「治ったね?」


 治った。

 脚も腕も。綺麗に治った。ちょっと、びっくりしている。自分の意識を狐に食われたらしく、自分が傷ついていると思ったところは、勝手になくなるらしい。

 だから、自分が意識を取り戻せば、もとに戻る。


「治ったな」


 ホスピスの一室。

 彼女がいる。


「おりゃ」


 彼女が、自分の浴衣を脱がしにかかる。


「おおお。きれい」


「ほんとだ」


 身体の傷も、消えていた。狐が祓われたことで、傷を受けていた意識も取り戻した。よく分からないが、とにかく。傷は治った。


「ねぇ」


 彼女。

 隣に、こしかける。

 ベッドの、きしむ音。


「太った?」


「あっはい。太りました。あなたがいないうちに色々と食べたので」


 ベッドのきしみだけで彼女のコストアップに気付いた自分が。なんかおかしかった。


「ありがとう」


「何が、ですか?」


「助けてくれたらしい、から」


 記憶はない。ただ、なんとなく。彼女の声が聞きたいって思ったら、戻ってきていた。それだけ。


「あなたのことを。聞いても。いいですか?」


 彼女。目になみだをいっぱいに貯めているけど、耐えている。


「俺のことか」


 話をしたら。

 仲良くなれると思っていた。

 自分のことを。任務のことを。話すときは、きっと。彼女にとって、自分がいちばんになるときだと。思っていた。

 違うらしい。


「そうだな」


 彼女に、自分のことを。任務のことを話して。この関係は、終わる。そういう、話になる。


「ええと」


 話したく、なかった。

 話せば、終わってしまう。

 でも。

 それもそれで、許されないことだと、思う。

 身体が傷だらけで、ときどきいなくなる人間。玄関のドアを開けると、血だらけで倒れている人間。


「はぁ」


 どう考えても、普通じゃない。

 そして、彼女は。

 普通の側にいる。

 しかたがなかった。


「俺は。死にたいと思って生きてきたんだ。死に場所を探してこの街に来て、そして」


 彼女。

 むぅっ、とした顔。


「え?」


「あの。そういうのは、からだを見れば分かるというか、あの、現に玄関でぶっ倒れてましたし、ええと、その」


 あれ。


「そういう、分かりきったことじゃなくて」


 分かりきったこと。


「あなたの好きな食べ物とか、好みの動画とか、そういう、あの」


「え?」


 違うらしい。

 なんか違う。

 思ってたのと、かなりずれがある。


「わたし。あなたのこと。知らない、から」


 彼女。

 泣きはじめた。


「あなたのことを。知りたいです」


「俺のことか」


 死に場所を探してるだけのやつ。それ以上でも、それ以下でもなかった。というか、それしかない。


「俺は。死に場所が」


「だから違うって」


 胸を叩かれる。

 傷がないので、なんか変な感じ。肌がある。


「好きなものは。きらいなものは。何が好きなんですか。何が」


 と言われても。好きなもの。好きなものか。


「ええと。じゃあ、ええと、月が。月が好きです」


 なぜ月なのか。自分でも、よくわからなかった。

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