第22話 森の恵みとスイーツ

 午前中は精霊に関する授業を受け、午後はアクアスティードの執務室で見学をするという毎日を繰り返すティアラローズ。

 しかし、あまりアクアスティードの役に立つことが出来ずにため息がもれた。


「ティアラローズ様はとても頑張っていらっしゃるじゃないですか」

「でも……。アイシラ様はまだ14歳だというのに、しっかりと仕事をされていらっしゃるわ」


 柔らかなソファに腰を落ち着けて、フィリーネの淹れた紅茶をゆっくりと飲み干した。

 夜が更けたこの時間は、城内も静かで風の音が耳に入る。1日の終わりに紅茶を飲みながらまったりするこの時間が、ティアラローズは好きだった。


 そして昼間のことを思い出す。

 アクアスティードの執務を見学し始めて、度々アイシラがやってくるのだ。その都度もやっとしたものが胸にかかるが、仕事だからとティアラローズは自分に言い聞かせた。


 ――でも、14歳で仕事をこなすなんて。日本では考えられないわね。

 心の中でため息をつき、どうやって役に立とうかとティアラローズは悩んでいるのだ。


「ティアラローズ様は、いらっしゃるだけで十分アクアスティード殿下のお役にたっているではありませんか」

「フィリーネ?」


 侍女の言葉に、首を傾げる。居るだけで役に立つとはいったいどういうことなのだろうか。本気でそう考えるティアラローズに、フィリーネは「そんなところも良いんですけどね」と苦笑した。

