第8話 ハルトナイツの不安と成長
豪華に装飾された廊下をゆっくり歩き、ハルトナイツはゲストルームの前へとたどり着いた。
ここは城で客人を迎え入れる場所なのだが、今はヒロインであるアカリが軟禁状態になっている。入り口には騎士が1人、見張りの意味合いを含めて立つ。
「……開けろ」
「陛下より、お通しするなと命を受けております」
ハルトナイツは騎士に命じるが、すでに国王より厳重に通達がされた後だった。真面目な騎士は、王子であるハルトナイツの言葉にも頷くことはない。
しかし、どうしてもアカリと話をしたいと思ったのだ。卒業パーティー以降、ハルトナイツはアカリと会話をしていない。
加えて、このような軟禁状態では……アカリの精神状態も心配だった。
「長居はしない。少し、様子を見るだけでも良いんだ」
「ですが……」
国王の命令であると言えば、いつものハルトナイツであればそれに従う。現在、騎士団を率いるのは国王であるアレクサンダーであり、ハルトナイツではないのだ。
それをしっかり理解しているし、騎士団の命令を曲げるということはしない。
だが、今回はハルトナイツにも譲れなかった。
「頼む。俺は、もしかしたら……」
「殿下?」
「……いや。俺は、判断を間違えたのかもしれない。それを確認していくには、アカリとの会話が必要なんだと思う」
「…………」
騎士は、ハルトナイツの真剣な言葉を聞き驚きに目を見開く。
アカリという女に入れこんでいて、どうしようもない馬鹿になった。と、そんな噂を聞いていたからだ。騎士も、最初はそんな馬鹿なと、嘘だと思った。
だが、遣いで城にきたクラメンティール侯爵令嬢の侍女であるフィリーネが「私のティアラローズ様が、ハルトナイツ殿下にとても傷つけられて……」と。そう、悲しそうに泣いたのだ。
騎士は全員が順番で城の門に立つため、遣いの仕事で城へくるフィリーネとは顔見知りなのだ。主人を大切にし、明るく可愛らしいフィリーネは騎士から人気があった。
「殿下がそうお考えになられるということは、とても嬉しく思います」
「本当に、少しだけでいいんだ」
再度、少しでいいと頼み込むハルトナイツ。
王族である彼が騎士に対してこのように頼み込むことなど、まずない。国民からの人気もあるティアラローズを傷つけた彼を、本当にアカリに会わせていいのだろうか。
「……10分間。私が目をつぶれるのは、それだけです」
「助かる」
女性を傷つけるということは、騎士道に反する。だが、仮にもハルトナイツはこの国の王子だ。これから、騎士たちの主となる可能性だってあるのだ。
――殿下は、成長されようとしているのかもしれない。
それならば、大人として、背中を押すことも必要かもしれない。フィリーネの気持ちも痛いほどわかるが、人は失敗をし成長していくのだと騎士は思う。
だが、もちろん扉を少し開けたままにして中の様子を窺うことは忘れない。
結婚前の男女が公の場で2人きりになることはよくないし、何かあった場合は扉を守っていた騎士の責任となるのだから。
しかし、すぐに――部屋へ入れたことを後悔するのだった。
◇ ◇ ◇
「ハルトナイツ様!!」
「アカリ……」
10分だけという許された時間を有効に使うため、ハルトナイツは急いでゲストルームへと足を踏み入れる。
そこにはアカリが1人だけ居て、椅子に座りのんびりと本を読んでいた。
「会いたかったですハルトナイツ様! 部屋の外へ出してもらえないし、何もすることがなくて暇で暇で死んでしまうかと思いました!!」
笑顔でハルトナイツを迎えたアカリは、本を放り出して駆け寄る。
退屈だったと言うアカリは、卒業パーティーで起こった出来事について考えることをしたりはしなかったのだ。
ハルトナイツは卒業パーティー後、色々なことを考えて夜も眠れなかったというのに……。
「でも、まさかアクアスティード様がティアラ様にあのようなことを言うとは思いませんでした。アクアスティード様、ティアラ様に騙されたりしないといいのですけれど……。どうなったんですか?」
「……俺とティアラの婚約は、解消されたと父上に聞いた。アクアスティード王子に関しては何も聞いていないから、婚約をしてはいないと思うが」
「そうですか」
明らかにほっとした顔をするアカリ。
その安堵は、ティアラローズとハルトナイツの婚約が無事に破棄されたことに対してか、それとも――アクアスティードとティアラローズの婚約がされていないことによるものなのか。
ハルトナイツには、わからなかった。
