第19話 妖精王との出会い

 お昼にさしかかろうとしている午前中の時間、ティアラローズは自室でぐったりとしていた。

 体調が悪いのかと問われば、微妙な顔でノーと答えるだろう。強いて一番近い状態と言えば、考えすぎてちょっと知恵熱気味なのです。――だろうか。

 なんとも情けないと、ティアラローズはソファに身を沈めた。


 思い出すのは、愛しい人の低く甘い声だ。『ティアラ』と呼ぶアクアスティードの声は、ティアラローズの体を震えさせる。

 2人きりでいるときに限らず、一緒にいる時はいつも甘やかしてくれる婚約者。

 しかし同時に、アイシラとの関わりも多いのだ。そのため、ティアラローズの不安はすべては拭われない。

 もちろん、それが仕事であるということもわかっている。アイシラは海で育てた魚や珊瑚などを、城に卸したりもしているのだ。


「……私の体、もつかしら」


 そのうち、嫉妬と、けれど甘やかしすぎるアクアスティードへの恥ずかしすぎて溶けてしまうかもしれない。そんなことを思いながら、ティアラローズは目を閉じる。

 ふかふかのソファは彼女の体を優しく包み込む。このままでは眠ってしまいそうだが、それもまたいいかもしれない。まどろみに身を任せて、ティアラローズは少し眠ることにした。




 ◇ ◇ ◇


「仕事の合間にすまないな」

「いいえ、かまいませんわ。……こちらのデザインはどうですか?」

「うん、いいね。とてもティアラに似合いそうだ」


 うららかな午後の時間、アクアスティードは庭園のテラスでアイシラと打ち合わせをしていた。

 なぜテラス席で? という疑問はあるが、それが仕事ではないということが一番の理由だろうか。今は、ティアラローズに送る髪飾りのデザインを選んでいた。


「先日、わたくしが付けていた髪飾りのデザインもアクアスティード殿下の趣味に合うようでしたし……それを、少しアレンジするのもいいかもしれませんわね」

「そうだな」


 ティアラローズがアイシラの屋敷へ招かれた日――。


 アクアスティードは、ティアラローズを迎えにいったのだ。しかし、ちょうどティアラローズが海に入っていたために陸地で待っていた。

 その間に、贈るために用意している装飾品の相談をアイシラとしていた。

 アクアスティードがアイシラの髪に触れたように見えたのは、単にアイシラが付けていた髪飾りのデザインを気に入り「このデザインも良いな」と言っただけだ。

 もちろん、その後は誤解をしたティアラローズがぎゅっとアクアスティードの腕を掴み抱きしめられるという結末ではあったのだが……。


「…………」

「! あ、アクアスティード殿下?」

「――いや、何でもない」


 思わずその時のことを思い出し、アクアスティードの口元がほころぶ。無意識のうちに浮かべられたその笑顔に、アイシラはどきんとする。

 しかしすぐに、婚約者であるティアラローズのことを思い出したのだろうと結論を出した。今打ち合わせをしているものが、ティアラローズへの贈り物だからだ。


「色だが、暗めの青を1つ入れてくれ」

「青、ですか。かしこまりました、素敵な色をご用意いたしますわ」


 すぐに、アイシラはその青がアクアスティードの髪の色だろうということに気付く。

 歓迎パーティーの時にも、ティアラローズはダークブルーの薔薇を髪に纏っていたから、その予想は容易だった。


 ――本当に、ティアラローズ様のことがお好きなのですね。

 これならば、この国は今後も安泰ですわね。そんな風に考えると、アイシラも少し嬉しくなった。そして同時に、本当に、ほんの少しだけ……羨ましいと、心の深いところでそう思った。


