第4話 スタッフがぶっ飛んでる件
扉を開けるとそこは雪国……というはずもなく、ただの会議室でした。『中のスタッフの指示に従え』ということだったが誰もいない。仕方ないのでひとまず手近な席に腰掛ける。
それにしても怒涛の展開ですっかり忘れていたが、自分はどうやって死んだのだろう。死んだときの記憶が全くない。いつも通りネトゲをしていて、『今夜も徹夜コースだ!』と息巻いていたことは記憶にあるのだが、その後が曖昧だ。
深夜に買い出しに出かけて交通事故にあったか、突然の心臓麻痺か。あるいは自宅にトラックが突っ込んだとか、寝ている間に無理心中させられたとか……。
色々と可能性を思い浮かべてみるものの、推測の域を出ない。むしろこれは盛大なドッキリだったと言われた方が納得できる。しかし、こんな手間ひまかけて、自分なんかにドッキリを仕掛けてくるような物好きに心当たりはなかった。
ガチャ……
「ん?」
そんなことを考えていたら、誰か入ってきたようだ。やっとスタッフとやらが来たのかと思って振り向いた瞬間、目に入ったその人物に驚いた。
「子ども?」
背格好からして恐らくまだ七歳くらい。その子はトコトコとこちらまで歩いてくると、腕を組み、仁王立ちになる。
「貴様が新入りか?」
「……は?」
思いのほかふてぶてしい態度に思わずそんな反応をとってしまうと、その子はチッと舌打ちした。
「いいか、知っての通り、我々は既に死んでいる」
その言葉から、この子も自分と同じ亡者だということを悟る。
「当然のことながら、亡者は成長せず、老いることもない。そう、不老不死なのだ。……。もう、死んでるが」
……え、何? もしかしてジョークのつもり?
自分の内心の戸惑いをよそに、その子は話し続ける。
「つまり、見た目と精神年齢は必ずしもイコールではない。ちなみに僕はこれでも勤続歴十年のベテラン、
「……」
なんというか、完全に子供が背伸びしているようにしか見えない。しかし、この瑠依様とやらの勤続歴十年という言葉が事実なら、見た目に反して瑠依様は自分と同い年くらいということになる。
「分かったか? 新入り!」
「え、あ、はい」
正直全くと言っていいほど状況についていけていないが、ひとまず返事だけはしておいた。
「よし。では縁部恋愛課の業務内容を説明する。我々の存在意義は、現世の人々の恋愛を適切に管理することにある。では、肩慣らしに質問だ。人はどうやって恋に落ちるか?」
そして突然、瑠依様はビシッと自分を指さした。
「え、じ、自分ですか?」
「他に誰がいる」
いや、それはそうなんだけど。年齢イコール恋人いない歴の自分にそんなことを聞かれても。
心のなかで抗議の声を上げるも、『何でもいいから答えろ』と瑠依様の目が語っていた。
「えっと、そうですね……。優しくしてもらったとき、とか?」
ベタ中のベタだが悪くない回答ではないだろうか。
「違う! 次!」
ところが瑠依様は全否定だ。
「え、次? えーっと、じゃあ、ギャップを感じたとき、とか?」
「違う! 次!」
「特別扱いしてもらったとき?」
「違う! 次!」
「目と目が合った瞬間?」
「詩人か!? 次!」
「フェロモンを感じたとき?」
「なんだそれは! 次!」
「えー……」
これだけ色々あげたのだから、そろそろ正解を教えてくれても良いだろうに。はっきり言ってもうネタ切れだ。しかし、そうやって困っていたところに、またしても自分の灰色の脳細胞がピーンとひらめいた。
「えっと、自分たち現世管理局縁部恋愛課が適切に対応した時?」
「……」
すると突然瑠依様は黙り込み、自分のことをジッと見つめた。知らず知らずにゴクリと喉を鳴らす自分。
「正解だ」
その瑠依様の発言に胸をなでおろす。
「では新入り、これから実地研修にうつる」
「はい!?」
まだ謎のクイズに答えただけなのにもう実地研修とは。言いたいことは色々とあったが、瑠依様がそういった瞬間、またしても目の前に謎の扉が出現した。
「よし、行け」
どこまでもゴーイングマイウェイな瑠依様。もしかしなくともしばらくは瑠依様のペースに付き合わなければならないのかと思うと辟易する。しかし、残念ながら他に頼れる人をもいない。
「はぁ〜……仕方ないか……」
自分はこれみよがしに盛大なため息を吐くと、扉の前に立った。
「遅いぞ新入り!」
ノロノロとした動きを瑠依様に叱咤される。
「サーセン」
目をそらしながら答えると、瑠依様は不敵に笑った。
「ふん、随分余裕だな? 新入り」
そのセリフはどちらかというとゲーム序盤に出くわすザコキャラを彷彿とさせた。
「や、余裕なんて一欠片もないですが?」
「だが、そんな余裕も今のうちだ」
「……あの、話聞いてます?」
「まずは自由落下を楽しめ」
「へ?」
そう言うと、瑠依様は扉を開け放ち、あろうことか自分の尻を蹴飛ばした。
「な!?」
自分はそのまま扉の中にすっころげる。そして次の瞬間目に入ったのは、どこまでも広がる青空。
「え、は、ちょ、ま」
視界を反転させると、見えるのは恐らく日本列島。
「嘘だろぉぉぉぉぉぉっ!」
真っ逆さまに日本の地表に落ちていく中、『まずは自由落下を楽しめ』という瑠依様の声がもう一度聞こえた気がした。
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