第66話 王子として

 昼休み、オリビアはレオンに誘われ食堂の王族専用エリアに来ていた。護衛のジョージも一緒だ。相変わらず豪華すぎて落ち着かない。なるべく調度品などを視界に入れないよう、やや目を伏せて席についた。


「オリビア嬢、さっきはありがとう」


 オリビアが席に着くのと同時にレオンが言った。彼はいつもの華やかな笑顔ではなく、やや控えめに笑んでいる。これが彼の素の表情なのかもしれない。オリビアは彼に笑顔を返し「お気になさらないでください」と首を左右に振った。


「なんとなく微妙になった教室の空気が、君のおかげで変わった。本当に感謝しているよ」


「いいえ。それはレオン殿下がご自身の言葉でみなさんに説明したからですわ。それに、賠償についても彼らは納得していたように思います」


 レオンはオリビアの言葉に苦笑した。


「いや、僕は大したことはしていないよ」


「そんなことないですよ。私財を投じてクラブ棟の再建設や今回亡くなった動物たちの慰霊碑を建てるなんて、大したことだと私は思いますわ」


 オリビアは事実感心していた。王族、しかも直系で王子たるレオンであれば、理由をでっちあげただの不幸な事故にすることもできたのだ。あとは国庫や学院の寄付でクラブ棟を再建設してしまえばいい。


 しかし彼はそうしなかった。生徒たちの前で頭を下げ謝罪し、再建設のための費用も自腹とは。それでも足りないとすら思っている彼はやはり国民を統べる王族なのだと改めて感じる。


「できることがそれくらいしか思いつかなかっただけだ。でも君にそう言ってもらえて少しは気が晴れたよ。ありがとう、オリビア嬢」


 レオンが濃い紫色の瞳を細めた。だがそれはすぐに真剣な眼差しに変わる。彼は「それでね」と言ってやや身を乗り出し、話を続けた。


「この前話せなかったけど、事件のことを説明させて欲しい」


「はい」


 オリビアはレオンと目を合わせ、こくりと頷いた。事件には謎が残っている。

 幻覚で見せるはずだったのに、本物にすり替わってしまった炎。

 レオンの護衛、オリバーが事件直後から不在であること。

 レオンも頷き返してから、低めの声色で話し始めた。


「まず、やはり全ては僕に原因がある。その上で聞いて欲しい。あの日、クラブ棟に火を放ったのは僕の護衛、オリバーだ。本来ハリーが幻覚を見せる役割で、オリバーは人払いをする予定だった。だがオリバーはハリーを気絶させ、その間に火炎の魔法道具を使った」


 状況から予想はしていた。事件の日にハリーは頭部に怪我をしており、オリバーが行方不明となっていたのは救助されたときにジョージから聞いていた。だがオリバーがそこまでした理由がわからない。オリビアは首を捻った。


「オリバー様は、なぜクラブ棟に火を放ったのでしょうか?」


「それも、僕のせいだ。オリバーに君や周辺人物の調査を頼んでいたが満足な結果を得らえられなくてね。彼はアメジスト侯爵家の出身で典型的な貴族だ。プライドが高い彼を僕は叱責した。それで鬱憤を晴らすために今回の行動に出たと思っている」


 オリビアは絶句した。


 いくらプライドが高く叱られたことが不満だったとはいえ、ここまでのことをするのだろうか? 一歩間違えば生徒や最悪レオンも命を落としていた。


 驚きの表情を浮かべ固まるオリビアを見て、レオンの隣に控えていたハリーが口を開いた。


「オリバーも、実験クラブへの引火は想像していなかったのだと思います」


「ハリーの言うとおりだ。あまり深くは考えていなかったのだろう。オリバーはあの事件以来、実家に戻っている。僕が無理な調査を命じたのが原因だから、どうか彼のことは許して欲しい」


 レオンが静かに頭を下げた。オリビアは彼を見つめながら軽く息を吐く。


「顔を上げてください、レオン殿下。オリバー様のことはお任せいたします」


「ありがとう、オリビア嬢」


 顔を上げたレオンが笑顔を浮かべた。王族の彼が田舎貴族の自分にわざわざ頭を下げたのだ。これ以上は追及できるわけがない。いろいろ思うところはあるものの、言葉の通り、オリバーについては今後も触れないと心に決めた。


>>続く

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