第52話 チーム・オリビア新メンバー加入のお知らせ
翌日、オリビアは朝食や朝の支度を済ませ、昼前にリタとジョージを連れ学院の敷地を出た。
馬車に乗り、リアムが待つアレキサンドライト家のタウンハウスに向かう。門をくぐり大きな屋敷のドアをノックすると、開いたドアから出迎えたのは執事ではなくリアム本人だった。
「オリビア嬢、来てくれてありがとう」
「こちらこそお時間をいただきありがとうございます」
「会いたかったよ。さあ、昼食の支度ができている。みんなで一緒に食べよう」
「はい……」
オリビアはさらりと飛び出したリアムの言葉に不意をつかれ顔が火照ってしまい、俯きながら彼の後ろをついて歩いた。自分の後ろを歩いているリタとジョージの表情も想像できるので振り向くこともできない。
「それではみんな、元気そうでよかった。遠慮せず好きなだけ食べてくれ」
「いただきます」
「ご馳走になりま〜す」
食堂に着くとすでに豪華なランチの準備が済んでおり、リアムがオリビア一行を全員ゲストとして扱い、同じテーブルに向かうことになった。
ジョージはまるで飲食店の給仕のようなセリフを吐き気負ってはいないようだが、リタは申し訳なさそうに肩を縮めている。オリビアはそんな彼女を笑顔で激励する。
「リタ、今日はあなたもお客様よ。堂々としましょう」
「はい、オリビア様。あの、アレキサンドライト公」
「どうしたリタ?」
リタがリアムの方を向き、意を決したように一度小さく頷いてから彼を見据えていた。
「先日はご迷惑をおかけしてしまい、大変申し訳ございませんでした。私のようなものに貴重な魔法を使っていただきましたこと、感謝申し上げます」
リアムがその場でしっかりと首を垂れるリタに優しい笑顔を向けている。もしも彼女があまりにも自分を卑下し、リアムを困らせるような事態になったら間に入ろう。そう思っていたオリビアは静かに微笑みこの場を見守ることにした。
「リタ、頭を上げなさい」
「はい、アレキサンドライト公」
「君は大勢の人間から見れば、ただの伯爵家の侍女だ。けれど、オリビア嬢やジョージにとっては違う。家族同然の大切な人間だ。恋人の家族を助けるのは当たり前だよ。迷惑なんかじゃない」
「そんな、めっそうもございません」
恐縮し再び頭を下げたリタに、リアムが優しい声色で語りかける。
「リタ、こういうときは一言「ありがとう」でいいんだ」
リタが顔を上げ不安げにこちらを見たので、オリビアは微笑みを絶やさず頷いた。
「あ、ありがとうございます。アレキサンドライト公……」
「どういたしまして。さあ、冷めないうちに料理を……ジョージはずいぶん気に入ってくれているみたいだな」
「ご馳走になってま〜す」
オリビアがリアムの視線の先にいるジョージを見ると、彼はすでにひとりもぐもぐと料理を口に運んで葡萄酒が入ったグラスに手を伸ばしているところだった。
吹き出すように笑うリアムに恥ずかしくなったオリビアは顔を真っ赤にしてジョージを叱りつける。
「ちょっとジョージ! 今は遠慮する空気でしょう。恥ずかしいじゃない」
「ははは。やはり君たちを見ているのは面白いなあ」
「いつでも混ざっていただいて構いませんからね、アレキサンドライト公」
「こら、ク……ジョージ! オリビア様に恥をかかせるな!」
この日、食堂からはしばらく賑やかな話し声や笑い声が響いた。
昼食後、オリビアはリタ、ジョージとゲストルームに移動し、リアムに今回の事件について話をすることになっていた。
「さて、今回はリタが無事で本当によかった。しかし、事件には不可解な点がいくつかある。オリビア嬢?」
「はい、リアム様」
リタが狙われた原因は明らかになっていないものの、多少の心当たりがある。何とかごまかせないかと返事をしながらオリビアが悩んでいると、リアムからさらに追い討ちの一言が返ってくる。
「君のことは信じているし、いつでも力になりたい。私はあの日の誓いに嘘偽りはない。オリビア嬢、ぜひ君の「誠実」をここで証明してほしい」
「はい、もちろんでございます。リアム様……」
優しく室内に響くリアムの声を聞きながら、言い逃れはできないと悟ったオリビア。これまで自分が知り得た騎士団襲撃事件やレオンに魔法を探られていることなど全てを話した。
「……というわけです。王家とクリスタル家のトラブルについては嫡男のみに知る権利があり、私からお話しすることができないことは、どうかご容赦くださいませ」
最後まで話し終え、締めの言葉とともにオリビアは頭を下げた。
室内には数分の静寂が訪れる。そして、長いため息が聞こえオリビアの髪の毛がほんのわずかに揺れた。ため息の主は正面に座っているリアムだ。
「オリビア嬢、そんなに危険なことに首を突っ込んでいたとは……。なぜすぐに私に言わなかったんだ」
「内容が内容なだけに、証拠がない状態で事件の当事者であるリアム様には言えませんでした。万が一間違いがあれば多大なご迷惑をおかけすることになりますし……」
「迷惑なわけないだろう! 君が心配なんだ。それに私は黙っているべきことや確証のないことを口外するような人間ではないつもりだ。けれど話してもらえなかったということは、私はオリビア嬢に信用されていなかったんだな」
室内に響くのは怒りと悲しみがこもった恋人の押し殺すような低い声だ。オリビアは肩を一度震わせてから頭を下げたままその言葉を受け止めた。
