第63話 約束のプレゼント

「オリビア様、そろそろお茶の時間ですので私は準備をしてまいります。アレキサンドライト公、失礼いたします」


「あ〜俺もディランのやつがエリオット様と出かけて不在らしいんで、郵便チェックとかしてきますわ〜。アレキサンドライト公、ごゆっくり」


「え、ちょっと! ふたりとも!」


 オリビアが話を始めようとしたとき、リタとジョージが揃って部屋を出ていった。彼らを引き止めようとするも間に合わず、オリビアは室内にリアムと二人、残される形となった。


(どうしよう、ふたりっきりだわ……)


「オリビア嬢、こっちに座って話さないか? 君も疲れただろう」


「え、あ、はい! 少々お待ちください」


 数日ぶりに会ったリアムに今さら緊張するオリビア。彼の呼びかけに、急いで引き出しから小さな箱を取り出した。


「お待たせいたしました」


「オリビア嬢」


「はい?」


 オリビアはリアムの正面、先ほどまでレオンが座っていたソファに腰を下ろそうと屈んだ。しかし、それはリアムに阻まれる。自分を呼ぶ声にオリビアが視線を向けると、リアムはソファの片側半分のスペースを空けてその場所をポンポンと手で叩いている。


「こっちにきて、オリビア嬢」


「は、はい……」


 言われるまま彼が空けたスペースに腰を下ろすと、リアムがみんなと一緒にいたときより柔らかい笑顔を向けている。彼からの愛情たっぷりの視線を受け止めたオリビアは自分の胸の鼓動が大きく、少し早まったと感じた。頬や耳が熱いのもきっとそのせいだ。


「オリビア嬢、今日は疲れただろう? 私のことも呼んでくれてありがとう」


「いいえ、そんな……。私の方こそ、ここまで会いにきてくださって嬉しいです。ありがとうございます」


 リアムがオリビアの手を取り、大きな手で何かを確かめるように撫で、優しく指先を握ったりしている。オリビアの顔はさらに熱くなっていた。


「君は……手が小さいな」


「リアム様の手が大きいのですよ」


「指もこんなに細い。オリビア嬢、君はこの小さな手で領地やこの国を守ろうと必死にがんばっていたんだな」


「私だけのがんばりではありません。兄やリタ、ジョージがいましたから……。昔、クリスタル家が越してきたとき、この地は荒れ果て、人が住める状態ではなかったそうです。ひいお祖父様やお祖父様はそれでも諦めず、慕ってついてきてくれた領民や近隣で居場所を失った民達と力を合わせ今のクリスタル領があるのです。だから、私もこの地を王都にも負けないくらい立派な領地にしたいと思ったんです」


 いつの間にか、触れ合っていた手は指を組むように繋がれていた。オリビアは先ほどまでの緊張が少し和らぎ、今度はリアムの温かい手に心地よさを感じていた。


「オリビア嬢、実は私は……リタやジョージに少し嫉妬していた」


「え?」


 繋いだ手元を見ていたオリビアはリアムの意外な発言に顔を上げた。彼は苦笑いで話を続ける。


「君の利発でなんでも自分でやろうとする積極的なところは本当に素晴らしいと思うんだが、少し頼って欲しかったというか……。リタやジョージには甘えているのに、恋人の私には少し遠慮がちだったのが寂しかったんだ」


「まあ……」


「つまらない嫉妬なんだが。けれど今回、クラブ棟が火事になり私を頼ってくれて、本当に嬉しかった。そして君を無事助けることができて、本当によかった」


 オリビアを見つめる深緑の瞳が優しく弧を描く。それを見ているだけでオリビアは心の奥がじんわりと温まっていった。そういえばいつも彼の愛情は決して無理強いすることはなく、ただそこに佇んで包み込むような優しさに満ち溢れていた。


「リアム様、ありがとうございます。あの、これを……受け取ってくださいますか?」


「ありがとう、開けても?」


「はい、もちろん」


 オリビアは引き出しから持ち出していた小箱をリアムに渡した。彼が箱を開け、中身を確認する。


「これは……!」


 箱の中には、以前帰省した際に街のアクセサリー店「モアメッド工房」で依頼した品物が入っていた。


「私の魔法を明かすことができたら、渡そうと思っていました。私や従者達がつけている耳飾りです」


「素敵だ……。このデザインは……花?」


「はい。桜という花で、ステファニーがいる世界にある薄いピンク色の花です。春になると木にたくさん咲いてそれは圧巻なのですよ。私も大好きなので……」


 リアムに渡した耳飾りは耳の高い位置にとめるプラチナ製。この世界にはない先端が少し先割れた花びらが八重に重なった花を彫って、その中心にはみんなとお揃いのクリスタルをあしらったものだった。


「そうか、サクラか……。ありがとう、とても気に入ったよ。大切にする」


「気に入っていただけて嬉しいです。デザインした甲斐がありますわ」


 オリビアは彼が目をキラキラと輝かせ喜ぶので嬉しくなり、自然と顔が綻んだ。恥ずかしいので内緒にしておこうと思ったデザインのことも口を滑らしてしまう。


「これを、君が?」


「はい……。内緒にしておくつもりだったのですが……」


 恥ずかしくなって俯くオリビアの顔にリアムの手が触れる。頬を包まれ、そっと顔を持ち上げられ彼と視線が交わった。


「オリビア嬢、今まで手にしたどんなものより嬉しいよ。本当にありがとう」


 白い歯を見せ、少年のように笑うリアム。オリビアは彼の喜びに満ちた表情を見て、自分も嬉しくなり、同時に胸の奥が締めつけられるように切なくなった。彼への愛しさが溢れ出して、涙が出そうなほどの大きな感情となっていた。


「……リアム様、私もこんなに喜んでもらえて、嬉しいです。私は……心からリアム様をお慕いしております」


「オリビア嬢!」


 ぎゅうと、オリビアの細い体はリアムに抱きしめられた。感じるのは自分よりも少し高めな彼の体温と、早鐘を打つようなお互いの鼓動。


「リアム様、あなたが私の婚約者で……恋人でよかったです」


 リアムも緊張しているのだとわかると、不思議とオリビアの心は落ち着き、いつもなら恥ずかしいと思うようなこともスラスラと口にできた。オリビアがリアムの背中に手を回すと、彼は大きく息を吐いた。


「早く結婚して……君を私の部屋に連れて帰りたいよ」


「ふふっ、リアム様……。学院の卒業まではお待ちくださいね」


「一年半はあるじゃないか。長いな」


 抱き合いながら他愛もない会話を交わす。幸福感がオリビアの心を満たしていった。


「オリビア様、失礼いたします。お茶とお菓子を……!」


「リタ!」


 コンコンとノックの音から間髪入れずに部屋のドアが開く。オリビアはリアムと抱き合ったままの状態でリタと目が合った。彼女はティーセットのワゴンを目にもとまらぬスピードで部屋に押し込み、顔を真っ赤にして後ずさっている。


「も、申し訳ございません! まさかお取り込み中とは……。お茶とお菓子を置いていきますねっ」


「リタ、これは違うのっ。ちょっと待って!!」


「いえいえ、ごゆっくりなさってください! では!」


「リタ〜!!」


 その後、オリビアは部屋から猛ダッシュで離れたリタの誤解を解くのに随分と苦労した。


>>続く


ここまで読んでいただきありがとうございます!

第七章本編はここで終了です☺️

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引き続きよろしくお願いします!

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