第2話 目覚めたら死んでいた
話は少し前に遡る。
以下、回想開始。
◇ ◇ ◇
「お~い」
誰かが何か言っている。
「もしも~し」
聞いたことのない声だが、自分に話しかけているのか?
「起きないと、このまま魂すりつぶされますよ~」
「はっ!」
目覚めると、そこは不思議な空間だった。辺り一面真っ白。なぜかポツンと置かれている机と椅子。
「えっと、ここは?」
寝かされていた長椅子から体を起こしつつ、こちらの様子を伺っていた人物に話しかける。
「ここは冥界、死後の世界ってやつです」
微笑を浮かべるその人に、見覚えは全くない。
「死後の世界……。つまり、自分は死んだってことですか?」
実感はあまりないが、妙に納得感があった。
「その通りです」
「……そうですか」
「落ち着いてますね」
「まあ、死んでしまったものは仕方ないので」
根暗でヲタで半引きこもり。友人は顔も知らないネットの世界の住人だけ。加えて年齢イコール恋人いない歴の自分。享年十六歳というのは短すぎる気もするが、不思議と悲しくはなかった。
「おっしゃる通りです。ここで暴れられてもどうにもなりませんからね」
名も知らぬその人は、ニコニコと人当たりの良い笑顔を浮かべる。
「ところで、あなたは?」
ここが死後の世界ということは、水先案内人のような存在だろうか。
「そうですね。落ち着かれているようなので、早速話を始めましょう」
そう言って、その人は手近な椅子に腰掛けた。
「改めまして、こんにちは。私は現世管理局人事部のタナカと申します」
改まった言い方に、自分も居住まいを正した。
「あ、えと、はじめまして。
「臼倉さん、あなたは死にました」
「はい」
「通常、死んだ魂は冥界、つまりここで生前の行いを精算し、魂を初期化されて現世へと戻されます」
「現世へと戻る?」
「はい。輪廻転生というやつですね。新しい命として生まれ変わるわけです」
「なるほど」
「本来、転生条件は選べません。現世管理局のものが規定に則り決定します。まあ、参考程度にご本人の意向を伺うことはありますが」
つまり転生後にどうなるかは完全にガチャというわけだ。まあ、選べるならこんなスペックにはしなかっただろう。
そんな風に思いつつ頷いた。
「ですが、ここで臼倉さんにご提案があります」
「提案?」
「はい。実は現世管理局は大変な人手不足でして、猫の手も借りたい状況なのです」
そこで自分の灰色の脳細胞がピーンとひらめいた。
「えーっと、もしかして、それは亡者の手も借りたい状況、ということですか?」
そう答えると、タナカさんは大きく頷いた。
「その通りです。つまりご提案というのは、私たちと一緒に現世管理局で働きませんか、というものでして」
「はぁ。事情は分かりましたけど、自分、バイトすらしたことないんですが」
現世管理局などと明らかに堅そうな職場で、自分がまともに働けるとは思えなかった。
「ご心配には及びません。人事部で適性を見て配属先を決定いたします。研修制度も充実しておりますし、各種福利厚生や風通しの良い職場環境等、働きやすさは保証いたします」
「は、はぁ」
グイグイ来るタナカさんに若干引いてしまう。しかし、タナカさんは完璧な営業スマイルと共に話し続ける。
「それにですね。このお話は臼倉さんにとっても大変魅力的な提案のはずです」
「魅力的?」
首を傾げると、タナカさんは笑みを深める。
「私たちが労働の対価としてお渡しするのは、お金ではありません」
「まあ、もう死んでるのに金を渡されても仕方ありませんよね」
「そう、私たちがお支払いするのはカルマポイントです」
「カルマポイント?」
「はい。カルマポイントを貯めることで、ポイント数に応じて転生条件を選べるようになります」
その言葉に自分はカッと目を見開いた。
「そ、それはつまり、ポイントを貯めれば好きにキャラメイクして生まれ変われるってことですか⁉」
興奮気味にそう言うと、タナカさんはコクリと頷いた。
「そうですね。選びたい条件によって必要なポイント数は異なりますが、例えば生まれる国や地域、ご自身の身体的特徴や能力など」
「能力も⁉」
ということは、ポイントを稼ぎまくれば来世はチート能力マシマシで超絶美形の石油王の子に生まれ変わることも夢じゃない!?
「はい。まあ、能力といっても――」
「やります!」
自分は食い気味にそう言った。
「良かった。臼倉さんならそう言ってくださると思っていました」
先程何かを言いかけていたような気がしたが気のせいだろうか。
「では早速手続きと参りましょう」
タナカさんはそう言うと、どこからともなく契約書を取り出した。
「こちらにサインをお願いします」
ズイッと差し出された契約書。しかし、こんなに簡単に契約をして良いものだろうか。あまりに話がうま過ぎる気がして、警戒心が働く。
「え……っと、あの。それよりさっき何か言いかけませんでした?」
タナカさんの顔色を伺うように尋ねると、これまで完璧な営業スマイルを崩さなかったタナカさんが、急に残念そうにため息をついた。
「臼倉さん。先ほども申し上げました通り、私たち、人手が足りず、忙しいのです。残念ですが、臼倉さんにその気がないようでしたらこのお話はなかったこと――」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
その様子に自分は慌てた。少々浅慮な気はするが、これは千載一遇のチャンスだ。自分みたいなモブキャラは、きっと転生してもこれまでと同じようなしょうもない人生を送るだろう。しかし、ここでカルマポイントとやらを貯めれば、バラ色の人生を送ることも不可能ではないはずだ。
「やっぱりやります! サインします!」
そうして自分は差し出された契約書に言われるがままサインをした。
「ありがとうございます。臼倉さんが話のわかる方で助かりました」
タナカさんは営業スマイルを取り戻すと、スッと右手を差し出した。
「では、これから目標に向かって頑張ってくださいね」
「あ、はい」
自分は差し出された右手を握り返す。握手なんて何年ぶり、いや、もしかして生まれて初めてではないか。
「では、こちらでしばらくお待ち下さい。別の者が配属面談を行いますので」
タナカさんはにこやかにそう告げると、その場に自分を残して白いもやのなかに消えてしまった。
「本当に、臼倉さんはチョロくて助かります」
去り際に放ったタナカさんのその言葉が自分の耳に届くことはなかった。
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