第8話 人騒がせな男
珍しく仕事が早く終わり家に帰ると、朱音の足音と知らない足音が聞こえてきた。
今度は誰だ。友達か?そう思っていた矢先目の前に現れたのは朱音と同じくらいの歳と思われる男だった。制服も同じ。誰だこいつ。朱音の学年の人間の顔は全員覚えているがこんな奴いないぞ。頭の中で思考を巡らしていると
「あ!お兄様お帰りなさい」
男の後ろから朱音がやってくる。考えるのはいったん後にして
「朱音、ただいま」
朱音にそっと笑いかける。あぁ癒される……。
「へぇーこの人が朱音ちゃんのお兄さん?本物のアイドルって初めて見たなー」
あろうことか俺と朱音の間に割り込んで来たこいつは朱音をちゃん付けで呼び軽い口調で俺をじろじろと見た。挙句の果てに
「また会いましょ。お兄ちゃん」
帰り際に俺の耳元で小さくそう言い放った。
別の日もまたこいつは朱音と親しそうに話をしており、俺の堪忍袋は限界をむかえていた。
ある日、朱音が席を外している隙にこいつに話しかける。
「君は、朱音の友達なのかな?」
「まぁ、そんなところですかね」
なんだこの余裕そうな態度は。朱音との親愛度だったら俺の方が上だろ。親密度も好感度もなにもかも。
「目つき、怖すぎですよ?お兄ちゃん」
「気安くお兄ちゃんなどと言うな。不愉快だ」
「へぇー、それが本性なんですね」
しまった。怒りに任せてつい。まぁいいか。この際だ、はっきり言ってやろう。
「おい、お前百歩譲って俺に馴れ馴れしいのは許してる。だが、朱音をちゃん付けで呼ぶのは朱音が許しても俺が許さん。大体──」
「あ、わかりましたわかりました。もう呼ばないですから。それと……謝っておきます。すいません。そんなに怒るとは思ってなかったので」
「お前、朱音のなんなんだ」
突然態度が変わって余計に腹が立つ。
「……そんなに怒らせるつもりはなかったんですけど、ただの友達ですよ。俺、フラれてるんで」
フラれてる……その言葉を聞いた瞬間笑みがこぼれそうになった。
「そうか」
表情には出さなかったものの内心安心して悦に浸る。
こいつ、ただ俺をからかってただけか。まったく、人騒がせな奴だ。
「からかったのはごめんなさいって感じなんですけど、どのあなたが本当のあなたなんです?妹さんやファンの前ではいい顔して、なんか詐欺っていうか」
多少のしおらしさがあった態度はまた変わり今度はくだらない質問をしてきた。
「どれがもなにも、全部俺だ。朱音の近くにいると心が落ち着く。他の奴らは俺にとっておまけでしかない。ファンにいい顔をしているのもアイドルを続けるためだけだ。辞めてもいいなら今すぐ辞める」
そう、辞めてもいいなら今すぐにでも辞めてやる。朱音の一番にさえなれればそれでいい。
「へぇー、なんか思ってたのと違うなぁ」
「俺には朱音さえいればそれでいい」
俺には……朱音だけが――。
「なるほど。そういう気持ちで接しているからあの子もお兄さんしか考えられないってことですね」
なんだこいつ。勝手に納得して、朱音と俺の何がわかる。朱音は俺のことが大好きで俺も朱音のことが大好きで…そう、俺たちは相思相愛なだけだ。
「そろそろあの子が戻ってきそうなんで、俺帰りますね。あ、でもあの子のこと完全にあきらめたわけじゃないんで。覚えといてください」
そう言ってあいつは立ち上がり帰っていった。
覚えてといてください、だと?ふざけるな。朱音は……朱音は俺のだ。誰にも渡さない。
──俺だけの朱音で、朱音のそばにいていいのは俺だけだ。
溺愛アイドル ~妹以外は全員ゴミ~ ぺんなす @feka
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