「申し訳ございません、リアム様。決してあなたを信用していないということでは……」
「すまない、意地の悪い言い方をした。しかし、ジョージやリタも同じだぞ。なぜ主人が危険なことをしているというのに止めないんだ」
大きく息を吸って吐いたリアムが今度はジョージとリタにも呆れたような口調で苦言を呈した。
「「申し訳ございません」」
間髪入れずにオリビアの従者たちは声を揃えてリアムに謝罪した。きっとリタなんかはこれでもかというくらい腰を折り、頭を下げているのだろう。再び彼のため息を聞きながらオリビアはそんなことを考えていた。
「みんな、顔を上げなさい」
「リアム様、あの……!」
顔を上げると、正面に座っていたはずのリアムが目の前に立っていた。彼はオリビアを見下ろし、眉を下げ困り顔で肩をすくめてから跪き、両腕でしっかりと恋人を抱きしめた。リアムの胸元のあたりに、オリビアの頭はすっぽりとおさまった。
「本当に心配だよ。武術の心得がありそうなリタだって今回のようなことがあるんだ。頼むから、私に黙って危険なことはしないと約束してほしい」
「はい。約束いたしますわ」
自分を抱きしめる腕の力がさらにぎゅっと強まるのを感じる。彼の愛情に包まれるのを意識して、嬉しいようなくすぐったいような気分のオリビアは、リアムの厚い胸板に埋めように頭を擦り付けた。
「あの〜お二方。俺ら、席を外しましょうか?」
なんとも言えない幸福感に包まれていたオリビアは、護衛の一言で一気に現実に引き戻された。そうだ、ここにはジョージとリタもいたんだ。おそらく同じように我にかえった様子のリアムが腕の力を抜いたので、オリビアも急いで彼から身を離した。
「す、すまないジョージ……気遣いは無用だ。オリビア嬢、隣に座っても?」
「も、もちろんですわ!」
オリビアは顔を赤らめながらリアムのために端に移動し場所を作る。そして、同じく顔を赤らめているリアムが隣に座り、こちらを見て気恥ずかしそうにはにかむのを見て、胸が締め付けられるような感覚に陥った。筋肉隆々で大柄な彼が、なんだか無性にかわいらしく思えたのだ。
「オリビア嬢、きっと君は今後も気になったことは自分たちで調べないと気が済まないだろう。だから、その仲間に私も加えてくれないか?」
「リアム様を仲間に、ですか?」
「そう。調べ物でも護衛でも、こうして集まれる場所の提供でもいい。できるかぎり協力するよ」
リアムがオリビアの側頭部に手を添え、軽く頭を撫でた。彼の手の温もりで先ほどの幸福感が再び込み上げてくる。
「リアム様、それではお言葉に甘えて今後は私たちの仲間になっていただきます。調査状況はお会いしたときに報告しますし、もう黙って勝手な行動はしません。約束しますわ」
「それを聞いて安心した。もう事後報告で青ざめたくはないからね」
「リアム様……」
オリビアは今も頭を撫でているリアムの手にそっと自分の手を添えた。その仕草に一瞬驚き細めていた目を開いた彼と、視線を合わせて微笑む。
「そ、そうだ。君たちに渡したいものがあったんだ。取ってくるよ。ゆっくりしていてくれ!」
リアムが勢いよく立ち上がり駆け足で部屋を出ていった。オリビアはその後ろ姿と閉じた部屋のドアを眺めてパチパチと瞬きを繰り返した。
「いい雰囲気だったんすけどねえ〜。ありゃきっと童……」
「やめなさいジョージ!」
ジョージの言葉を遮るようにオリビアは彼を睨み嗜めた。ニヤニヤと緩む口元が腹立たしい。少し視線を移すとリタもジョージに冷ややかな視線を送っていた。それでも気にせず彼は言葉を続ける。
「ま、いいですけど〜。俺だったらあの流れでキスくらいしますけどね〜。お嬢様、ついにリタに先越されちゃいましたね〜」
「え?」
オリビアは確かに聞き取ったはずのジョージの言葉が理解できず、声が裏返った。リタも目を見開きジョージを見ている。
「どういうことだ、ジョージ? 私がオリビア様の先を越すというのは……」
「え〜そのままの意味だけど〜。教えてほしい?」
「ジョージ、もったいぶらないで教えなさいよ!」
「え〜どうしよっかな〜」
「「ジョージ!!」」
目尻と口角を近づけ薄ら笑いを浮かべるジョージに、オリビアはリタと一緒に話の続きを催促した。彼は「しかたないなあ」と言って不快な笑みを絶やさない。
「この前エルの店でリタを見つけたじゃないですか。あのときエルがリタに毒消しと気つけ薬を飲ませてたんですよ」
「それで?」
オリビアはジョージの話の意図がわからず首を傾げた。リタも同じように不思議そうな顔で彼を見ている。
「うわ、わかってないなあ〜ふたりとも。寝ているリタにどうやって飲ませたと思います?」
「わからないわ。どうやったの?」
さらに首を横に傾けてオリビアが問いかけた。すると、リタが何かに気づいたようで急に顔を真っ赤にしてジョージを静止した。
「それはね……」
「ジョージ、もういい。やめろ!」
「それは?」
「く・ち・う・つ・し♡」
オリビアはその言葉を並べて呟く。
「く・ち・う・つ・し。くちうつし……口移し。ああ!」
「そ、口移し。キスですね〜」
ジョージが顔を真っ赤にしたリタにボコボコと殴られている様子を視界の片隅に入れながら、リアムの屋敷にいることも忘れ大声で驚きを表現した。
「ええ〜!! リタ、エルとキスしたの〜?」
>>続く
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