第89話 別棟を目指して
「隊長、そろそろ着きますね」
「ああ、手筈通りにいくぞ」
リアムは並走するセオに返事をして、目を合わせ頷いた。その間も馬は止まらない。演習場へ続く道は用心のために通らず、市街地を挟んで国境に近い経路で遠回りをした。時刻は二十一時になろうというところ。オリビアが連れ去られて三時間ほどが経過している。焦る気持ちを必死に抑えながら前を見て馬を走らせた。
「では、私はこのまま進みます」
「ああ、私は身を隠して待つ」
屋敷へ繋がる道の最後の曲がり角。セオが馬の速度を早めたのに対し、リアムはゆっくりと失速した。そして馬と一緒に道から外れ、茂みの奥に身を隠す。胸ポケットから双眼鏡を出して屋敷の方を覗いた。セオが馬から降りようとしているところだった。
(正攻法で突破できるか?)
リアムはセオと協力し、まずひとりが騎士団員を名乗って門番に「道に迷ったので一晩休ませて欲しい」と言って屋敷に入れてもらえるか試そうとしていた。演習も盛んだった頃は騎士団に対し手厚かったペリドット家。やましいことがなければ通すはず。しかしセオは門番と少し話をしたのち馬に乗り、来た道を引き返してくる。
「セオ!」
道に出てセオを呼んだ。彼は馬の速度を緩めリアムを少し通り過ぎてから停止した。それから再び振り返り歩み寄る。
「隊長、ダメでした」
「そうか。門番の様子はどうだった?」
「はい。騎士団だと証明して、信じてはもらえたのですが……。伯爵に来客があり宿泊は認められないと。ご丁寧に市街地への地図と、宿屋には伯爵家づけで泊まってくれと一筆書いたメモまで渡されました」
リアムはセオが苦笑しながら渡してきたメモを受け取る。簡単な地図と伯爵家が宿泊代を支払うという言葉、さらに護衛のサインが記されている。
「なるほど、丁重にお断りされたわけか。まあ予想通りだな」
「では、塀から?」
かつての部下の問いに、リアムは「ああ」と肯首した。ふたりで茂みに入り、地図上で一番警備が薄そうな庭に面した塀を目指す。
「この辺りが庭ですね。まずは私が登ります」
「頼む」
セオがポケットから金具のついた細い金属製のロープを出した。金具をくるくると遠心力で回し、塀に向かって高く投げ飛ばす。金具が塀に引っかかり、それを伝って登っていく。
上から合図があったのでリアムも同じように塀に登り、ロープを掛け直して屋敷の敷地に滑り降りた。
「地図通り庭だな」
「はい。暗くて見えにくいですが少し周りを確認します」
庭は植木などで隠れ目立たず侵入するにはもってこいだが、相手の様子もわかりにくい。セオが暗がりの中、双眼鏡で周りを見つつ地図との差異がないか調べている。騎士団で鍛えられた夜目は健在なようだ。
そして何かを見つけたようにピンと背筋を伸ばす。リアムは彼が見ている方向を注視した。
「どうした、何か見つけたのか?」
「はい。屋敷の別棟なのですが、窓が一つもありません」
セオの言う通り、その建物には窓がない。通気目的と思われる、子供が通れるくらいの小窓はあるが、鉄格子がはめられていた。
「いかにも牢屋だな。セオ、あの建物を目指すぞ!」
「はい!」
リアムは周りを警戒しながらセオと庭を出た。別棟へはどうしても母屋の横を通らなければいけない。目立たないよう壁伝いに進もう。そう思った矢先だった。
「あ〜疲れたなあ、今日は」
「そうだな。朝まで長い、少し休もう」
使用人用と思われる簡素な戸が開き、男が二人出てきた。彼らは自主的に休憩しにきたようだ。それぞれ手に麦酒の瓶を持っている。そしてリアムたちと目が合うと、驚いて瓶を落とした。
「侵入者だ!」
セオがすぐに男たちに駆け寄り、ひとりを背後から締め上げ気絶させた。しかし、もうひとりは戸を閉め室内に逃げてしまった。追うのは得策ではない。リアムはセオに合図し別棟に向かって走り出した。
「きっとすぐに追っ手が来る。先に進もう!」
「かしこまりました!」
予想通り追っ手はすぐにやってきた。セオは投げナイフなどの飛び道具、リアムは肉体強化をして素手と剣で応戦しながら先を進む。そして別棟の前に辿り着く。
「鍵がかかっているな」
「隊長、私が開けましょうか?」
「いや、私が開ける」
一見屋敷と同じ白壁の別棟には似合わない重々しい鉄製の扉。リアムは右腕に魔力を集中して流す。すると腕は大きく太くなり、ついには服の袖が破れてしまった。その腕を曲げ筋肉の盾を作り、思い切り鉄の扉に体当たりをした。扉は大きく奥に歪み、鍵が壊れる。
早く助けなくては。きっと彼女は自分を信じて待っていてくれる。
そのとき、内側から光の矢が飛びリアムの前で止まった。オリビアからの知らせだ。リアムは扉を蹴って開くと棟の中に入り、光を辿って駆け出した。
>>続く
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