第3話 配属先はまさかの
「臼倉樹季さんですね」
しばらく放置されていると、不意に声をかけられた。
「え、あ、はい、そうですが」
「ふむ。現世管理局人事部のノムラです。早速ですが配属面談を行います」
ノムラと名乗ったその人には、有無を言わせぬ迫力があった。
「臼倉さん。あなた生前は何を?」
「え……っと、あの、ただの高校生です」
いきなり始まった面談に戸惑いを隠せない。しかし、構うことなくノムラさんは質問を続けた。
「学生時代に力を入れていたことは?」
「えーっと……。急に言われてもパッとは思い浮かばないというか……」
「ふむ。何か得意なことはありますか?」
「得意なこと? あの、特には……」
「どんなことでもいいですよ」
自分が恥を忍んで『ない』と言っているのにノムラさんは食い下がる。まさか人には必ず一つは誇れるものがあるとでもいいたいのだろうか。自分にそんなものはない。しかし、眼光鋭いノムラさんにジッと見つめられ、なんとか答えを絞り出す。
「あの、マジで強いて言うならなんですが、ちょっとだけ弓道やってました」
これでも弓道部だったのだ。まあ、三カ月で辞めたが。
「ふむ、弓道ですか」
「えっと、あ、はい」
「ふむ……」
ノムラさんは深く頷きながら、何か手元の資料にメモをとった。
「勉学の方はどうでしたか?」
「勉強は……。あの、平均くらいです」
科目によっては赤点のものもあったが、わざわざ言う必要もないだろう。
「こんな仕事がしたいとか、何か希望する条件はありますか?」
「えーっと、そもそも働いたことがないんでなんとも……。まあ、強いて言うなら、なんか面倒な人間関係がないところ? ノルマとかがなくて自由に働ける、みたいな」
「ふむ。つまり、個人作業が中心で、ご自身に一定の裁量がある仕事、ということでしょうか」
思い付きを述べただけだったが、ノムラさんは何やらいい感じに咀嚼してくれたようだ。
「そうですね。そういう感じです」
するとノムラさんはまたしても手元の資料にメモをとった。
「だいたいわかりました。最後に何か言っておきたいことはありますか」
「え? えーっと、そうですね。あーあの、出来るなら何か楽しい仕事がいいですね」
「楽しい、とは?」
「う~ん、テンションが上がるというか……?」
「テンションが、上がる……」
ノムラさんは自分の言葉を深く噛み締めるようにそう言った。なんだか真剣に取り合ってくれているのが申し訳なくなってしまうが、言っておくだけタダだろう。
「ふむ、いいでしょう。臼倉さんの配属先を決めました」
「もう!?」
そんなにあっさり配属先とやらは決まってしまうものなのだろうか。自分にはよくわからなかったが、固唾をのんでノムラさんの次の言葉を待った。
「臼倉さんの配属先は」
「配属先は?」
「
「え、縁部恋愛課?」
まさかとは思うが、年齢イコール恋人いない歴の自分に恋愛を司る部署への配属を命じたのではあるまいな。
「ふむ。まず縁部とは人と人との縁を司る部署のことです。その中でも恋愛課は、恋にまつわる縁を専門とする部署です」
どうやら自分の認識は間違っていなかったらしい。どう考えても見る目がなさすぎる。
「え、いや、なんでまた自分をそこに?」
「ふむ。まず恋愛課が圧倒的に人手不足であること。恋愛課がなるべく若い人材を求めていること。それから、臼倉さんの希望は『単独で働けて、ご自身に裁量があり、テンションが上がる』というものでしたね?」
「え? あ、はい」
正直なんとなくで出した希望条件ではあるが。
「恋愛課の仕事は単独で動き、かつご自身で調整可能なものが多いのです。それに」
「それに?」
「テンション上がるでしょう。恋愛は」
マジか。ノムラさん、絶対そんなキャラじゃないだろ。だいたい恋愛でテンションが上がるのは一部のリア充な陽キャだけだ。自分のような根暗ヲタにとって、三次元の恋愛などそれこそ地獄でしかない。
しかし、わざわざそんなことを口に出したりはしなかった。
「ま、まあ、そっすね」
苦笑いを浮かべる自分に、ノムラさんはコホンと咳ばらいをした。
「それから、臼倉さんは弓道が得意と伺いました」
「え? いや、得意ってわけじゃ」
その瞬間、またしても自分の灰色の脳細胞がピーンとひらめいた。
「あの、まさかとは思いますが、キューピッドってことですか?」
「ご明察」
嘘だろ、おい。
「な、なるほど~」
苦笑いが限界を迎えそうになりつつも、必死に取り繕う。
「というわけで、その扉の向こうが縁部恋愛課の事務所です。あとは中のスタッフの指示に従ってください」
「その扉?」
振り向くと、ただの白い空間でしかなかった場所に、いつの間にか簡素な扉があった。どうやら自分に拒否権はないらしい。
「あの、ちなみにこれは魔法とかそういう類のものですかね?」
何だかんだスルーしていたが、そもそも冥界だの魂だの転生だの、厨二心をくすぐる設定ばかりだ。ということは、魔法も存在するのではないか。そして現世管理局で働くというからには、自分も魔法を使えるのではないか。
そんな淡い期待を込めて尋ねると、ノムラさんは首を横に振った。
「あなた方が言うところの魔法とは違う概念でしょう。長くなるので詳細は省きますが、ここは冥界、死後の世界。現世とは異なる
魔法とは違う。聞いた瞬間はガッカリしてしまったが、ノムラさんの言うとおり、色々と勝手が違う世界なのだろう。
「そうなんですね……」
「……」
「……」
しばらくお互いに黙り込んでしまった。ノムラさんはこれ以上何も話す気はないようだ。ならばここにいても仕方ない。
「あー、あの。では、自分はこれで」
「ふむ。まあ、何かあれば人事部に相談してください」
ノムラさんはそう言って、右手を差し出した。自分はなんの疑いもなくその手を握り返す。
「ありがとうございました」
最後にもう一度そう言って、扉の向こうへ一歩を踏み出した。
「ふむ。今度はいつまで持つでしょうね」
ノムラさんのその一言は、またしても自分の耳に届くことはなかった。
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