第17話 歓迎パーティー

「ティアラ、疲れてない?」

「はい。ありがとうございます、アクア様」


 ゆっくり髪を撫でながら、アクアスティードはティアラローズを優しく抱きしめる。不安な心がすっと消えていくようだと、ティアラローズは胸を撫で下ろした。

 マリンフォレストに来て、ヒロインのアイシラに出会った。それは酷くティアラローズを動揺させて、恐怖心を大きくさせた。


 今は、20日間の道のりを終えてマリンフォレストの王城へたどり着き、ティアラローズの私室で休んでいるところだ。

 国王や貴族への挨拶は、明日以降でスケジュールが組まれている。フリー時間の今は、不安になっているティアラローズをアクアスティードが甘やかす時間となった。


「何か入り用なものがあれば、すぐ私に言うんだよ?」

「ありがとうございます」


 くるりと部屋を見渡し、アクアスティードは何か足りないものはないかと思案する。しかし一通りのものは準備されているので、ティアラローズは大丈夫だろうと首を振った。

 綺麗に整えられた部屋は、応接室、主室、寝室と分けられている。応接室は現在フィリーネが整え、今は主室でティータイムだ。

 白を基調にした落ち着いた家具。淡い色のカーテンなどが用意されており、とてもティアラローズの雰囲気に合う。


「私の部屋は、この上の階になる。何かあれば遠慮なく訪ねておいで」

「はい」


 まだ城の中を把握していないので、ティアラローズは急いで色々な場所を覚えなければいけない。しばらくは忙しい日々が続く。

 それならば、逆にアイシラ様のことを考えなくて済むかもしれない。そんなことを思いつつ、紅茶を口に含む。


「伝えた通り、3日後にティアラの歓迎パーティーがある。ドレスはもちろん私が用意しているから、それを着て?」


 アクアスティードが前々から準備していたのは、ティアラローズに似合うだろう水色のエンパイアラインのドレスだ。

 ふわふわとした可愛らしいティアラローズにはぴったりだと、アクアスティードはエスコートが楽しみで仕方がない。


「わたくしのために、ドレスを? 嬉しいです、ありがとうございます」

「あぁもう、本当に可愛い」

「あ、アクア様?」


 嬉しそうに微笑んだティアラローズを見て、「可愛い」と抱きしめる。

 馬車の旅ではなかなか落ち着けなかったのだ。せっかく城へと戻ってきたのだから、思い切りティアラローズを甘やかしたいのだ。

 いつものように額、目尻、頬と口づけていく。もう何度もしているのに、ティアラローズは毎回恥ずかしそうに照れて頬を染める。

 そんな風に初心なところがまた可愛くて、アクアスティードはもっと口づけていたいとすら思う。かすめるように唇を触れ合わせ、そっとティアラローズの反応を見る。


「……っ!」

「…………」


 ――なんだ、この可愛い生き物は。

 ぷるぷると震えるようにして、そっとアクアスティードを見つめるティアラローズ。まるで小動物のようで、とてもアクアスティードの庇護欲をそそる。


「結婚まで1年か……」

「?」


 ぼそりと呟くアクアスティードに、ティアラローズは首をかしげる。長いとでも言いたそうな態度のアクアスティードに、どうしたのか尋ねる。


「長過ぎる。今すぐにでも、ティアラを妻にしたいのに……」

「アクア様……。もう、駄目ですよ? わたくし、きちんと花嫁修業をしてお役に立てる妻になりますから。もう少し、お待ちになってくださいませ」

「わかっている」


 ふぅと大きく息をついて、もう一度ティアラローズに口づける。「ん……」と甘い吐息が彼女から漏れて、アクアスティードの耳をくすぐった。

 込み上げるのはたくさんの愛しさで、アクアスティードはしばらくティアラローズの唇を味わった。




 ◇ ◇ ◇


 ゆっくりと王城で過ごす間に、歓迎パーティーの当日になった。

 大きなドレッサーの前に座り、ティアラローズは歓迎パーティーの支度を進めていく。フィリーネによって綺麗に整えられ、城の女官もそれをサポートする。

 女性同士で楽しく進める支度は、会話にも華やかな花が咲く。


