第12話 聖なる祈りの覚醒

 ティアラローズとアクアスティードが愛を誓い合えば、それを祝福するかのような光が城の中から溢れ出た。

 しかし、正体不明なその光はすぐに警戒対象になる。

 すぐさま控えていた騎士が2人を守るように前へ出る。続いてエリオットもフィリーネを伴って庭園へと戻ってくる。


「何だ、これは……!?」

「ティアラローズ様!」


 誰もが瞬時に魔法の光であることは理解した。――が、このような発動現象を聞いたことがない。

 アクアスティードはティアラローズを守るように自分へと抱き寄せる。

 敵という可能性があるのだ。うかつな行動は出来ない。


 ――これって、まさかヒロインが持っている聖なる祈りじゃ!?


「大丈夫だ。ティアラのことは私が守る」

「アクア様……!」


 ティアラローズが驚きに目を見開いていれば、怖がっていると思ったのだろう。アクアスティードが優しく撫でて、必ず守ると優しく口を開く。


 けれど、ティアラローズはこの光が何かを知っていた。


 聖なる祈り。

 これは、この世界でたった1人だけ使うことのできるとてつもなく希有な魔法だ――。

 絶対的な浄化の力を持つこの魔法は、〈ラピスラズリの指輪〉のヒロインがその力を使えるという設定だった。


 ――失念してた。清い乙女の祈りと説明にあったし、ヒロインは使っていなかったからてっきり使えないものだとばかり思っていた。

 しかし、ゲームの通りであれば使えないわけがないのだ。

 ゲームでは、断罪イベントのすぐ後にその力を目覚めさせていた。でも、今目覚めたのはどうして? ティアラローズは考え、1つの結論を導きだす。

 悪役令嬢自分の存在がそうさせたのではないか、と。本来であれば、ヒロインの力は覚醒しているはずだ。だが、悪役令嬢であるティアラローズの行動によりそのタイミングがずれたのだ。

 体に無理な負荷がかかり、城からまばゆいばかりの光が溢れ出る過大な演出がなされて覚醒したのではないか。


「…………」


 ゲームで、聖なる祈りの力に目覚めたヒロインは国からラピスの称号を賜る。

 悪いものを浄化できるこの力は、持っているだけで国自体を優しく包み込み……悪いものから守る。そのためラピスラズリ王国では歴代の魔法所持者に、自身のみという制限こそあったがラピスの称号が与えられてきたのだ。

 通常通り考えるのであれば、――例外はないはずだ。


「……光が、収まったようだな」

「そうですね。私が見てきますので、アクアスティード様はここでお待ち下さい」


 辺りの気配を探るように神経を研ぎすまし、エリオットは確認のために庭園を離れる。

 主人を残すという多少の心配はあったが、これは緊急を要するだろうと判断をしたのだ。それに、騎士が居るということもあるが、それ以上にアクアスティードは強い。それ故の安心だった。


「ティアラ、心配するな。すぐにエリオットが情報を持って帰ってくる」

「そうですわ。ティアラローズ様はご心配なさらずに、アクアスティード様と一緒にお待ちください」


 不安そうにしているティアラローズを、アクアスティードとフィリーネが落ち着かせようとする。しかし、ティアラローズはいたって冷静だった。

 聖なる祈りの力は、どこの国もが欲しがるものだ。ラピスラズリ王国が欲しがるのはもちろん、マリンフォレスト王国だって喉から手が出るほどに欲しいはずだ。

 魔法の所持者は、滞在する国の王族と結婚することが多い。


 ――もし、アクア様がヒロインの力を欲したら?

 そんな、まさか。ありえないと、ティアラローズの脳が答えを出す。だが、もしゲームのようにシナリオが動いていくのだとすれば……?

 第1部がほとんど終わっている現在。もし、第2部へとゲームが移行しているのだとしたら?

 そう考えると、ぞわりとした感覚がティアラローズを襲う。


 聖なる祈りの光です。と、そうアクアスティードに伝えることは簡単だ。だが、アクアスティードがどう反応するかがティアラローズにとっては何よりも怖かった。


「…………」

「……大丈夫、心配はいらない」


 無意識にぎゅっと、ティアラローズはアクアスティードの服を掴む。震えるティアラローズを見て、得体のしれない光が怖かったのだとアクアスティードは考える。

 何度も「大丈夫だよ」とティアラローズの背中を撫でて落ち着かせる。


 その後、アレクサンダー国王に仕える騎士が直接現状を伝えにやってきた。

 アクアスティードに敬礼をし、すぐさま状況などを述べる。


「失礼いたします。今回の光に関してですが、魔導具の不具合による光とのことです。現状問題はなにも起きてはおりませんが、ティアラローズ様におかれましては城の魔導具の検査が終わるまでは一度お帰りいただいた方が良いとのことです」

「……なるほど。了解した」


 簡単に現状を伝え、騎士はその場を後にした。

 アクアスティードは何かを考えているようだが、ティアラローズには彼の考えていることまではわからない。

 騎士の報告はきっと嘘だ。ティアラローズはそれを確信出来るが、踏み込むだけの理由はない。


「魔導具の不具合だったんですね。大事がなくて良かったです」


 ほっと安堵する様子のフィリーネに、馬車を用意するようアクアスティードは指示を出す。


「ティアラ。送っていくから、一度屋敷へ戻ろう」

「……はい。わかりました」


 ――本当は、帰りたくない。

 でも、そんなことを口には出来ない。ゲームがどのように進むのか、自分の目で見たい。ティアラローズはそう思うけれど、魔導具の不具合と報告されたことを受け入れなければいけない。