今までは、「ハルトナイツ様」と自分を慕っていたアカリ。周りの男、アカリの義弟や学園の治癒師や、騎士団の小隊長など……色々な人と仲が良かったが、そこまでは気にならなかった。
もちろんそれは、攻略対象者だったからなのだが、その事実をハルトナイツは知らない。
「いくらハルトナイツ様が婚約を破棄したからといって、あの展開はびっくりしました。きっと、前々から親密にしていたんですよ!」
憤慨するアカリを注意しようと思ったが、ハルトナイツは時間が限られているのだと堪えることにした。
今は必要なことを先に確認する。
「……アカリ。ティアラがあの時に言っていたことは、すべて真実か?」
「え――? 言っていたこと、ですか?」
アカリは首を傾げ、「きつく言われて、辛かったのは覚えていますけど……」と言う。
それはつまり、ティアラローズが言った内容についてではなく、きつい物言いや、注意をされたこと自体が嫌だったということだ。
「そうか」
「でも、私にはハルトナイツ様がいてくれましたから……。とっても、心強かったです」
照れたように笑うアカリは、ぎゅっとハルトナイツに抱きついた。しかし、ハルトナイツはそれを手で払うようにアカリを離した。
「ハルトナイツ様……?」
いつもであれば、自分からアカリを抱きしめて頭を撫でたりして可愛がるハルトナイツ。しかし、今はそんな余裕もない。
ハルトナイツは自分のことを考えることに、精一杯だった。
「何か、悩み事ですか? 私で良ければ話を聞きますから、話してください」
「悩み事――か」
「そうですよ。もしかして、ティアラ様に何か言われたんですか? ――悪役令嬢が、本編の後も関わってくるなんて」
絶対にティアラローズが悪いのだと決めてかかるアカリに、ハルトナイツは苦笑する。最後の言葉は小さすぎてハルトナイツの耳に届かなかったが、きっと自分を心配する言葉だろうと納得する。
――アカリは、よっぽどティアラローズに酷いことを言われたのだろうか。それとも、ここまでくると性格が合わないための反発なのか。女性は一度こじれると、面倒だと聞いたこともある。
「あれから、ティアラには会ってない。卒業パーティーのことを、1人でいろいろと考えていたんだ」
「卒業パーティーのことを? 確かに、私もこのままここに閉じ込められているのは嫌です。ハルトナイツ様のところに行きたいです! いつ頃になれば、ハルトナイツ様のところへ行けますか?」
「……まだしばらくは、厳しいだろう。アカリにも辛い思いをさせるが、もう少し待ってくれ」
「そうですか……。でも、早くしてくださいね?」
もうこの部屋に1人で居るのは嫌だと、アカリはハルトナイツに訴える。
疑問をいだきつつはあるハルトナイツだが、今までアカリのことを大切にしてきたのだ。出してあげたいという思いはもちろんある。
しかし、ハルトナイツの判断で行えることではない。国王と話をし、今後のことを決めないと動くことができないのだ。
「今日の夜――父上と話をする。また、その結果は伝えにくるからもう少し我慢してくれ」
「……わかりました。私はハルトナイツ様をお待ちしていますね。それと、アクアスティード様のことも教えてくださいませ! ティアラ様に酷いことをされて、私のように傷つく前にお助けしたいのです」
「アカリ……」
大国の王太子であるアクアスティードが、女性1人に傷つけられるなんてことはない。そう思うハルトナイツだが、アカリは純粋に心配をしているのだと自分に言い聞かせる。
あまり自分の前で他の男の名前を出されるのも嫌だったが、しかしそれを注意しようという気もハルトナイツには起きない。
――疲れてしまったのだろうか。
ため息をつくハルトナイツの横では、アカリがいかにアクアスティードのことが心配であるかを語る。
それよりも、今回のことをしっかり考えて欲しいと思ってしまった。もっと、自分たちのことを考えろと、ハルトナイツは叫びたくなる。
これ以上、話をするのは……今は精神的にもよくないかもしれない。そう思うが、ハルトナイツは寂しそうに話しかけてくるアカリを突き放せない。
どうすれば、と。そう唇を噛み締めたところで救いの声が現れた。
「ハルトナイツ殿下、10分です」
「え?」
「あ、あぁ。無理を言ってすまなかった。アカリ、俺はそろそろ行く。不便をかけるが、もう少しこの部屋に居てくれ。何かあれば、侍女に申し付けろ」
騎士の声に、アカリが不満を漏らす。頬を膨らめて、「まだ帰らないでください」と言う。
