第51話 チーム・オリビアの休日

 翌日、いつもよりゆっくり目が覚めたオリビアは、すでに身支度を済ませベッドの傍で挨拶するリタに視線を向けた。


「オリビア様、おはようございます」


「リタ、あなたもう平気なの?」


「はい。昨日はご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。先ほど控え棟にも行って挨拶してまいりました。本日よりまたいつも通り勤めさせていただきます」


 きっちりとメイド服に身を包んだリタが深々と礼をする姿を見て、オリビアは口を窄めて鼻から息を吐く。不満を表現してみたつもりだ。


「もう、今日くらい休んだらいいのに〜」


「お嬢様、言ってもムダっすよ。ちなみに俺はお言葉に甘えてゆっくりさせてもらいま〜す」


「ジョージ! まあ、しょうがないわね。あなたも昨日はがんばったし、いいわよ」


「あざっす〜」


 室内のソファには昨夜からジョージが寝転がっており、オリビアに向かってひらひらと手を振っていた。主人への対応としてはいかがなものかと思ったが、オリビアは容認することにした。

 しかし、リタは違ったようでドスドスとわざと大きな足音を立ててジョージの前に立つ。


「おい、クソジョージ。お前いつまで居座る気だ、ここはオリビア様の部屋だぞ?」


「え〜、だって学校休んじゃったから外では遊べないじゃん。だったらお嬢様の部屋でハピ天したり動画でもってね〜」


「ジョージ! お前は本当に最低なやつだな! タブレットはお前の暇つぶしの道具ではないぞ!」


「リタ、そんなに怒らないで」


 オリビアは今にもジョージに殴りかかりそうだったリタを静止した。どうやら彼女はいつも以上に元気なうようだ。こちらを振り向き、眉を寄せている。


「ですがオリビア様……」


「まあいいじゃない。それにジョージはリタを見つけて帰ってきてくれたのよ。今日はみんなでゆっくり過ごしましょう」


「……わかりました。おい、ジョージ」


「なんだよ」


 リタが息を吐きジョージを見下ろすと照れくさそうに口籠ったのち、しっかりと頭を下げた。


「その、昨日はありがとう」


「え、あ……」


 彼女の予想外の状況にジョージがぽかんと目と口を開けてなんとも言えない間抜けな返事をした。そのうちにリタがくるりと身をひるがえし出入り口に向かう。


「それでは、朝食の支度をしてまいります。失礼いたします」


 リタが駆け足で部屋を出ていった。

 その様子を見てオリビアは口元を緩ませた。


「珍しい。ジョージ、あなたもずいぶん驚いたみたいね」


「そ、そりゃそうでしょ」


「ふふふ。いいものを見たわ」


 オリビアはジョージと顔を見合わせて笑い、平和な朝を満喫した。


 その後、朝食を用意して戻ってきたリタ、ジョージと朝食をとり身支度をしたオリビアはソファに身を預けお茶を飲んで一息ついていた。

 先ほどまでここを占領していたジョージは小部屋を解放した途端にタブレットに夢中になっている。


「ジョージ、買い物はほどほどにね!」


「へいへい」


「ていうかいつまで買い物しているの? ちょっと見せて」


 こちらを振り向きもせず画面にかぶりついているジョージを不審に感じたオリビアは、小部屋の入り口から彼の持つタブレットの画面を覗き込んだ。

 ジョージが慌てて画面を隠す。


「うわ、ちょっと勝手に見ないでくださいよ」


「出しなさい、ジョージ」


「…………」


 無言でタブレットを差し出すジョージ。オリビアは受け取って画面の確認をする。


「あ、ちょっとこれ何よ。「金、プラチナ買い取ります」って……ジョージ!」


「だって、しゃあないじゃないですか!」


 画面には貴金属の買取専門店のホームページが映し出されている。オリビアはすぐに状況を理解し、ジョージを横目で睨みつけた。


「ジョージ、あなたやる気だったわね?」


「だって、今月の出費が……」


「だとしても、ルール違反よ。ジュエリトスのものを勝手にあっちに流してはダメだって言っているでしょう?」


 ジョージがまるで苦虫を噛み潰したかのように顔をしかめている。

 ジュエリトスは宝石や魔石がよく採れる国で、その採掘の副産物として金や銀、プラチナなどの金属も豊富に採れた。これらは比較的安価で、平民でも十分手に届く額で手に入る。


 しかし、異界では高価なものとされ高値がつくのだ。オリビアは仕入れなどに使う金の換金目的で自分が所有している金などを売っていた。もちろん世界の均衡を崩さないよう注意して取引しており、部下にもこの手法で資金を得ることを禁じていた。


 なのに今回ジョージは自分が失った約百万エールを埋めようとこの悪事に手を染めようとしていたのだ。


「罰として、今日の件は次回ボーナス査定の材料にさせてもらうわね」


「そ、そんなあ……。そりゃないっすよ、お嬢様〜」


 情けない声を出して、ジョージはオリビアの足元に崩れ落ちる。それをリタが冷ややかな視線で見下ろしていた。


「オリビア様との約束を守れないとは、やっぱりお前はクソジョージだな」


「なんだよ脳筋女!」


「失礼な! お前なんかこうだ!」


 オリビアがまた始まったかとふたりの寸劇に反応すべく振り向くと、リタがジョージの首を腕で締め上げていた。「ぐえ」と苦しそうに呻いてジョージがリタの腕を両手で引き剥がそうとしている。