「…………」


 そんなやりとりをしているアクアスティードとアイシラをうっかり目撃してしまったのが、ティアラローズだ。

 タルモを連れ、城内をしっかり把握しておこうと散策をしていたのだ。

 ティアラローズはすぐにくるりと引き返し、柱の後ろへと身を潜めて2人の様子を伺った。とはいえ、遠く離れているため会話までは聞こえない。


「いつものように、仕事の話でしょう」

「……そうね」


 気遣うようなタルモの声が、ティアラローズの耳に届く。もちろん、ティアラローズだってそのように思っている。けれど、嫉妬心が起こるのは仕方がないのだ。


 ――でも、今日は1日執務だって言っていたわ。それに、いつもならば執務室にいるはずなのに。

 決して、テラス席でなんて執務をするような人ではないのに。と、嬉しそうに何かの書類を見るアクアスティードを見る。

 確かに、机の上には書類――デザイン画がたくさん置かれているのだが、あいにくティアラローズからは見えない。


 ――仕事だと、嘘をつかれてしまったのかしら。私が、アクア様の腕に触れて我がままを言ってしまったから?

 もちろん仕事だと言ったのは、ティアラローズへの贈り物をサプライズにしたいというアクアスティードの考えからなのだが、彼女はそんなことを片隅にも考えはしない。


「大丈夫です、ティアラローズ様。ほら、お2人とも執務室へと戻られるようですよ」

「……そうですね。ごめんなさい、わたくしの考え過ぎだったわね」

「いいえ、とんでもございません。何かございましたら、いつでもご相談ください」

「ありがとう」


 建物に入っていくアクアスティードをこっそり見送り、ティアラローズは再び散策を開始する。

 城内はほとんど覚えることが出来たため、綺麗な花が咲くという城の裏にある森の手前へと向かうのだ。もしかしたら、ティアラローズが見たことのない花が咲いているかもしれない。


 15分ほどかけてゆっくり歩いて行くと、城の裏手にある森の入り口へとたどり着いた。腰ほどまでの植木が綺麗に手入れをされていて、色とりどりの綺麗な花を咲かせている。

 近くにあったベンチへと腰をかければ、すぐに森の妖精たちが姿を現しティアラローズへと挨拶をしてきた。


『あ〜! ティアラローズだ!!』

『こんにちは、ティアラ!』

「まぁ、こんにちは。今日も元気いっぱいなのね」


 きゃらきゃらと笑って、妖精たちはティアラローズに会えたことを喜んだ。

 それを微笑ましく見守り、護衛騎士のタルモは控える。邪魔をしないように、少し遠くから見守るスタイルだ。

 幸いなことに、ティアラローズの下にはたくさんの森の妖精が居るため退屈もしないだろう。……あまり近づいていると、タルモがアクアスティードに睨まれてしまうのだ。


「そうだわ。わたくし、クッキーを持っているの。食べる?」

『わ、わ、わ〜! 食べる!!』

『すごい、さっくさく!』

『おいしい、だいすき〜!』


 ――か、可愛い!

