第5話.頼りの協力者
しばらく経ち、スーザンは落ち着いてきたらしい。
直立不動の姿勢で、よくできた侍女はナターニアの話を聞いてくれた。
「……そういうわけで、わたくしはこのお屋敷に戻ってきたというわけなの」
今までの経緯をどうにかまとめて、ナターニアはそう締め括る。
こうしてナターニアやお猫さまの声が聞こえるからだろうか。
おとぎ話じみた話を、スーザンは疑う様子もなく相槌を打って聞いてくれた。
しかし聞き終えると、ひどく渋い顔つきになる。
「どうして奥様が、あの男の今後をご心配なさるのです?」
敵意にまみれた言葉。
お猫さまは驚いたのか、ぱちぱちと瞬きしている。
「そんなの当然よ。わたくしが旦那さまの妻だから!」
正しくは元妻、ではあるが。
見えずともえっへんするナターニアに、スーザンは眉を寄せたままだ。
「……あの方を庇うのですね、奥様は」
「庇う?」
(スーザンったら、おかしなことを言うわね)
「庇うも何も、旦那さまはお優しい方だもの」
スーザンが黙り込む。目には色濃い不信感が覗いている。
それを見たお猫さまが、こそこそと話しかけてきた。
『……ねぇ。ちょっといい?』
「はい、お猫さま」
こそこそ、とナターニアも耳打ちにて返す。
お猫さまとナターニアはお互いに触れることができるので、ナターニアの吐息にくすぐったそうにぴくぴくする毛むくじゃらの耳を堪能することができる。
(さ、触りたい……)
もふもふを心ゆくまで味わいたい、という欲求が首をもたげる。
しかしお猫さまからは『不用意にぼくに触ったら許さないからね』と釘を刺されている。残念ながら我慢する他ないだろう。
『ぼくの気のせいでなければこのスーザンって侍女さ、人嫌いってわけじゃなさそうだけど……君の旦那を嫌ってない?』
嘘を吐く必要もないし、誤魔化せる気もしなかったので、ナターニアはこくりと頷く。
「実はスーザンは、旦那さまと折り合いが悪いのです」
ナターニアの手前、今までアシェル本人の前では感情を抑えていてくれたが、嫌っていたといったほうがより正確だろう。
そのたびスーザンを窘めていたナターニアだが、死ぬ直前もスーザンは何やらアシェルを罵倒しまくっていたような気もする。
いろいろ苦しすぎて、記憶はやや朧げではあるのだが。
『……えっ。なんでそんな人を協力者に選んだの?』
「スーザンは頼りになりますもの」
この広い邸宅内には大量の使用人が雇用されている。
だがナターニアが親しくしていたのは、実家から連れてきたスーザンだけだ。
というのも必然で、部屋に籠もりがちなナターニアが他の使用人と仲良くなる機会がなかったからである。
(でも旦那さまを嫌っているのは、スーザンだけじゃなさそう……)
ナターニアがそう思って目を向ける先に、お猫さまが浮かんでいる。
当初、ナターニアがひとつの後悔を口にしたとき、お猫さまは『旦那と離婚したいって?』と聞き返してきた。あの口調は、冗談には聞こえなかった。
しかしお猫さまは、ナターニアが目的を果たすために付き合ってくれると明言している。
決してナターニアを邪魔したりはしないだろう。
(きっとスーザンも、分かってくれるわ)
むんむん、と唸りつつ、祈るように手を組んでいると、ぽつりと返事があった。
「……分かりました。それが奥様の望みであるなら」
「本当!?」
ナターニアはそれこそ小躍りしたくなった。
スーザンの手を取って踊り明かしたいくらいに嬉しい。けれど死した今、そんなことはできないので、心からの感謝の言葉を伝えるに留める。
「本当にありがとう、スーザン。あなたが力を貸してくれるなら百人力だわ」
(やっぱり、スーザンにお願いして良かった!)
ここでスーザンに断られていたら、すべてが詰んでいたのだ。
自分の分とナターニアの荷物をまとめたら暇をいただく予定だったというスーザンだが、ナターニアの助けになるならと、侯爵家に侍女として留まることも約束してくれた。
一安心したところで、ナターニアは気になっていたことをスーザンに問うた。
「そういえば旦那さまが左腕を怪我していたようなの。スーザン、どうしてか知ってる?」
一瞬、スーザンが口ごもる。
「……森に狩りに行って、怪我をしたと聞いています」
「まぁ。そうだったのね」
アシェルが狩りに出かけるのは珍しい。
ナターニアが嫁いでからは、確か一度もなかったはず。
(わたくしが居なくなって、少しずつ肩の荷が下りているのかも)
そう思うと、やっぱりナターニアは嬉しくなる。
怪我を負ったのは心配だけれど――アシェルにはひとつずつ枷を外すように、自由になっていってほしいと願うばかりだ。
綻ぶような笑みを浮かべるナターニアは、お猫さまがその横顔を眺めていることには気がつかなかった。
「――あ、そうだったわ!」
ナターニアはもうひとつ、大事なことを思い出した。
目的達成のために、ものすごく大事な質問だ。きちんとスーザンに確認しておかなければ。
「ねぇスーザン。最近、旦那さまと仲の良いご令嬢なんて居ないかしら?」
『さすがにそんなの居るわけないってば……』
あんまりにもあんまりな質問に、お猫さまが突っ込んでいる。
しかしスーザンは、躊躇いがちに話し出していた。
「それでしたら……」
「ええ。何?」
言い淀むスーザンを、ナターニアは優しく促す。
緊張した面持ちで、スーザンはその先を口にした。
「ひとりだけ、心当たりがあります」
驚いたナターニアとお猫さまは、顔を見合わせた。
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