第5話 人手不足は深刻です

 以上、回想終了。


 ◇ ◇ ◇


『そう、僕と新入りの仕事。それは人の恋心を消し去ることだ』


 今一度瑠依様の言葉を胸の中で反芻し、心の中でガッツポーズをとった。


 正直恋愛課に配属と聞いたときには、何が悲しくてリア充の手伝いなんかしなければならないのかと思っていた。しかし、まさかのその逆。恋に浮かれたリア充をこの手で滅することが出来るとは! ノムラさん、見る目ないとか言ってごめんなさい。もしかしたら天職かもしれません、ありがとう。


 自分は心の中でノムラさんに謝罪と感謝を述べた。


「うん、そうだな。戸惑うのも無理はない」


「へ?」


 何を思ったのか、黙り込んでしまった自分に瑠依様は気遣わし気な態度を見せた。


「人の恋心を消し去るなど、捉えようによっては悪鬼のごとき所業だからな」


 うん、地味に傷つく。


 それに小躍りしたいほど喜んでいたことは伏せておく他ない。


「しかし、我々の仕事は意義あるものだ。例えば先ほどのターゲットは、自分の恋心に悩んでいたようだからな」


 瑠依様はしみじみとそう言った。


「恋心に悩む? もしかして友人の恋人を好きなっちゃったとかそういう系ですか?」


 軽い冗談のつもりでそう返したら、瑠依様は驚きに目をみはる。


「よくわかったな」


 ベタ中のベタかよ!


 思わず内心で突っ込みを入れた。


「しかし、新入りが恋心を消したことで、ターゲットは救われたことだろう。自分たちの仕事は、そういう仕事だ」


「そうですか……」


 もしそれが本当なら、リア充を滅するということはないのかもしれない。その事実に落胆する気持ちを隠せなかった。ガックリと肩を落とす自分に、瑠依様は更に眉尻を下げる。


「新入り……。それでも気が進まないということだったら、人を恋に落とす方の業務に異動することも――」


「あ、いや、それは全然結構です」


 それは食い気味にきっぱりとお断りする。リア充を滅することはできないにしても、リア充を増産する業務に異動するよりは何億倍もマシというものだ。


「そうか? まあ、気が進まない仕事でも、やっていくうちにやりがいを見出すものだからな」


 先輩風を吹かせる瑠依様に、自分は曖昧な笑みを浮かべた。もしかしたら、この業務に気が進まないのは瑠依様の方なのかもしれない。


「あの、ちなみにターゲットはどうやって選んでるんですか?」


 そうやって話を逸らしつつ、リア充を滅するわずかな可能性にかけて尋ねると、瑠依様はポンッと手をたたく。


「あぁ、そういえば仕事の流れを伝えていなかったな」


 一般的にはまずそこを説明するのでは?


 心のなかで突っ込みを入れながらも、自分は黙ってうなずいた。


「恋愛課の事務所に行くと、スタッフから指示書を渡される。その内容に従って業務を遂行するわけだ」


「なるほど」


 やはり勝手にリア充を滅することはできないらしい。


「ちなみにこれがさっきの業務の指示書だ」


「ども……ん?」


 瑠依様から渡された指示書の内容に、首を傾げる。


「あの、瑠依様」


「なんだ?」


「これ、日付が二〇二〇年になってるんですが」


「それがどうした?」


「今って二〇〇七年ですよね?」


 今度は瑠依様が首を傾げた。


「何を言っている? 今は二〇二〇年だぞ」


「え?」


 冗談かと思ったが、瑠依様の目は真剣そのものだ。


「え、ちょっと待って下さい。いや、あの、だって、自分が死んだのは二〇〇七年のはずですよ?」


 そうだ。自分は十六歳で、だとしたら死んだのは二〇〇七年でなければおかしい。もし今が二〇二〇年なのであれば、この空白の十三年間は何なのか。


「……なるほどな」


 瑠依様は静かにそう言った。徐々に鼓動が早くなり、冷たい汗が背中を伝うのを感じた。


「『なるほど』って?」


 思わずゴクリと喉を鳴らす。


「つまり、新入りは人事部に声をかけられるまで、十三年間死んだまま放置されていたというわけだ」


「………………は?」


「言われただろう? 人手不足だと」


「え? 放置されてた? え?」


 あまりの衝撃に思考が追い付かない。


「驚くことでもない。ちなみに私は死んでから五年間放置されていた」


「マジすか!?」


 驚きすぎてつい大きな声を出してしまった。


「えーっと、それは何というか、人手不足と言っても限度があるというか……。もはや怠慢では?」


 こういう場合、もしかしたら怒るべきなのかもしれないが、どちらかというと呆れる気持ちの方が強かった。


「そうとも言えるかもしれない。しかし、冥界の住人に我々の価値基準は通用しないからな。むしろ亡者を雇ってでも業務を片付けようとすること自体、革新的な試みのようだぞ」


「そんなもんですかね?」


 あまり納得はできないが、不意にノムラさんが言っていた『現世とは異なることわりによって成り立っている』という言葉が頭をよぎった。


「じゃあ、生きてたら自分は今頃二十九歳なんですね……」


 もし生きていたらどんな人生を歩んでいたのだろう。それこそ恋人が出来たり結婚したり、そんな人生が待っていたのだろうか。


 いやいやないない。自分みたいな非モテのモブキャラはどこまでいったってしょうもない人生を送っていたに決まっている。考えるだけ無駄無駄。


 そうやって無理矢理心の中に蓋をした。


「あれ? じゃあひょっとして、瑠依様はもし生きてたら今は二十歳くらいってことですか?」


「そうだな。今年で二十二になる」


 なるほど。つまり、自分は精神年齢十六歳。見た目も十六歳。生きていたら二十九歳。瑠依様は精神年齢十七歳。見た目は七歳。生きていたら二十二歳ということになる。ややこしい。


「そうですか。それにしても、いくら人手不足といっても七歳そこそこの子供に仕事を持ち掛けるなんて、現世管理局も肝が据わっているというかなんというか……」


「まあ、それも冥界の住人にとっては些末なことなのだろう」


 呆れる自分に、瑠依様はポツリとそう言った。


「さて。無駄話はこの辺にして、もう一件、仕事をしてもらうぞ」


 瑠依様はそう言って、再び上空へと飛び立った。無駄話どころかめちゃくちゃ重要な話だし、どうにも現世管理局とやらは胡散臭い。そんな風に思いつつ、自分は瑠依様の後を追った。

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