 国王がそう判断したのか、または力を持つ誰かの指示か……。何もわからないことが、こんなにももどかしいことだとはティアラローズは思ってもいなかった。


 けれど、願わくば。


 ――アクア様が、ヒロインの手を取りませんように……。




 ◇ ◇ ◇


 ティアラローズを送り、与えられている城の自室へと戻ったアクアスティード。

 しかしそこに、エリオットの姿はまだない。


「……? 遅いな」


 城の中は落ち着きを取り戻し、すでにほとんどの者がいつも通りの状態に戻っている。

 そんな最中でエリオットが戻らない理由など、1つしかない。先ほどアクアスティードに報告をしにきた騎士の情報がすべて嘘だということだ。

 でなければ、優秀なエリオットが戻らない筈がない。あぁ見えてエリオットは、諜報活動が得意だ。一時は完全に諜報のみの任務をしていたこともあったほどだ。


 ――重大な何かが起きた、か?


 わからない。が、隣国の王太子であるアクアスティード自らが調べるために城内を歩くことは出来ない。下手をすれば、戦争のようなことに発展しかねないからだ。

 卒業パーティーのような、王子同士の戯言とは違う。何かあれば、アレクサンダー国王も厳しい対応をしてくるだろう。


「待つしかないか」


 仕方なく、アクアスティードは明日以降に行う予定だった書類に手を伸ばす。

 十中八九何らかの情報をエリオットが持って帰ってくる。そう考えると、明日以降は自由に出来る時間を多く確保することが必要だ。


 それからしばらくは机に向かい、書類に目を通す。

 ときおり思い返すのは、先ほどのティアラローズだ。初めての口づけだったのか、少し目を潤ませてアクアスティードを見上げてきた。

 あのまま押し倒さなかった自分を褒めたいほどだと、アクアスティードは思う。

 これからはずっと一緒にいられると思うと、仕事の手も早くなるというものだ。


 コンコンコン。


「……入れ」


 不意にドアがノックされる。アクアスティードが時計を見れば、夕方を過ぎたという頃合い。

 いつも通りに女官が食事を持ってきたので、用意をするよう指示を出す。

 慣れた手つきで女官が食事の用意をする間に、一通りの仕事を終わらせて片付ける。アクアスティードがそのまま食事を終えれば、あっという間に夜となる。


 女官が用意した軽めのワインを口に含み、どうしたものかと思案する。そう思ったが、そこでエリオットが帰ってきたことを告げるノックの音が部屋に響く。

 すぐに「入れ」と指示を出せば、疲れた様子のエリオットが顔を出す。


「ただいま戻りました、アクアスティード様」

「ああ。遅かったが――何があった?」

「……はい。驚くことに、卒業パーティーでハルトナイツ殿下の横に居たアカリ様という少女が、聖なる祈りを覚醒したそうです」

「……!!」


 エリオットが告げた言葉に、アクアスティードは驚愕した。

 そして先代の聖なる祈りを使える者は、どうしていたかと思考を巡らせる。


 ――確か数年前に、亡くなったと知らせを受けたな。

 それであれば、この段階で新しく今代の聖なる祈りを使える者が現れたとしても不思議ではない。しかし、よりにもよってそれがアカリだったとは――。

 アクアスティードは大きくため息をつき、厄介なことになったものだと思う。


「聖なる祈りを使える乙女、か。――欲しいな」

「そうですね。ですが、アレクサンダー国王が手放すようなことはしないでしょう」

「――例え、戦争になる可能性があったとしても手放しはしないだろうな」


 卒業パーティーの一件に関しては、ハルトナイツを王にはしないという話だったなとアクアスティードは思い返す。

 アレクサンダー国王がどのような決定をするかは知らないが、大方の予想はつく。


「私のところには、魔導具の不調だったという報告がきた。アレクサンダー国王は、一段落するまで聖なる祈りに関して口外はしないだろう。エリオットがここまで情報を持ってくるのに時間がかかっているのも、その証拠だ」

「そうですね。――おそらく、ハルトナイツ殿下と結婚をさせるのでしょう。王にはしないと宣言しておられましたから、第2王子であるシリウス殿下を王とし支えていくという形になるのではないでしょうか」


 エリオットの言葉に頷いて、アクアスティードは「面倒だな」と呟く。

 学園の卒業パーティーのことに関しては、アレクサンダー国王もハルトナイツのしたこととして謝罪や尻拭いを行ったが、所詮は子供のしでかしたこと。最悪、切り捨てることも出来る。

 だが、聖なる祈りを所持する者に関しては本気の対応をしてくるだろう。先日のように、甘い言葉は一切ない厳しい対応だ。


「聖なる祈りを使える者を手にする恩恵は、大きいものです。手に入れてしまえば、国が平和であれるのですから」

「……私の力を使えば、介入はできる。――しかし、デメリットが大きいな」

「デメリット、ですか」


 考えながらアクアスティードがそう言えば、エリオットが嬉しそうに反応をする。

 主人の言葉を忠実に理解し、エリオットは今後どう動けば良いのか脳内でシミュレートをしていく。主人に動けと言われてからでは、遅いのだ。


「もちろん、メリットも大きい。聖なる祈りを手に出来れば、我が国はさらに栄えるだろう」

「…………」


 アクアスティードの脳内では、今後についての計算がハイスピードで行われていく。数分間思案をし、その後に静かに自分の従者の名前を呼んだ。


「仰せのままに、アクアスティード様」


 すぐに了承の返事をし、エリオットは再び夜の闇に気配を消した。

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