「マリンフォレストでは、どういった髪型が流行っているのですか? ティアラローズ様は今夜の主役ですから、気合いをいれなければいけません」

「今は、令嬢の間にハーフアップが流行っておりますわ。ティアラローズ様はとても可愛らしいですから、一緒に花を編み込んでみてはいかがでしょう?」

「それは素敵ですわね」


 フィリーネがティアラローズの髪をまとめ、髪型について女官と相談を行う。盛り上がりを見せているそこに、ティアラローズが口を挟む隙はなかった。

 自分のために頑張るフィリーネや女官を微笑ましく思い、好きに仕上げてもらうことにしたのだ。


「それなら、深い青の花も一輪入れられるかしら?」

「深い青、ですか?」

「……アクア様の髪と同じ色があると、良いのではと思って」


 そっと告げたティアラローズに、女官たちは目を見開く。そしてすぐに「それは良いお考えですわ!」と賛成をしてくれる。

 さすがに少し大胆だっただろうかと赤くなったティアラローズだが、その反応に安心した。

 1人の女官が花を取りに行くために退室をし、フィリーネと残った女官が具体的な髪型の内容を決めていく。


「お綺麗ですわ。これなら、アクアスティード殿下もお喜びになるでしょう」

「ありがとう。精一杯がんばらないといけないわね」

「大丈夫です。ティアラローズ様は、社交に関しては令嬢のお手本だったんですから」


 まるで自分のことのように、「ふふん」と語るフィリーネ。確かに、ティアラローズはラピスラズリでは令嬢に手本とされていた。

 それほど、優雅に立ち振る舞いをすることが出来るのだ。


 薄い水色と、少し色味の強いピンクの花を髪にさす。そこに女官が急いで用意してくれた大輪の深く、青い色の薔薇をさし入れた。

 その珍しさに目を見張る。青い薔薇はとても希有で、そう簡単に手に入れることが出来るものではない。


「それが……。不思議なことに、庭園で花を探していましたら、目の前でこの薔薇が青く染まったのです……」

「え?」


 その理由が自分にもわからないのだと、薔薇を持ってきた女官が言う。

 どういうことだろうと首を傾げるティアラローズに、フィリーネが「もしかして」と声を漏らす。


「森の妖精からの、贈り物では?」

「――え? でも、そんなことが出来るものなの?」

「わたくし、書物で読みましたわ。森の妖精は、植物を育てることが出来ると」

「きっと、その通りですわ」


 フィリーネの言葉にすぐ同意をしたのは、城の女官たちだ。

 話を聞くと、この城の中に森の妖精の祝福を受けているものは居ないという。しかし、以前森の妖精に気に入られていた姫君がそれは美しい花を贈られた。という、記述が残っているそうだ。


「まぁ。それは、とても嬉しいわ。今度、お礼をしなくてはいけないわね」

「そうですね。妖精に好きなものがあれば、用意いたしましょう」


 思っても見なかった妖精のプレゼントに、ティアラローズは嬉しくなる。自分の色の薔薇を身につけたことを、喜んでもらえるだろうか。

 そわそわしながら、ティアラローズはアクアスティードの訪れを待った。




 ◇ ◇ ◇


 高らかにファンファーレが鳴り響き、歓迎パーティーの場にティアラローズとアクアスティードが入場をする。

 会場には、マリンフォレストの国王、王妃がすでに入場している。他には、国を支える貴族たちが招待を受けこの場を華やかす。


 主役であるティアラローズは、入場してすぐに会場の中央へ向かう。アクアスティードとともに礼をし、一番最初にダンスを披露する。

 ダンスをすることにより、誰もがティアラローズのことを認識することが出来る。それが、この世界の歓迎パーティーだ。


「ティアラ、おいで」

「……はい」


 アクアスティードがティアラローズの手を取り、ゆっくりとダンスのステップを踏んでいく。緩やかな動きに会わせて、音楽が鳴り響く。

 くるりと優雅に身を回し、幸せそうに微笑みながら踊るティアラローズに、誰もがその目を奪われた。もちろん、そんなことになっていることにティアラローズは気付かないのだが……。


