第七章 オリビアの魔法

第58話 来訪者たち

「オリビア様、おはようございます」


「リタ、もう朝? まだ起きたくない〜」


「いいえ、起きていただきます。いつもより遅いくらいなんですから」


「ええ〜。いいじゃない学校だって休みだし、お店はセオに任せているし、私やることないのよ」


 朝。オリビアは支度に来た侍女のリタから視線を逸らし枕に顔を沈めた。

 彼女と護衛のジョージと一緒にクリスタル領に戻ったのは三日前。

 クラブ棟が炎上、最終的には実験クラブの薬品に引火し建物が倒壊してしまったため、貴族学院は二週間の休校となったのだ。


「お休みとはいえ、今日はお客様がいらっしゃる日ではありませんか。悠長にしてはいられませんよ」


「は! そうだったわ! 今何時?」


 オリビアは慌てて上体を起こした。傍には呆れ顔のリタが立っている。

 彼女は息を吐き室内の時計を指した。


「もう九時でございます。お客様がいらっしゃるのは十時ですよ」


「大変! もう時間がないじゃない! なんでもっと早く起こしてくれなかったのよリタ〜」


 口を尖らせながらベッドを出る。テーブルの上にある軽食に手を出そうと歩きだしたオリビアの前に、リタが立ちはだかった。彼女は両手を腰に当て、額にはうっすらと青筋が浮かんでいた。


「オリビア様! 私がこの部屋に来たのは七時で、あなたを起こすのは本日五回目でございます! お菓子など食べている場合ではございません、お支度をしますのでさっさと座ってくださいませんか?」


「は、はい……」


 リタの表情があまりにも恐ろしく、思わず彼女のウェーブがかった髪の毛が蛇のようにも見えてしまったオリビア。言われるままおとなしく椅子に座った。


十時。なんとかギリギリで準備を終えたオリビアは、屋敷の門の前に立ち涼しい顔で客たちを迎えていた。


「ようこそおいでくださいました。わざわざこのような辺境までご足労いただきましたこと、感謝申し上げます」


「こちらこそ、招待してくれてありがとう」


「オリビア嬢、会えて嬉しいよ」


 オリビアは彼らの返事を聞いて、深々と頭を下げた。そして、顔を上げにっこりと微笑んだ。


「レオン殿下、リアム様。さあ、早く屋敷の中へ」


 オリビアはレオンとリアムを屋敷の中に案内し、家族たちと昼食を共にした。

 オリビアの父はまさか王子が自分の屋敷に現れるなど予想していなかったため、食事中ずっと手が震えっぱなしだった。それを見てオリビアは兄のエリオットと顔を見合わせ苦笑した。


「さあ、私の部屋はこちらです。お入りください」


 食事を終え、オリビアはレオンとリアムを自室へ案内した。

 念のためジョージとリタに周囲の確認をさせ、彼らの目配せに静かに頷く。


「おふたりとも、どうぞお掛けください」


 レオンとリアムは頷いてからソファに座った。そして、オリビアが口をひらく前に、レオンが話し始める。


「ふたりとも、今回の件……全て僕の責任だ。本当にすまない」


「殿下……」


 レオンは座りながらも正面に座るリアムとオリビアに頭を下げた。恐縮するリアムに対し、オリビアは黙ってレオンを見つめていた。


 このまま「もういい」と言っても彼は納得しないだろうと思っていた。


「では、まずはレオン殿下のお話をお聞きしましょう。リアム様、よろしいでしょうか?」


「ああ、かまわないよ」


「オリビア嬢、リアム、ありがとう」


 レオンがリアムとオリビアに礼を言って深呼吸した。そして、再び口を開く。


「僕はから、オリビア嬢を妃候補として監視していた。特に君の持つ魔法が知りたくて。そのためにさまざまな工作をした……。結果、あの日幻覚で見せるはずだったクラブ棟の火が本物に変わってしまい、大事になったんだ。ふたりとも僕のせいで……本当にすまなかった」


 オリビアは冷静にレオンからに謝罪を聞いていた。しかし、事情がわからないリアムは動揺を隠せず、目を見開いている。


「そんな……では、まさか私とオリビア嬢の婚約保留の件も……」


「ああ、僕が父上にお願いした」


 レオンが頷く。それに対してリアムが感情を抑えきれないといった様子で立ち上がり、声を荒げた。


「なんということを! 私たちがどれほど苦しんだか! オリビア嬢がどれほど悲しんだか……」


「リアム様! 落ち着いてください!」


 オリビアはとっさにリアムに縋りつき彼を制止した。リアムが再びソファに座り大きく息を吐く。


「リアムの怒りは当然だ。それに僕はオリビア嬢や生徒たちの命さえも脅かしてしまったんだからね。謝って許されることとは思っていない。けれどもう一度言わせてほしい。本当にすまなかった。僕にできることならなんでもする」


 深く、頭をできるだけ床に近づけ頭を下げるレオン。オリビアは彼の震える肩に手を伸ばした。


「レオン殿下。もういいです、顔をあげてください。私も魔法を探られていることがわかっていたのに、それが「なぜ」かというところまでは考えませんでした。結果、腹の探り合いのようになってしまい今回のことに……。もっと早く話し合うべきだったと反省していますわ」


「オリビア嬢、僕は……」


 顔を上げ目を潤ませているレオンに、オリビアは優しく微笑みかけた。


「あのとき、火の手が迫る中、レオン殿下は私を救おうと必死になってくれました。それで充分なのです。ね、リアム様?」


「オリビア嬢が、そう言うのなら……」


 オリビアに問いかけられたリアムは少しだけ複雑な心境なようで、珍しく唇を尖らせながら返事をした。彼に納得してもらうためには話を進めなくてはいけないとオリビアは一度大きく息を吐いた。


「リアム様、レオン殿下にも事情があるのです。それを説明するには私の魔法についてお話しする必要があります。そしてこれは……きっとレオン殿下が知りたいことに答えることにもなります。お二人とも、どうか聞いてくださいますか?」


「ああ」


「もちろん」


 オリビアは穏やかに彼らに語りかける。レオンとリアムは身構えるように顎を引き、姿勢を正して頷いた。


>>続く


大変お待たせいたしました!

新章スタートです!

よろしくお願いします☺️

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