 美味しそうにクッキーを食べる妖精の、なんと可愛いことか。基本的に小動物や可愛いものが大好きなティアラローズだ。妖精に好かれたことは、嬉しくて仕方がない。


『ティアラ、こっちこっちぃ〜!』

「なぁに?」


 森の妖精たちが、ぐいぐいとティアラローズの腕を引っ張り森の方へと連れてく。

 タルモはすぐに近寄ろうとしたが、すぐに木の前で止まったので歩むのをやめた。どうやら、妖精たちは綺麗な花をティアラローズに見せたいと判断したのだ。

 しかし、その判断が間違いだと気付く頃にはすべてが手遅れになる。


「?」


 綺麗な花を指差す精霊に、首を傾げつつも「綺麗ね」とティアラローズは答える。

 しかし次の瞬間、木の幹部分がさっと道を作るように割れた。それは妖精の作った、ツリーゲートだ。

 ぐいぐいと手を引っ張られ、しかしティアラローズは何の疑問も持たずにすぐその通路に足を踏み入れる。


「すごい、ここの葉はとてもきらきらしているのね」

『ここの先、王様いる!』

「王様?」


 いったい何の話だろうと思いつつ、そういえばタルモにも伝えなければと後ろを振り返る。護衛を置いて、足を踏み入れるのは良くないわ――そう思った。の、だが……。

 すでにティアラローズが入った入り口は木に囲まれて、出入り口が無くなっていたのだ。


「え? 妖精さんたち、わたくし一度戻りたいのですけど」

『王様いるよ?』

『こっちこっちぃ〜』


 慌てるティアラローズを気にしていないのか、妖精たちはティアラローズを奥へ奥へと引っ張って行く。


「ええと、妖精さん?」


 もう一度呼びかけるが、ぐいぐい引っ張られるだけだ。どうしようかと焦ったところで、ツリーゲートの終点へとたどり着いた。

 そこは大きな空間になっており、それはたくさんの、森の妖精たちが居た。


「ここは……?」

「――お前が、ティアラローズか」


 木々に囲まれた空間。電気の変わりに花が光るその場所で、ティアラローズは名前を呼ばれてどきりとする。

 いったい誰だと視線を巡らせれば、妖精――ではないのだろうか。人間と同じ外見の、男性が立っていた。


『王様〜』

『ティアラ一緒〜』


 妖精がぱたぱたと空を飛んで、王と呼ばれた男の下へと集まる。

 少し束ねられた、長い深緑色の髪。すべてを見通しそうな金色の瞳。すらりと背の高い体はがっしりともしている。


 ――妖精の、森の妖精の王様?


 ティアラローズははっとして、すぐに妖精王と呼ばれた男性へと跪く。

 妖精王となれば、ティアラローズとどちらが偉いか、尊い存在かなど、一目瞭然だ。


「お会い出来て、光栄にございます。森の妖精王よ」

「……ふむ。俺のことは、キースと呼べ。ティアラは、随分と森の妖精に気に入られているな」

「ありがたき幸せにございます」


 キースと名乗る妖精王は、ティアラローズに顔を上げるように指示をする。

 そしてまじまじとその顔を見て、にやりと口元を上げる。そして一言「面白いな」と告げる。


「?」

「ティアラ、お前――変わった魂を持っているな」

「――――!!」

「すごく不安定なのに、それでいて魂は綺麗だ。こいつらが気に入るのも頷ける。それに、いい匂いがする。甘い、菓子のような匂いだ」


 くい、と。キースがティアラローズの顎を持ち上げてその瞳を覗き込む。

 すべてを見通しているような金色の瞳は、本当にすべてを見通しているのかもしれない。そしてティアラローズは、まだクッキーを持っていることにも気付く。

 もしかして、これだろうか? と、思いつつそっとクッキーをキースへ差し出した。


「お褒めにいただけて光栄でございます。甘いお菓子の匂いは、これかもしれません……」

「様はいらん。キース、と。そう呼べ」

「ですが……」

「呼べ」

「は、はい……」


 ――なんて俺様な妖精王だ!

 と、心の中でティアラローズは叫ぶ。こんな濃い俺様キャラなんて。と、そう思いはっとする。


 ――もしかして、攻略対象なんじゃ?


