死んでから始まる亡者ライフは一筋縄では逝きません!?
神原依麻
第1話 僕らの亡者ライフ
目の前に広がるのは広大な青空。高度何千メートルなのかは定かではないが、ここが日本の上空なのは間違いない。もしこれがスカイダイビングの体験プログラムであれば、この空中散歩を楽しめたのかもしれない。
「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ」
しかしパラシュートはおろか、着の身着のまま何の装備もなく放り出された自分には、地獄へのカウントダウンでしかない。
「自由落下は楽しんでいるかね? 新入り?」
不意に声を掛けられ顔をあげる。
「る、瑠依様!?」
気付けば自分の真横に瑠依様の姿があった。
「いやいやいやいや何言ってんですか!? 落ちてますよ!?」
「そうだな」
「何でそんなに余裕なんです!?」
「逆に何をそんなに慌てているんだ?」
淡々と答える瑠依様に、自分は半狂乱で叫ぶ。
「何って落ちてるから! こんな高さから落ちたら人は死ぬから!」
「新入り、我々は既に死んでいるが?」
「はっ!」
その瞬間、自分の体は落ちるのをやめた。
「あ、あれ?」
「自覚したな」
「自覚?」
「そう、既に死んでいること。霊体であるということ。魂だけの存在が重さを持って落下しているという矛盾。そういったことへの自覚だ」
瑠依様は話しながら、フヨフヨと自分の周りを自由に漂っている。まるでそこに重力は存在していないとでもいう様に。
「は、はは。本当に自分、死んだんですね」
自分は力なく笑った。そう、自分は死んだのだ。享年十六歳という若さで。
「だいたい、自由落下しながら僕と会話出来ている時点でおかしいだろ?」
瑠依様は呆れたようにそう言った。何を隠そう、この瑠依様こそ、自分を日本の上空に叩き落した人物だ。見た目は七歳くらいだが、亡者としては自分より十年ベテランということらしい。
「……ソウデスネ」
はっきり言ってそんなことを考える余裕など一ミリもなかったが、逆らうとどうなるかは今、身に染みてわかったため、大人しく肯定した。
「こほん。では楽しいレクリエーションも終わったところで、早速だが実地研修に移る」
まさか今のがレクリエーションだったとは。色々と突っ込みたいこともあったが、『実地研修』という言葉に緊張が走る。
「遅れず僕についてこい」
◇ ◇ ◇
それから瑠依様の指示に従って、どこかの町の上空まで下りてきた。普段と変わらぬ日常を過ごしているであろう人々を目の当たりにすると、またしても自分が死んだのだということを思い知る。
こちらからは彼らが見えているが、彼らからこちらは見えないようだ。ここで何をやっても、きっと彼らは気づかない。
生きている間は、むしろそうであったらと思っていた。自分がどこで何をしていようと、誰にも認知されないでほしいと思ったものだ。
「よし、新入り。手を出せ」
少し感傷的な気分になっていると、不意に瑠依様がそう言った。
「はい?」
疑問に思いながらも手を差し出す。
ガチャ……
「って、うぉ⁉」
するとその手に何か重たいものを置かれ、落とさないように慌てて両手で掴んだ。
「……瑠依様、これ」
「見てわからないか? 銃だ」
「いや、そりゃまあ、見ればわかりますけど」
そう、それは確かに銃だろう。実物は見たことも触ったこともなかったが、刑事もののテレビドラマなどではよく見るタイプの銃だ。
「ところで人を撃ったことはあるか?」
世間話のように尋ねてくる瑠依様に、耳を疑った。
「いやあるわけないでしょう。自分はただの高校生ですよ」
「ではゲームセンターでゾンビなんかを撃ち殺したことは?」
「え? それくらいはまあ、ありますが」
「うん。ではその要領であれを撃ってみろ」
瑠依様は眼下を歩くセーラー服の子を指さした。
「はい!?」
聞き違いかと思ったが、瑠依様の目は真剣そのものだ。
「いいから撃て」
「え、いや、なぜ?」
「言っただろう。実地研修だ」
その言葉に戸惑いを隠せないでいたが、不意に自分の灰色の脳細胞がピーンとひらめいた。恐らくこの銃は練習用で、中には空砲のようなものが入っているのだろう。的がいきなり人間なのはどうかと思うが、そういうことなら急に撃てと言ってきたのも頷ける。
「わかりました」
自分はそう言って、瑠依様が指定したターゲットに近づいた。自分は幽霊なので、ギリギリまで近づいたところで誰にも見とがめられることはない。そうして外しようのない位置まで来ると、引き金を引いた。
バーン!
ブシュワッ!
瞬間、目の前が真っ赤に染まる。
「ええええええ!?」
「よくやった」
「瑠依様!?」
気づけば背後に瑠依様がいた。
「ちょちょちょちょっと! なんか撃っちゃったんですけど⁉」
慌てて瑠依様にそう言うと、瑠依様はうんうんと頷いた。
「そうだな。見事命中だ」
「いやそう言うことではなく! 何で弾出ちゃったんですか⁉」
「引き金を引いたのだから当然だろう?」
いや練習用じゃないんかい⁉
さも当然という様子の瑠依様に突っ込みたい気持ちはやまやまだが、そんなことよりターゲットの方が気になって目を向ける。すると、ターゲットは何事もなかったかのように平然と歩いている。
「あれ?」
確かに自分が撃って、血飛沫が飛んだはず。
「あ……」
そうして周りに飛び散ったそれに目を向けると、確かにそれは赤い液体のようではあったが、みるみるうちに蒸発して消えていく。
「成功だな」
瑠依様は満足げにそう言った。
「えーっと……え?」
何が起きたのか分からず呆然とする自分に、瑠依様が説明を始める。
「新入りが発射したのは通称『
いや、先に説明しろよ。
内心で突っ込みを入れはしたものの、口には出さなかった。
「新入りは見事、初仕事を成功させたわけだな」
「……つまり、自分の仕事はターゲットの恋心を消すことだったってわけですね?」
自分がそう尋ねると、瑠依様は静かにうなずいた。
「そう、僕と新入りの仕事。それは人の恋心を消し去ることだ」
自分がここに配属された理由が、少しわかった気がした。
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