第60話 繋がるとき
今度は机の引き出しの一番下の段だった。
ある日、勉強用に隠し持っていた領地の経営資料を取り出そうと引き出しを開けると、そこにはまた見たことのない道具があった。
「え、なにこれ? 鏡……にしては暗いし……」
それは、ガラスと金属でできた板だった。暗いガラス面に自分の顔が映っている。オリビアは興味からガラス面に手を伸ばした。
「え! これは……」
ガラス面に指が触れた途端に板は光り、男性と女性の人物画が浮かび上がった。それが絵と呼ぶにはずいぶん細かい、まるで生きた人間をそのまま閉じ込めたような芸術品に見える。
オリビアは言葉を失うほど驚いた。現代のジュエリトスではありえない技術はもちろん、さらに驚かされたのは、男性と並んで笑顔を浮かべている女性が自分によく似ていたからだった。おそらく年齢は兄エリオットと同じくらいで、一七、一八歳だろう。
「銀髪に、ピンク色の瞳……」
「お嬢様、エリオット様から手紙がきてますよ」
「ジョージ! ちょうどよかった!」
ノックと共に、護衛のジョージが自分を呼ぶ声が聞こえる。この板についてはもう兄の仕業とは思っていなかった。オリビアは以前の自分の仮説も疑い、急いで護衛を部屋に通し、持ってきてもらった手紙を受け取り貪るように読んだ。
「お、お嬢様。どうしたんですか? 顔が怖すぎますよ」
「……やっぱり。私、間違ってたのね」
「はあ?」
顔をしかめ首を傾げるジョージを見ることもなく、オリビアは再び下段の引き出しを開ける。
「あれ? ない……」
「もうさっきからなんなんですか? 何か探してるんですか?」
先ほどまであったはずの不思議な板がなくなっている。オリビアはジョージに返事をすることなく引き出しの中をガサガサと漁った。何度見てもなくなっている。いったいどこへ消えてしまったのか。
「ちょっとお嬢様、聞いてます?」
「ああ、ごめんなさいジョージ。大変なことが起こったのよ」
やっとジョージが視界に入り、オリビアは平謝りしながら今起きたことを説明した。今ここにあった不思議な道具が消えたと言って信じることの方が無理な話ではあるが、万年筆の件もあり彼はオリビアの話を否定しなかった。
「なるほどですね。万年筆はエリオット様からの贈り物ではないし、そもそもそんなもの王都にも存在しないか……。んで、その不思議な板も消えてしまったと」
「そうよ。それに板に描かれた、私によく似た女性の絵も気になっているの……」
「銀髪にピンクの瞳の人間なんて、聞いたこともないっすよ……」
「うーん、そうよね……」
オリビアはジョージと一緒に眉を寄せ唇を結んで唸った。
起きた事柄を整理して考える。
まず、引き出しの中に突然現れたニュー万年筆。兄からのプレゼンントと思い込み愛用していたが実際は違った。
そして今日見つけた不思議な板。昨日まではなかったもので、引き出しにしまったほんのわずかな時間のうちに消えてしまった。
「ねえ、ジョージ。私この万年筆を使ってしまっていたかしら?」
「いや、俺が見ていたときは肌身離さずって感じでしたね」
「そう……わかったわ!」
「え、何がわかったんすか?」
オリビアは目を見開き口の端を上げた。ジョージが驚いた様子で一歩後ずさっているが気にならない。万年筆が残り板が消えたからくりが、なんとなくわかったことで頭がいっぱいだった。
「引き出しよ。私、万年筆は自分で持ち歩くか机の上に置いていたの。手に入れてから一度も引き出しにしまっていないわ。けど、さっきの板はしまったの……たぶん、この引き出しに何かあるわ」
「引き出しに……っすか?」
まさかと言いたげなジョージの言葉に、オリビアは力強く頷いた。
「ええ、これからは小まめに確認するわ。ジョージも手伝ってね。あとはリタにも協力してもらいましょう」
それからオリビアはジョージとリタに協力してもらいながら毎日就寝まで一時間に一回引き出しの中を確認した。
そして、三日後あの板は再びオリビアの前に姿を現した。
「出たー!! リタ、ジョージ見て! これよ!」
「まあ、なんと不思議な板……」
「確かに、ジュエリトスの物ではないっすね」
オリビアの呼びかけに、リタとジョージも板を覗き込んでいる。オリビアはこの板がなんなのか調べようとと、先日のように暗いガラスの面に指を置いた。
「きゃあっ!」
「うわ!」
ガラス面が光り、リタとジョージが驚いている。その後は前回同様女性と男性の絵が写っていた。
「驚かせてしまったわね。実は、これを見て欲しかったの」
「この方は……オリビア様によく似ていますね」
「確かに似てますね。けど、こんな人見たっことないっすよ」
両親のどちらにもあまり似てないオリビアだが、見れば見るほど絵の中の彼女とはよく似ている。しかし、これだけ似ていればおそらく親戚の中でも話題になるはず。けれどオリビアは一度もそんな話を聞いたことがなかった。
「……あ、もしかして……」
「え、覚えあるんすか?」
ジョージの問いかけに、オリビアは首を捻りながら口を開いた。正直辻褄も合わないし信ぴょう性が定かではない。
「昔、亡くなったお祖父様が言っていたの。「お前は私の叔母に似ている」ってね」
「え、お祖父様って……」
「五年前に亡くなっているわ。七八歳でね」
「じゃあ、その叔母さんてことは、相当な……」
「そうね。だからおかしいのよ」
オリビアは板を机の上に置いて大きく息を吐いた。今度はジョージが板を手に取り、ガラス面を指でいじったり、裏面を覗き込んだりした。
「わ!」
「なに?」
突然「カシャン!」という音が板から聞こえ、一瞬強い光を放って消えた。驚いたジョージがその場で板を落としてしまっていた。
「ジョージ、大丈夫?」
「ああ、すいません。なんか急にこの部屋とお嬢様が画面に映ったんで驚いて……」
ジョージの言葉に驚き、落ちた板を拾ったが指を触れても画面にはオリビアではなくよく似た彼女が映っただけだった。
「私もそれが見たかったわ……」
オリビアは今後この板がなくならないよう引き出しにしまうことをやめ、毎日少しずつ調べようと意気込んでいた。これは一体なんなのか、どこからきたものなのか、描かれている女性と男性は誰なのか……。知りたいことがいっぱいで、その日は興奮してなかなか眠りにつけなかったほどだ。
しかし、その答えは翌日、あっさりとわかってしまうのだった。
「ん? なんの音楽かしら?」
朝、オリビアが支度なども済ませ朝食を終えて部屋に戻ると、室内に聞いたことがない音楽が流れていた。蓄音機の音とは全く違う。聞いたこともない音色だった。急いで机に向かい駆け出す。
「これは……?」
やはり、音はあの板からのものだった。そして、ガラス面にはいつもと違う絵が描いてある。文字も書いてあるが読めない。特に気になったのは画面の下部にある赤い丸と緑の丸だった。
「なんだか、どちらかに触れないといけない気がする……」
なんとなく赤は危険な感じがした。オリビアはおそるおそる緑色の丸に触れた。
>>続く
ここまで読んでいただきありがとうございます!
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