」
それに関しては、女として若干ショックではあった。男がこんなに美しいのか、と。さすが乙女ゲームの世界、どの人も魅力的過ぎて仕方がない。
そしてふと、ひとつの考えが脳裏をよぎる。
「パール様は、私がクレイル様たちと楽しそうにお茶会をしているのが気に入らないのかな?」
「そうじゃっ!!」
「うひゃぁっ!」
ティアラローズが言葉を発した瞬間に、自分以外の言葉がお風呂場にこだました。
いったいどこからと考える必要もない。湯船の中から、むすっとした顔のパールが姿を現したのだ。
――ままま、まさか海の妖精王自らが!
まったくもって思っていなかった展開に驚けば、すぐにアクアスティードの声がティアラローズを呼ぶ。同時に足音も聞こえ、このままでは間違いなく風呂場にまで様子を見に来るだろう。
慌てて「なんでもない、大丈夫です」と声をあげてアクアスティードを制する。
「ふんっ! 悲鳴をあげればすぐに男が来るとは、良い身分じゃの」
「…………」
嫌味を言っているはずのパールだが、その瞳には羨ましさが見て取れた。
どうしようかとティアラローズは悩み、普通に話をしてみようと口を開く。
「パール様も、一緒にお茶会をしませんか?」
「な、なにを言っておるのか! わらわが、そなたと一緒にお茶などするわけがないであろう」
「クレイル様もお呼びします。そうすれば、きっと楽しいですよ。クレイル様、とてもパール様にお会いしたそうでしたよ?」
「ふん」
それとなく――ではなく、直球勝負でお茶会への誘いをする。しかし、返ってくる答えは否。人間ごときとお茶などしないと、そういうことだろうか。
困ったなぁと思いつつも、ここに顔を出したのだからパールは気になって仕方がないのだろう。
「気軽に妖精王を茶に誘うなと、わらわはそれを言いに来たのじゃ。身をわきまえよ!」
「は、はぁ……」
キースもクレイルも、自分からティアラローズの下へやって来たのだ。間違ってもこちら側から誘っているわけではないのだが……。
しかし、パールにそんなことは通用しない。海の妖精王である彼女がそうであると言えば、海にとってはそれが事実と同様になる。
「今日はこれくらいにしてやるが、これ以上酷くなるようならばわらわにも考えがある!」
「パール様、わたくしは」
「黙れ! 海の妖精王であるわらわに逆らうでない! これ以上、王に、クレイルに近寄るでないわ!」
「……っ!」
早口でまくしたて、パールはそのまま姿を消した。
クレイルと一緒に買い物をする約束をしてしまっているのだが――どうしたものかと、頭を抱える。
「でも、パール様って思っていたより可愛い」
妖精王をと言っていたのに、最終的にはクレイルと、残り二人のうち一人だけの名前を告げたのだ。
「私はクレイル様をパール様からとったりはしないのに。……もしかして、二人が両想いになるのも近いかも?」
そう思うと、今までされていたお菓子盗難事件もまったく気にならなくなってしまう。純粋に、あの二人を応援してあげたいと、ティアラローズは思ってしまったのだ。
パールに会ったことを告げて、買い物はとりあえずキャンセルだなと考えながらお風呂をでようとして――パールのまくしたてる声を聞いたのだろう。アクアスティードがひょこりと顔を出した。
「ティアラ、だいじょう――」
「~~~~っ!?」
声にならない悲鳴をあげて、ティアラローズはアクアスティードに思い切りお湯をかける。恥ずかしくて、一瞬で顔が赤くなってしまった――……。
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