第53話 オリビアVSレオン最終決戦〜序章〜
週が明けて月曜日の朝、王宮内のレオンの部屋では彼が護衛のふたりに焦りを滲ませた声で指示を出していた。
「オリビア嬢との約束の日まであと二週間を切った。このままだと何の収穫もないまま彼女とリアムの婚約話が進んでしまう……。なんとかしなくては」
当初二ヶ月あったオリビアとリアムの婚約保留期間は気がつけば残り二週間となっていた。その間、トラブルはあったもののオリビアとは友人として親しくなり、彼女の警戒心を解くことに成功し、侍女リタの魔法も判明した。こうして狙いをオリビアに定めるに至ったが、もうゆっくり時間をかけることはできない。
「オリバー、ハリー、打ち合わせ通りに頼むよ」
「「はい。かしこまりました」」
「頼りにしているよ。さあ、行こう」
従順に頭を下げる護衛たちを促し、テーブルに置いていたクラブ棟の鍵を手にする。そして、レオンは美しいと称される金色の髪の毛をかき上げ、護衛たちが開けた部屋の出口に向かい歩き始めた。
「オリビア嬢、今度こそ君の正体を暴いてみせるよ……」
一方、学院の寮ではオリビアが朝の支度に取り掛かっているところだった。リタに朝の身支度を任せながら、視線は彼女の唇に向いてしまう。
「オリビア様、どうかされましたか?」
「え、いいえ。なんでもないわ」
「そうですか……」
心配そうに自分を覗き込むリタから顔を逸らすオリビア。不可抗力かつ人命救助のためとはいえ、意中の相手と唇を重ねた彼女がずいぶんと大人に見えた。
「ねえリタ」
「はい、オリビア様」
「あなた、本当に覚えてないの?」
「なんのことでしょうか?」
リタが首を傾げる。オリビアはそれを白々しいとすら思った。
「エルとのことに決まっているじゃない」
「エルとのこと……!!」
リタが顔を真っ赤に染めている。オリビアはそんなときでもリタの唇から目が離せなかった。その視線の意味にも気づいたのか、彼女は少し顔を背けつつオリビアに反論する。
「もう、オリビア様! 覚えていませんしアレはそういうものではありません。エルはただ私を助けてくれようとしただけで深い意味などないのですっ!」
「まあ、そういうことにしておきましょうか」
「そういうことなのです!」
「はいはい」
ムキになっているリタをあしらいつつ、オリビアは寮を出てジョージと校舎に向かった。
「お嬢様、なんかぼーっとしてますね」
「そうかしら?」
オリビアはジョージに指摘されて、週末からずっとキスのことばかり考えていると気づく。あからさまにいつもと様子が違う自分が恥ずかしくなりごまかしてみたが、ジョージには通用しなかった。
「お嬢様、この前のこと考えているでしょう。エッチ」
「な、なによ! 私は別に……」
「なーに想像してたんだか」
口ごもらせながら頬を染め曖昧な返事をしたオリビアは、ジョージの表情が自分やリタをからかうときの不快なにやつきに変わるのを見て、彼に背を向け駆け出した。
「もう、ジョージ。そういうのは遠いどこか、遙か彼方の異国で『セクハラ』というのよ!」
「そんなこと言ったら最近のお嬢様なんて『パワハラ』ですからね!」
「なによ! 私のどこが……」
自分を追い越し意地悪な笑みを浮かべているジョージに顔をしかめ、オリビア小走りで校舎へ逃げていく彼を追いかけて走った。
教室についたオリビアはジョージに「お望みなら『パワハラ』してあげるわ」と憎まれ口を叩き、ボーナスの査定で彼を脅してから授業に参加した。
恨めしそうな目でこちらを見ているジョージのことは完全に無視し、教師の話を聞いているフリをしながら全く別のことを考える。
(キスって……どんな感じなのかしら? 正直こんななんの役に立つかわからない歴史の授業より、恋愛ごとの作法や指南をしてほしいわ。ここは貴族のお見合い会場なんだから)
かなり自分勝手な要望を心の中で訴えかけながら、教師を見るオリビアの眼差しは真剣そのものだった。そして、さらに思案は深まっていく。
(私もいつか……するわけよね。リアム様と。事前に段取りを確認しておいた方がいいのかしら? 経験豊富そうなジョージに聞く? いいえ、ロクなことを教えてくれないわ。いっそリアム様本人に?)