 妖精王という地位、圧倒的な力、そして何よりもイケメンだ。キースは間違いなく、攻略対象のキャラクターだろうとティアラローズは確信する。

 続編はマリンフォレストと、妖精がいる国なのだ。攻略対象に妖精王がいるのは、もはや鉄板だろうとティアラローズは考えた。


「なるほど、クッキーか。確かに良い匂いだ」

「……召し上がりますか?」

「ああ」


 ひょいっと、ティアラローズの手からクッキーを取りキースは口に含む。

 ゆっくりと味わうようにして、「ほう」と感嘆の声を上げる。


「これは、お前の魔力が入っているな?」

「あ、はい。わたくしは、魔力量があまり多くはないのですが……お菓子に込めることが出来るのです。そうすると、体に良いものや、怪我の治りが早くなったりするのです」

「なるほど。それにしても、美味いな」


 悪役令嬢ポジションであるティアラローズは、ヒロインのように膨大な魔力を持ってはいない。

 その代わりなのか、前世で好きだったスイーツを作る際に魔力を込めることが出来るのだ。それは特殊な効果を持ち、食べた人を幸せに出来る。

 かといって、そこまで効果が大きいものではないので気休め程度ではあるのだが……。


「キースさ……」

「キースだ」

「……キースに、喜んでいただけて良かったです」


 頑に様を付けるなというキース。ティアラローズは、仕方なくそれに従うことにした。

 ティアラローズがそう呼べば、「良し」と満足そうにキースが笑う。


「妖精は人間と違って自由だからな」

「……そのようですね。わたくしも、妖精のように生きれたら良かった」


 苦笑しながら、妖精のようになれたらと……ティアラローズは思う。

 そうすれば、くよくよと悩まずにいられるのに。人間の恋は、とても大変なのだ。


「何だ、悩み事か?」

「あ、いえ……。人間は、しがらみが多く大変だと思ったのです」

「ふむ。まぁ、森の妖精に気に入られているティアラだからな。何かあれば、俺が力になろう」


 ぽんと。キースの大きな手がティアラローズの頭に乗せられる。


 ――少し、弱気になってしまったわ。恥ずかしい。

 けれど、キースの言葉は純粋に嬉しかった。

 海の妖精に嫌われてしまったので、色々と不安だったのだ。海ではないとはいえ、妖精王に気遣ってもらえるのはありがたい。

 他国から嫁ぐ身としては、ことさらに。


「ありがとうございます」

「ああ。そういえば、お前は他国の者だな?」

「はい。この国の第1王子であるアクアスティード殿下との婚約のため、隣国のラピスラズリ王国から参りました」


 優雅に淑女の礼をして、キースに説明を行う。「ふむ」と頷き、すぐに「あいつか」と言葉を続ける。


 ――キースはアクア様のことを知っているのかしら。妖精王と王族に交流があっても、不思議ではないもの。


「王族だからな、一応は知っている。だが、王族向こうは俺のことを知りはしない」

「そうなんですね」

「この国の次期国王だろう? どんな奴だ?」

「あ、はい。……そうですね。アクアスティード殿下は――とてもお優しくて、執務もこなして、国民の支持も厚いです」


 どうやらアクアスティードに興味を持ったキースが、どさりと花のソファに腰をかけてティアラローズに尋ねる。

 アクアスティードの良いところは、もちろんたくさんある。ティアラローズはそれをキースに聞かせて、この国は安泰ですねと微笑んだ。


 ……それから、どれくらい話をしていただろうか。

 ティアラローズとキースはソファに腰をかけ、数時間にわたり話をしていた。内容はもちろんアクアスティードと、この国のことだ。

 しかし次第に、ティアラローズはアクアスティードへの不安が言葉に出てしまう。


「……愛されているのは、とてもわかるんです。でも、どうしても不安に思ってしまうことがあって。最後にはわたくしではなく、他の人を選ばれるのではないかと」

「ふむ。――人間の恋は、面倒だな」

「……妖精の自由さは、人間にとって憧れですね」


 こくんと出された紅茶を飲み干して、ティアラローズは「ふぅ」と息をつく。そして、自分は初対面の妖精王に何を言っているのだと自己嫌悪してしまう。

 頭をぶんぶんと振って、ティアラローズはふと思う。


 ――今、何時?

 かなりの時間を、キースと話していたのだ。しかも、タルモには何も告げずにきてしまったことを思い出す。もしかしてもしかしなくても、大変なことになっているのではないだろうか。


「わ、わたくし、帰ります……っ!」


 慌てて立ち上がり、「出口はどこですか」と声を上げる。

 そんな様子を見たキースはくつくつと笑い、「送ってやる」とティアラローズの腰を抱いた。「え?」と、声を上げた瞬間には――ティアラローズの自室へと場所を移していた。


 転移魔法。

 さすがは妖精王、とてつもなく難しい魔法を難なく使いこなしてしまう。ティアラローズは感心して、自分の部屋を見渡す。

 この一瞬で帰ってきたことが、不思議で仕方がない。すぐにキースへお礼を伝えようとするが、それは違う声によって阻まれる。


「ティアラ――? その男は誰だ。ティアラから、離れろ!」

「――っ!」


 ちょうどティアラローズの部屋に、アクアスティードが入ってきたのだ。

 キースを見たその瞳には、厳しい色が浮かぶ。帯剣していた剣を抜き、キースにその切っ先をつきつけた。

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