2. 売られた花嫁(2)
交番の先の交差点のすぐ右角に、バルセロナにあるサグラダ・ファミリアかと見まちがうような尖塔がそびえていた。
しかし、この巨大なコンクリートの塊は何の芸術的価値もないガウディの醜怪なコピーでしかなかった。
尖塔の上に十字架はなく、ムーラン・ルージュのような大きな風車が阿呆チックにくるくる回っている。
笑うべき俗悪さだが、今は笑い飛ばす余裕など、まるでない。
玄関の上のアーチ形の看板に、ジューン・ブライドのネオン文字が躍っていた。
「・・・いっそこのまま帰ろうか」
店の前で、また迷った。
ソープランドの個室というところにはじめて入った。
入ってすぐ右手がクロゼットで、ふたり掛けのソファーの横に豪華なダブルベッドが鎮座していた。
テラコッタの白壁から緋色のビロードの天蓋がベッドの上に突き出て、その天蓋から三方に白いレースのドレープが垂れていた。
ダブルベッドの左後方は、一段低い白タイル地の洗い場になっていた。
白いホーロー引きのバスタブの横の白壁に、フランス窓のように見せかけた白いルーバーの装飾がはめ込まれていた。
気が動転していたし、暗くてよく見えなかったが、バスタブにはお湯は張ってなかったと思う。
・・・どうして、そんなどうでもよいことを覚えているのか分からない。
個室へ案内して来た黒スーツに黒の蝶ネクタイ姿のマネージャーが、ベッド手前のドレープを巻き上げてから、
「服をぜんぶ脱いで」
これ以上ないほどに事務的にいった。
ここまでくれば、もはやためらいはなかった。
脱いだ洋服と下着をきちんと畳んでソファーに置き、胸と股間を手で隠して立つと、マネージャーは入口の扉の横のインターフォンで、
「用意ができました。お願いします」
といった。
しばらくすると、銀縁眼鏡の奥の目を鋭く光らせた小柄な中年男が、いきなり個室に入ってきた。
不自然に盛り上がった黒髪で若造りをしていたが、高級な鬘とすぐに分かる。
老人はつかつかと近寄り、胸を隠した腕を振りほどき、乳房を指で押してふくらみ具合を確かめ、うなずいた。
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