第90話 やってきた恋人
チャームから飛び出した光を見送りながら、オリビアは得意げに笑った。正面で見ていたエヴァ・ペリドットが額に青筋を立てている。彼女は唇を震わせながら怒りの言葉を口にした。
「騙したわね! わざと私に壊させて、魔道具を発動するなんて!」
眉のしわが深くなったエヴァに視線を移し、さらに笑みを深める。これで彼女は怒りから冷静な判断はできない。助けが来る前に移動するなど、対策しようとは微塵も思っていないだろう。オリビアはエヴァをさらに挑発した。
「あら、騙してなんかないわ。あなたが勝手に勘違いしてチャームをこわしたのでしょう?」
瞬間、頬に衝撃が走り乾いた音が牢内に響く。じんじんと熱い顔の左側と口の中に広がる鉄臭さ。頬を打たれたのだと、打撃で閉じた目を開き気づく。目の前のエヴァが肩で息をしながら、真っ赤な顔でオリビアを睨んでいた。
「そうやって、生まれながらの貴族様は他人をバカにするのが上手ね。あんた、私が何もできないと高を括っているでしょう?」
水色の両眼は鋭さを増す。銀糸の髪を強く引っ張られ、オリビアは痛みに呻いた。エヴァの顔が近づき、彼女は口角を上げた。
「痛いでしょう? 武器なんかなくてもこうして私はあんたを痛めつけることができる。この手で、その細い首を絞めて殺すことだってできるのよ」
「そんなこと、させない!」
そう言って、オリビアは頭を後ろに傾けた。そして腹に力を入れて体ごと頭を前に思い切り起こす。オリビアの額がエヴァの鼻に勢いよくぶつかった。
「痛いっ!!」
「でしょうね」
鼻を押さえてよろめくエヴァ。オリビアも額に鈍い痛みを感じていた。この一撃で怒りが最高潮まで達したであろう伯爵夫人。初対面の頃とは別人のようだった。感情に身を任せ声を張り上げている。
「許さないわよこのクソガキ! 絶対に生きて帰すものか!!」
エヴァが体勢を立て直し向かってくる。彼女が一歩踏み出そうとしたときだった。
「キャア!!」
「え?」
背後から吊られるように、エヴァの体が浮いた。奥には黒い影。そのまま彼女は入り口に引っ張られ、浮いた足をバタつかせた。だがすぐに動かなくなる。何者かに気絶させられたようだ。床に降ろされたエヴァは力無く壁にもたれている。さらに鼻から血が一筋流れている。オリビアは自分のせいだと察し、少しだけ彼女を気の毒に思った。
「オリビア嬢!」
「リアム様?」
牢の中に入ってきたのはリアムだった。怪我はないようだが、なぜか片腕だけ服の袖がない。何があったのだろう?
それでも、来てくれた。
彼に駆け寄りたかったが拘束され動けずもどかしい。リアムがナイフで縄を切る。やっとオリビアは自由を取り戻し、彼の腕の中で安堵の息を漏らした。
「怪我しているじゃないか。すぐに治す」
「ありがとうございます」
オリビアの頬が大きな手で包まれる。温かな魔力が流れ込み、頬の痛みは消え去った。さらに縄ですり傷になった腕や頭突きで使った額、馬車で打ちコブになっていた頭も治してもらう。
「他に痛むところはないか?」
「はい。もう平気です」
リアムがオリビアの髪を撫でながら、その手を頬に持っていく。顔を上げ、笑顔を向けると彼は困ったように眉を下げ笑った。少し潤んだ瞳からは、喜びや安心だけではなく、悔しさや不安も入り混じる複雑な感情も見える。
「本当に心配したよ。君が無事でよかった」
「リアム様。大丈夫だと言って出てきたのに、こんなことになって申し訳ありませんでした。けれど、必ず来てくれると信じておりましたわ」
両手を伸ばし、逞しく広い背中に回す。顔を傾け胸の辺りに耳を置くと感じる、愛しい人の体温と胸の鼓動。本当に助かったのだと心が落ち着くのを実感しながら、オリビアは先ほどまでの緊張が解け、静かに涙を流した。
>>続く
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