 アクアスティードがティアラローズを溺愛しているのは周知の事実ではあるのだが、当の本人はあまり自覚をしていないようだ。

 ティアラローズが居るというだけでアクアスティードの機嫌は良いし、執務もはかどっている。


 そんな主人をフィリーネは可愛いとは思うのだけれど、しかしまだ花嫁修業中の身だ。過度な触れ合いはあまりよくないだろうし……。そう考えて、ならばと手を打つ。


「お菓子はいかがですか? ティアラローズ様がお作りになるお菓子は、魔力を込められるではありませんか。疲労回復効果のお菓子など、良いと思います」

「さすがフィリーネだわ! そうね、お菓子であればわたくしもお役にたてるわ」


 名案だと、ティアラローズは花のほころぶような笑顔を見せた。

 それならばすぐに準備をしなければと、ティアラローズは立ち上がったのだが――もちろん、フィリーネに止められた。


「ティアラローズ様、今はもう夜です。明日にいたしましょう?」

「むむ……。それもそうね、明日は早起きして作りましょう」


 迷惑がかかりますとフィリーネが止めれば、ティアラローズはすんなりと頷いて就寝の準備を始める。

 うきうきと楽しそうな主人を見て、フィリーネは良かったと思う。最近は、「今日もアイシラ様がいらしたの……」という、辛そうな言葉が多かったからなおのこと。




 ◇ ◇ ◇


『ティアラ、これあげるー』

『これ食べていいのー?』

『ふっわふわあぁぁ〜!!』


 お菓子を作ると意気込んだティアラローズは、朝一で城の厨房を借りることが出来た。

 ――実はお菓子を作るのが好きな彼女のために、アクアスティードが用意しておいたティアラローズ専用の厨房なのだが、それを知る者は居ない。


「ありがとう、とても美味しそうね」


 そんな中、準備をしているティアラローズの下へやってきたのは森の妖精たちだ。両手に木の実や花をたくさん持っていて、『あげる』と次々にプレゼントされたのだ。

 受け取った木の実を目にして、せっかくなのでお菓子の材料にしようとひらめく。


「何をお作りになるのですか?」

「ふふ。今日は、ケーキ。妖精さんたちが木の実をくれたから、それを使ってみるの」

「まぁ、美味しそうですね」


 様子を伺っていたフィリーネも、楽しそうにしている。

 お菓子作りはティアラローズが1人でこなすため、フィリーネは見学だ。退屈な思いをさせてしまうが、こればかりは仕方が無い。


『このお花も、食べれるよー』

『おいしいよ!』

「え? 花が食べられるの?」


 妖精の言葉を聞いて、ティアラローズは花をひとつ手に取った。それは黄色の可愛らしい小さなお花で、ケーキの上に飾ればとても華やかになるだろうと考える。

 日本でも、食用の可愛らしい花を取り扱うお店があった。ならば、この世界に食べれる花があったとしても不思議ではないと考える。


 ぱくり。


 と、ティアラローズは手に持った花をそのまま口に含む。横からフィリーネの悲鳴が聞こえるが、そんなことは気にしない。

 もぐもぐと味わうようにして、飲み込んだ。「ふむ」と考えて、ティアラローズは花びらを準備している途中だった生クリームへと混ぜた。


「何をされているんですか、ティアラローズ様……」

「これ、食用なんですって。甘かったから、ケーキに使おうと思って」


 そう言いながら、花びらを1枚フィリーネの口へと押し付けた。思わずもぐっと食べてしまい、「ひゃー」とフィリーネが声を上げた。


「花は食べ物じゃな……美味しいです! それに、自然の甘みがあって全然苦くない」

「でしょう?」


 驚くフィリーネは、まじまじと花を見る。こんなに美味しい花があるなんてと、驚きに目を見開いている。そんな彼女を横目に、ティアラローズはケーキを作り上げて行く。

 木の実とフルーツをつかった、とても可愛いお花のケーキだ。


 ――アクア様、喜んでくれるかしら。

 えへへと笑いながら、焼き上がるのがとても楽しみだとティアラローズは思う。




 ◇ ◇ ◇


 フィリーネは絶望していた。

 執務室に向かったティアラローズを見送り、頃合いを見てケーキを運ぼうとしていたのだ。しかしそこで見付けてしまったのは――豪華なケーキ。

 どうやらティアラローズと同じく、アイシラもケーキを用意し持参したようだった。

 メイン厨房には、運んできたティアラローズのケーキ。そしてアイシラのケーキ。その2つがででんと鎮座していた。


「まさかこんな展開になるなんて……。思ってもいませんでしたわ」


 アイシラのケーキを前に、「むむむ」と顔をしかめるフィリーネ。

 ティアラローズと違い、一流のシェフが作ったであろうケーキは2段のフルーツケーキだった。チョコレートもトッピングされており、絶対ティアラローズ様が好きなやつだとフィリーネは思う。


 ――いっそ、アイシラ様のケーキにタバスコでも仕込んでおく?

 いやいやいや、ティアラローズ様の侍女としてそのようなはしたない真似はいけないわ。一瞬頭をよぎった悪い考えをすぐにふるい落とし、フィリーネはため息をついた。

 本当はとてもとても何かしてやりたいフィリーネ。いつもティアラローズの顔を雲らせているアイシラを良くは思っていないのだ。もちろん、それを表に出したりはしないのだけれども。