「まったく。私のティアラは、可愛すぎて困る」

「あ、アクア様?」


 ダンスをしながら苦笑するアクアスティードは、しかしとても嬉しそうだった。ティアラローズの腰に手を添えて、優雅にダンスをエスコートしていく。

 こんなに踊りやすい人は初めてだと、ティアラローズは驚いた。


「髪に付けたその青い薔薇も、とても綺麗だ。私の髪色と同じで、ティアラのすべてが私のものだと錯覚してしまいそうだ」

「あ……。でも、わたくしのすべてはアクア様のものですわ」


 ダンスをしながらの会話は、とても甘い。

 すべて自分のものにしたいと言うようなアクアスティードの言葉に、けれどティアラローズは素直に頷く。照れながらそんなことを言われては、たまらない。


 ――これは、無自覚か? まったく、ティアラは私を翻弄するのが上手くて困る。


「……さぁ、これで終わりだ」

「はい」


 最後に2人で見つめ合い、少し体を反らすようにしてダンスを終わらせる。盛大な拍手をもらい、ティアラローズは優雅に淑女の礼をした。

 アクアスティードのエスコートを受け、ティアラローズは国王と王妃の下へ挨拶に向かう。

 どきどきとうるさい心臓を落ち着かせるように、ゆっくり、1歩ずつアクアスティードと歩いた。


 国王は、赤い絨毯の先。豪華な椅子に腰をおろし、ティアラローズたちの訪れを待っていた。

 マリンフォレストの国王であり、アクアスティードの父親でもある男性の名は、ソティリス・マリンフォレスト。40歳という年で、この大国を大きく動かしている王だ。

 王妃であり、母親である女性はラヴィーナ・マリンフォレスト。何に対しても寛容である彼女は、アクアスティードの良き理解者でもある。


 その2人の前で膝をつき、ティアラローズは喜びの言葉を口にする。


「私たちも、この歓迎パーティーをとても楽しみにしていた。ティアラローズ嬢、マリンフォレストは貴女を心より歓迎しよう」

「アクアスティードのお嫁さんに、貴女のような可愛らしい人がきてくれたことを大変嬉しく思います」

「もったいないお言葉にございます。しかし、とても嬉しく思います。アクアスティード殿下をお支え出来るよう、1年間しっかりと学ばせていただきます」


 暖かく歓迎をされ、ティアラローズはほっとする。柔らかく微笑み、これからの未来をとても楽しみに思う。

 そのためには、続編のヒロインであるアイシラにアクアスティードをとられるわけにはいかない。今度は絶対に逃げ出さないと、国王を前に、ティアラローズはそっと心に誓った。


 しかしすぐに、その誓いを試す場面がやってくる。

 挨拶を終えて会場に行ったティアラローズとアクアスティードの前に、真っ先にやってきたのがアイシラだったのだ。

 一瞬びくりと体を揺らしたティアラローズだったが、冷静を装い淑女の礼をする。アイシラもそれに返し、綺麗な礼をした。

 ティアラローズとアクアスティードの婚約に関しては、2人の入場前に発表が済まされている。まっさきに「おめでとうございます」と、アイシラは伝えにきてくれたのだ。


「マリンフォレストはいかがですか? ご不便なく過ごせておいでですか?」

「はい。アクアスティード殿下も、とても良くしてくださっているので不便はありません」

「まぁ。それは良かったです。わたくし、もっとティアラローズ様と仲良くなりたくて……。ぜひ、今度我が家へ遊びにきてくださいませ」


 アイシラはティアラローズを気遣い言葉をかけるが、当のティアラローズはどうしても身構えてしまう。どうしたらいいだろうと、アクアスティードに視線を向ける。

 すぐに笑顔で頷いた姿を見て、これは訪問決定だと心で少し落胆した。少し、断ってくれないかなとティアラローズが思っていたのは内緒だ。


「ありがとうございます、アイシラ様。ぜひ、遊びに伺いますわ」

「嬉しいです。わたくしの屋敷は、海が面しているのです。とても美しいので、楽しみにしていてください」


 アイシラの言葉には、アクアスティードも大きく頷いた。


「アイシラ嬢の海は、マリンフォレスト1だ。ティアラもきっと喜ぶだろう」

「それは楽しみです。まだ、この国ではお友達が居ませんので、どうぞ仲良くしてください」

「ええ、もちろんですわ」


 ――あまり関わりたくないのに、急接近してしまった……!!

 予想以上に仲良くなるスピードが早く、社交辞令を返しつつ困惑する。ティアラローズとアイシラが接近するということは、もちろんアクアスティードと接近する機会も増えるだろう。

 アクアスティードをアイシラに攻略させないようにしたいのに、これではティアラローズがお膳立てをしているようではないか。


 ティアラローズが内心しょんぼりとしたタイミングで、アイシラが「そろそろ――」と声を上げる。

 回りを見れば、ティアラローズに挨拶をしたい貴族が大勢居たからだ。アイシラばかりがティアラローズとアクアスティードを独占するわけにはいかない。

 別れの挨拶を口にして、アイシラがこの場を後にした。


「しばらく挨拶が続くが、疲れてはいないかい?」


 すべての挨拶を受けるには、膨大な時間が必要そうだ。アクアスティードがティアラローズを気遣うが、彼女とて将来の王妃であり、花嫁修業を行う身だ。この程度のことで、根を上げるなんてとんでもない。

 にこりと微笑んで「大丈夫です」と応えれば、次々と2人の下へ挨拶をしに貴族が訪れた。

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