「……嬢」
「そもそも、リアム様ってキスしたことあるのかしら?」
「オリビア嬢! なにブツブツ言っているの?」
「え?」
気がつくと教室内に生徒はほとんどおらず、目の前にはレオンが立っていてオリビアの顔を覗き込んでいた。
「レオン殿下、いつからここに?」
首を傾げるオリビアに彼はため息をついて唇を尖らせた。隣ではジョージがやれやれと言いたげに肩をすくめていた。
「さっきから何回も呼んでいたよ。もう昼だよ、君はいつまで歴史の教科書を出しているの?」
「え、お昼……?」
「そう、昼休み。君に用があったんだ。今日の放課後、クラブ会議だからね」
「クラブ会議ですか……。承知いたしました」
「それじゃあ、忘れないでね」
オリビアが会議の参加を返事すると、レオンは満足げに笑みを浮かべて教室を去った。それを見届けて、ジョージを睨みつける。
「ジョージ、あなた気づいていて黙っていたでしょう?」
「いえいえ、俺も授業に集中していてお嬢様のことは見ていませんでしたから〜」
ニヤニヤと緩み切った口元が憎たらしい。オリビアは大きな息を吐いて席を立った。
「あっそ! わかったわ、集中していると周りが見えなくなるものね。しょうがないわ。さあ、お昼ごはん食べに行きましょう」
「へいへ……痛っ!」
一緒に教室を出ようとしたジョージが眉を寄せ足元を注視している。そこには彼の足に重なったオリビアの足が。
「あ〜ら、ごめんなさいジョージ。私ったら周りが見えなくなっていたわ」
「そうきましたか……。ホント気が強すぎ。かわいくない」
思い切り踏んでやったせいかジョージが目を潤ませながらこちらを睨んでいる。オリビアはふんっと鼻から息を吐きそっぽを向いてから返事をして歩き出す。
「なんとでも言えばいいわ。さあ行くわよ」
「へいへい……」
そして昼食と午後の授業を終え、オリビアは放課後を迎えた。ジョージとクラブ棟に向かおうと席を立つ。
「ヘマタイト君、今日は当番の日だね? この資料を資料室まで運んで整理ほしいのだが……」
教室を出る前にジョージが担任のジョン・トルマリンに引き止められた。日替わりの当番の日は彼個人の雑用を頼まれることも少なくはない。今日はその中でも手間のかかる資料の整理だ。ジョージが目元を引きつらせ苦笑いをしている。
「わかりました。お嬢様すみません、ちょっとつき合ってもらえますか?」
「わかったわ」
仕方がないのでオリビアも手伝うべく、資料を取ろうと手を伸ばした。が、その手は資料に触れることはなかった。背後から自分を呼ぶ声が聞こえ、振り向いたからだ。
「オリビア嬢、だったら僕と一緒にクラブ棟に行こうよ」
「レオン殿下、ですがさすがに護衛抜きでは……」
オリビアはためらい、チラリと背後に立つジョージに視線を送った。彼も小さく頷いている。しかし、レオンは気に留めることなく爽やかに笑顔を浮かべ、自分の護衛二名を指した。
「大丈夫、僕の護衛がふたりもいるんだから。ヘマタイト君は当番の仕事が終わったらおいでよ」
「ですが……」
「ジョージ、ここはお言葉に甘えましょう。早く終わらせてね」
警戒しレオンに反論しようとするジョージを遮るように言葉を重ねる。王族の護衛を疑うような物言いは状況によっては問題になりかねない。ジョージもそのことに気がついたようで、すぐに返事を翻した。
「はい。終わり次第クラブ棟に向かいます」
「それじゃ、ヘマタイト君がんばってね。行こうかオリビア嬢」
「はい。あとでね、ジョージ」
教室にジョージを残し、オリビアはレオンに続いてクラブ棟に向かい歩き出した。
>>続く
久しぶりの更新です! 大変お待たせしました!
VSレオン編、最終章です。
引き続きよろしくお願いします!
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