「とりあえず、アクアスティード殿下にはお腹いっぱいティアラローズ様のケーキを食べてもらいましょう。その後なら、アイシラ様のケーキをお出ししてもいいわ」


 ――よし、完璧だ。

 ティアラローズ手作りのケーキだ。アクアスティードが食べ終わった頃合いにおかわりを追加すれば、残さず全部食べてくれるだろう。

 いっそ1ホールすべてをアクアスティードに食べさせようとすら考えているフィリーネは、るんるん気分でケーキを執務室へと運び込んだ。


 赤い絨毯を進んで行き、しばらくするとアクアスティードの執務室の前へ着く。コンコンコンとノックをし、許可を待って入室をする。

 すぐにティアラローズがフィリーネを迎え入れ、ケーキを用意したことをアクアスティードへ嬉しそうに報告した。


「ティアラが焼いたケーキ? それは嬉しいね。少し休憩にしようか」

「まぁ! ティアラローズ様はお菓子をお作りになられるのですか? すごいです」

「ありがとうございます」


 打ち合わせのために登城していたアイシラも、嬉しそうに微笑んだ。

 丁寧に人数分を切り分け、紅茶と一緒に差し出していく。一番最初に口にしたのは、アクアスティードだ。花も一緒に口にして、その美味しさに頷いた。


「うん。ティアラのお菓子はどれも美味しいね」

「アクア様のお口に合って良かったです。このお花と木の実は、森の妖精さんがくださったんですよ」

「それに、これは――いや、細かい感想は後で伝えるよ」

「はい」


 おそらく、ティアラローズが込めた魔力のことを言いたかったのだろう。アクアスティードが開いた口を、しかし「夜に」と言って閉じる。

 あまり大勢の前で言うようなことではないので、アクアスティードとエリオットしか知らないのだ。


 隣では、アイシラとエリオットもケーキを口にしてその味を絶賛していた。

 良かったとティアラローズが安心していれば、再び部屋にノックの音が響く。アクアスティードが入室の許可を出せば、現れたのは豪華なケーキを持ったアイシラの侍女だった。


「……っ!」


 フィリーネは思わず息を飲む。まさか、ここであのケーキが出て来るとは思わなかったのだ。いっそ隠してくれば良かったかしらと、肩を落とす。

 しかし持ってきてしまったのだから仕方が無い。アイシラは気まずそうな顔をするが、アクアスティードに視線で問われ口を開いた。


「我が家のシェフが考えた新作のケーキなんです。最近はティアラローズ様もいらっしゃるので、甘いものでもと思ったんです。ですが、タイミングが悪かったみたいで……」

「そうだったのか」


 申し訳なさそうにするアイシラに、ティアラローズは「お気になさらないで」と優しく微笑んだ。

 むしろ、ティアラローズとしてはウェルカムなのである。前世からスイーツ大好き女子だったため、どんとこいと言ってあげたいくらいだった。

 豪華な2段のケーキは、ティアラローズをとてもわくわくさせた。


「とっても素敵なケーキですわ。わたくし、お菓子が大好きなんです」


 にこにこしながらティアラローズはアイシラのケーキを口に含む。ふわふわしたクリームのケーキは、とてもティアラローズに合った。

 満足そうに食べ終えて、ふぅと紅茶を飲み干した。


「ティアラは本当、幸せそうにお菓子を食べるね。ずっと見ていたいくらいだ」

「ええ。わたくしもまたお菓子をお持ちさせていただきます」

「あ……」


 アクアスティードとアイシラに言われ、ティアラローズはとたんに恥ずかしくなる。そんなにも嬉しそうに食べていただろうか。

 後ろに控えていたフィリーネは何事も無かったことに安心し、ほっと一息つく。

 アクアスティードはアイシラのケーキも食べ、ティアラローズとアイシラのケーキの張り合いなども行われはしなかった。

 もちろん、1人張り合っていたのはフィリーネなのだが……。


「しかし、木の実のケーキに、フルーツのケーキとはどちらも豪華ですね。アクアスティード様は、どちらがお好きですか?」

「……っ!!」


 のんびりケーキを食べながら爆弾を投下したのは、エリオットだ。

 ティアラローズとアイシラは息を飲み、ちらりと視線をアクアスティードへ向けた。不安そうな2人は、どきどきとしている。

 どちらのケーキがアクアスティードに選ばれるのか。期待と不安。聞きたくないけれど、聞きたい。


 ――もちろん、ティアラローズ様のケーキに決まっているわ!

 そんな2人をよそに勝利を確信しているのは、フィリーネだ。

 あれだけ溺愛しているティアラローズのケーキより、アイシラのケーキを選ぶとは思えない。しかも、ティアラローズが用意したケーキは魔力入りの手作りなのだ。


「……そうだな」


 しかし、アクアスティードはなかなか答えを出せないでいる。

 答えとしてはティアラローズ一択ではある。だが、アイシラはこの国の公爵令嬢なのだ。そう簡単にどちらのケーキが良いとも言えない。

 簡単に答えてしまえば良いのだが、アクアスティードの王太子という身分はそれを自由にさせはしない。


「……なんだ、悩むまでもなくティアラの方が美味いじゃないか」


 不意に聞こえたのは、妖精王キースの声だ。ケーキの乗ったワゴンの横に突如現れ、ティアラローズとアイシラのケーキを手に持っていた。

 どうやらそれぞれを一口食べ、どちらが美味いのかという判断をくだしたらしい。アイシラのケーキをワゴンに戻し、キースはティアラローズのケーキだけを平らげた。

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