苦笑するだけのハルトナイツと違い、騎士は「命令ですから」とアカリをハルトナイツから引きはがす。さすがに驚いたのか、アカリは思わず後ずさった。
「ハルトナイツ殿下」
「わかっている。……またくる」
「え……? 待ってください、ハルトナイツ様!!」
騎士の言葉に頷くハルトナイツは、部屋からすぐに退室をする。
それを止めようとしたアカリを騎士が制して退室を拒む。まさかこんな女性だったとはと、騎士はげんなりしながらハルトナイツが立ち去るのを見守った。
◇ ◇ ◇
鮮やかな色を纏った絨毯は、主人がいるために荘厳さを引き立てる。机に置かれたグラスには、果汁を使い贅沢に作った国産品のお酒。
そして椅子に座るのは、この国の国王であるアレクサンダーと、その息子である王子のハルトナイツだ。
「…………」
親子だというのに、2人の間には重い沈黙があった。
今は卒業パーティーの翌日の夜で、すでにアレクサンダーとアクアスティードの会談は昼の間に終わっているはずだ。
そのため、ハルトナイツはいつも以上に緊張をしているのだ。いったい、自分の父親から何を告げられるのだろうか――……と。
「ハルトナイツ。今日、アカリ嬢のところへ行ったそうだね?」
「……っ! はい。勝手な行動は、申し訳ないと思っています」
真面目な騎士は、目をつぶると言い放つもしっかりと報告はしていたのだ。それであれば、話した内容なども筒抜けなのだろうとハルトナイツはため息をつく。
素直に謝罪をし、しかし必要だったのだということを訴える。
「では、話をして何か得るものがあったかい?」
「俺はもっと、ティアラの話を聞くべきでした。何も聞かずに、アカリの言葉だけを鵜呑みにしてしまった」
ぎゅっと手を握りしめ、ハルトナイツの顔が苦しそうに歪む。
しかし、今更どの面を下げて謝りにいけばいいのか。それ以前に、父親であるクラメンティール侯爵に拒まれ、面会すらも出来ないのだが。
「お前とティアラローズ嬢は、幼い頃に婚約をして縛ってしまったからな。だが、お前の行為は王族として、人間として、良いと言えるものではなかった」
「……はい。俺も、いや――私も、考えました。今日アカリと会い、2人のことをよく考えました。アカリは私を好きでいてくれますが、ティアラローズは……」
アカリはハルトナイツのことが好き。これは、まぎれもない事実だ。
――では、ティアラローズは?
呼吸を落ち着かせるために、ハルトナイツは1度深く深呼吸をする。
そしてゆっくりと、自分自身で感じたことを口にする。
「ティアラローズは、この国を――〈ラピスラズリ王国〉のことを見据えていました。貴族としての立場や、平民としての立場。しっかり誇りを持つ。……相手の将来をしっかりと理解していたんだと思います」
「……そうだね。ティアラローズ嬢は、自分がラピスの侯爵令嬢であることをしっかりと理解している。だから、ハルトナイツのこともしっかりと見ていてくれた。違うかい?」
「いいえ、違いません……。私は、こんなにもティアラに大切にされていたんですね」
――ハルトナイツ殿下、勉強の時間に逃げて教師を困らせてはいけません!
――誰しも最初は震えるのです。……私も、震えています。けれど、私たちは2人です。1人ではないのですから、一緒に頑張りましょう?
――もっと胸をはってください! 貴方はこの国の王太子でしょう!!
――最低でも3カ国語はマスターしてくださいませ。それ以外の国は、私もフォローいたします。
――騎士が最優先とするのは、陛下の命令です。それを殿下が私欲でねじ伏せてはなりません!
思い浮かぶのは、幼かった時の思い出だ。
確かにティアラローズの口調はきつくはあったが、それはすべてハルトナイツを想っていたからこその注意だった。
「それなのに――私は、ティアラを信じずに傷つけてしまった」
「それがわかったのならば、お前も成長したということだろう。だが、今回のことは決して軽くはない」
「……はい」
真剣な瞳で頷くハルトナイツは、すでにすべてを受け入れる覚悟が出来ていた。そして、自分に何が科せられるのかも大方の予想はついていた。
自分の息子がここで成長してくれたことを嬉しく思うが、なぜティアラローズとの婚約破棄の前に成長をしなかったのかと……アレクサンダーは心の中でため息をついたのだった。
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