第67話 新たな問題

 それからオリビアはレオンの専属シェフが用意した豪華ランチをご馳走になり、午後の授業も真面目に受けて学院での一日を無事終えた。久しぶりの登校やクラスメイトの相手に加えて授業もあり、放課後にはもうクタクタだった。夕食も軽く済ませ、早めに寮に戻り、ひとまずソファに身を投げ出した。


「はぁ〜。疲れた! もうダメ、動けない。このまま寝てしまいたいわ」


「オリビア様、でしたら早めに寝支度を済ませてゆっくりベッドで休まれてはいかがですか?」


 ソファの傍に立つリタが、呆れ顔で肩を落とし息を吐く。オリビアは彼女に視線を移すと、わざとらしく大きなため息をついた。


「わかってないわねリタったら。こうして制服姿でソファに傾れ込んで、だらしなく過ごすのがいいのよ〜」


 さらに伸ばした足をバタつかせ、目を瞑る。が、照明で明るかったはずの視界が暗くなり、オリビアはその場でぴたりと身を固めた。


「オ・リ・ビ・ア・様〜!」


 まるでジョージと話しているときのように低めなリタの声。オリビアは圧を感じ「はい」と小さな声で返事をした。


「制服がシワになってしまいます! 今すぐ着替えてください!」


 室内に響く怒声。オリビアは脊髄反射するようにソファから飛び起き、急いで寝巻きに着替え、脱いだ制服を差し出した。


「これ、お願いしまーす……」


「もう、明日も授業があるんですから。気をつけてくださいね!」


「はあい」


 小言を言いながら制服の手入れをするリタに、オリビアは肩をすくめた。やはり彼女は怒らせてはいけない。自業自得とはいえ、いつもリタの鉄拳制裁に耐えているジョージを不憫に思った。


 制服の手入れが終わり、リタがオリビアの髪を手入れしていた。輝かしい銀髪をさらに美しく、滑らかにしようと髪を解く。オリビアは心地よさから睡魔に襲われ、瞼が重たく感じていた——そのときだった。


 オリビアは耳飾りが放った淡い光に反応し、ぱっちりと目を開いた。この場にいない誰かからの通信だ。振り返ってリタと目を合わせ頷き、通信に反応した。


「こちらリビー。どちら様?」


 オリビアは街に出るときの偽名、リビーを名乗る。約束していない日時の通信にはこうして警戒を怠らない。すると、すぐに相手から返事が返ってきた。


『オリビア様、セオです。急にご連絡してしまい申し訳ございません。人払いは完了しております』


「セオ、こちらもリタしかいないから平気よ。どうしたの?」


 セオが通信を使うときは会議か緊急事態のときだけだ。今日は会議の日ではない。緊急事態ということだ。オリビアは姿勢を正し話を聞く体勢を整えた。


『実は、ペリドットに動きがありました』


「え! 何があったの?」


『ペリドット伯爵は突然来月から領民の徴税の他、通行税や貿易税などを引き上げると通達したそうです』


「税金の引き上げですって?」


 オリビアはセオの言葉を聞きその場で立ち上がった。それほど驚いた。ジュエリトスでは領主の権限で税の引き上げができる。しかし安定した運営ができている領地では税額も安定する。領民の商売が潤っていれば自然と税収も増えるからだ。つまりまともな領地は簡単に税を上げない。


『オリビア様、税を引き上げるというのは一体どういうことなのでしょうか?』


 耳飾り越しにセオの困惑が伝わる。彼の疑問はもっともだ。不可解だとオリビアも思った。税の引き上げは慎重に行い、領民には準備できるよう一年前には伝えておかなくては。年度の途中で来月からとは、あまりにも急すぎる。オリビアは眉間に皺を寄せ「うーん」と唸った。


「理由はわからない。けれど急いでお金が必要ということね。なにか企んでいるのかもしれない」


『それとなく、娼館や各店舗にも客の動向を気にするよう伝えておきます』


「わかったわ。でも無理はさせないように。それからお兄様と従者のディランにも伝えて。引き続きお兄様には極力外出は控えてもらいましょう」


『かしこまりました』


 オリビアは小さく頷く。遠く離れた領地にいるセオに、意思がこもったしっかりとした口調で返した。


「よろしくね。週末は私たちもそっちに行くわ。セオ、あなたも気をつけてちょうだいね!」


『ありがとうございます、オリビア様。それではまた週末に』


 レオンとの決着がついたと思ったら、今度はペリドットか。セオとの通信が終わったあとも、オリビアはその場に立ち尽くし、新たな問題に思い煩っていた。


>>続く

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