5. 売られた花嫁(5)
中二階の踊り場まで登ると、老人が不気味な目で睨みつけてきた。
と思ったが、・・・それは壁に掛かった厳めしい顔の老人の肖像画だった。
正面の部屋の扉が半開きで、中から灯りが漏れていた。
オルゴールの音もその部屋から聞こえていた。
扉を押し開けて部屋に入った。
部屋は広い居間のような造りになっていた。
左手にL字形の大きな黒いソファー、正面に暖炉、右手には象嵌細工の大きな食卓と王朝風の椅子が整然と配置されていた。
暖炉で薪が赤々と燃えている。
だが、それは精巧にできた電気仕掛けの炎のイミテーションでしかなかった。
結婚行進曲のメロディーを奏でる金色のオルゴール箱、セピア色の光を放つ明治のガス灯のような大きなランプ、銀のバスケットに収まったシャンペンのボトルなどが、暖炉の上に整然と並べてあった。
その上の壁の大きなガラスケースには、さまざまな形の拳銃が陳列されていた。
「ようこそ。わが花嫁・・・」
背後で低い声がしたので、心臓が口から飛び出しそうになった。
振り向くと、黒いマントを羽織った神父が立っていた。
喉の前が白いスタンドカラー、スカートのように裾の長い黒い上着に黒いズボン、首から大きな銀の十字架を下げている。
それで、神父と思ったが・・・。
頭をすっぽりと被う黒いフードも、半身を被う黒いマントも雨に濡れていた。
袖口が赤い血でべっとりと濡れていた。
濃い大きなサングラスに口髭。
照明が暗いので人相は分からない。
ただ、男の顔は異様に青白い。
・・・これは死神ではないか。
「こちらへ」
男は暖炉の前へ進み、黒い手袋をした手を伸ばして銀のバスケットからシャンペンのボトルを取った。
コルクの詮を抜き、二つの大きなグラスに琥珀色の酒を注ぎ、そのひとつを差し出した。
「お酒はいただきません」
と首を振ると、
「それは残念」
男はじぶんのグラスを高く掲げてから、シャンペンを一気に飲み干した。
『今夜は何時までこのコスプレ男とつきあえばよいのか、マネージャーに聞いておけばよかった』
と後悔したが、この屋敷の門前にはジューン・ブライドのリムジンが待っていると思うと少しだけ安堵した。
『早く事を済ませて、一刻も早く残金をもらおう』
ほんの一瞬、三日以内に預金通帳に積み上がる7桁の数字を思い浮かべた。
「くつろいでくれたまえ。お楽しみの時間は、それこそ無限にある」
男はこちらの気持を見透かしたように、くぐもった声でいった。
・・・それが合図のように、頭上で雷鳴がとどろき、外の雨が再び激しくなった。
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