「もう、ふたりともいいけげんにしなさい!」


「はい、申し訳ありません」


「……ゲホッ。死ぬかと思った」


 喉の辺りをさすりながら、ジョージが呟いた。オリビアはそれを見てやれやれと息を吐く。


「ジョージ、どのみちあのまま進んでもあなたに金の売買は無理よ。最後の最後で申し込みができないはず。私たちはそういう契約をしているんだから」


「マジすか〜! うわ俺首絞められ損じゃないっすか〜」


 がっくりと肩を落とすジョージに、オリビアはピシャリと言い放った。


「私の契約魔法を甘く見ないことね」


「わかりましたよ、地道に働けばいいんでしょ?」


「そういうことよ」


 大きなため息を吐くジョージにオリビアは口角だけを上げ少しいじわるな笑みを向けた。


 その後、オリビアは昼食も従者たちと部屋でとり、クリスタル領にいるセオと仕事の話をして過ごしていた。外を眺めると下校する生徒たちが寮や校外に向かって歩いている。


「あら、もう放課後なのね」


「そろそろお茶とお菓子をお待ちしましょうか?」


「よろしく〜」


「お前には言っていない、オリビア様に言ったんだ!」


「け〜ち」


 朝はあんなにいい雰囲気だったのにすっかりいつも通りの小競り合いをはじめた彼らに呆れつつ、オリビアがふたりをなだめようとしたタイミングで、ドアを叩く音が聞こえる。


「ん? 誰かしら……」


「オリビア様、私が出ますね」


 急いで小部屋を閉め、入り口に向かうリタと一緒にオリビアもドアの前に立った。


「オリビア嬢、僕だ」


「え、この声は……まさか……」


 聞き覚えがある高貴な声に、オリビアはぴくりと頬が引きつった。


「レオンだ。体調不良で休みだと聞いたが大丈夫なの?」


「レ、レオン殿下?」


 小声で「どうしよう」と囁きリタに出たくないという意思を伝えてみるが、彼女は静かに頷いた。どうやらレオンを通さないわけにはいかないようだ。オリビアは仕方なく頷き返した。


 そして、リタが部屋のドアを開ける。


「やあ、思ったより元気そうじゃないか。失礼するよ」


「はい。レオン殿下、わざわざご足労いただきありがとうございます」


「見舞いの菓子も持ってきたよ。ハリー」


「はい」


 レオンが話しながら室内に入っていく。護衛のハリーに菓子が入った袋を渡され、リタがぺこりと軽く頭を下げた。


「ん? ヘマタイト君じゃないか! ここは女子寮だろう。君までどうしたんだい?」


「特別に滞在の許可はもらっています」


 机の近くに立っていたジョージがレオンに一礼する。


「そうなんだ。なんだか君たち昨日は大変だったみたいじゃないか」


 レオンがソファに座り、リタが急いでお茶を入れる準備をした。オリビアは彼の向かいのソファに座り、彼の問いに答える。


「ええ。昨日中に解決していますが、夜遅かったためシルベスタ先生の許可をいただき本日はお休みをいただきました。なので表向きは体調不良としましたが平気です。お気遣いいただき恐縮ですわ」


「ふうん、そう……」


 オリビアは当たり障りのない程度にとどめて言葉を返したが、レオンの反応が薄いことから次の問いかけに警戒した。それにこの部屋には小部屋もある。レオンには早くお帰りいただきたいというのが本音だ。


「ちなみに昨日は君の侍女が行方不明になったと聞いたけど、彼女のことかな?」


「は、はい。そうです。私付きの侍女でリタと申します」


 オリビアの紹介に、リタがレオンに向けて深く一礼した。そしてお茶を淹れて彼の前に差し出す。


「ありがとう、いい香りだね。それに美味しい」


「もったいないお言葉でございます」


 レオンがお茶を一口飲んでリタに微笑みかける。彼はリタが大好きな見目麗しい男性だが、さすがに恐縮してそれどころではなさそうだ。


「リタもこの通り無事帰りました。昨日はリアム様も様子を見にきてくださいましたので、そのときに回復魔法を使って治療していただいております」


「そう、それでケガもなく元気なわけだ」


「はい、その通りでございます」


「そうなんだね。みんなが無事でよかったよ」


「ありがとうございます」


 ひと通り話終えると、レオンはリタが淹れたお茶を飲み干し席を立った。


「女子寮に長居も悪いし、僕はそろそろ帰るよ」


「たいしたお構いもできず申し訳ございません」


「ううん。急に来て悪かったよ。また週明けにね、オリビア嬢」


「はい、また教室でお会いしましょう」


「それじゃあまた」


 オリビアは廊下に出て去っていくレオンをその姿が見えなくなるまで見送った。そして飛び込むように部屋に戻り、ドアを施錠する。


「あ〜疲れた! いきなり来るとか驚くじゃない、なんなのあの王子〜」


「レオン王子、あんなに近くで拝見できるとは……。それに会話も……。美しすぎて緊張しました!」


「ちょうど小腹減ったんで、もらったお菓子食べませんか〜?」


 大きく息を吐きながらソファに座るオリビアに合わせて、リタとジョージも思い思いに発言している。それに呆れながら、リタの淹れたお茶を飲んで一息つく。


「もう、リタもジョージも好き勝手言って……。まあいいわ、お菓子でもいただきましょう」


 こうしてレオンが差し入れた菓子を食べ、オリビアたちの金曜日が終わろうとしていた。


「それではオリビア様、おやすみなさいませ」


「おやすみリタ。また明日ね」


 食堂で夕食を済ませ、ジョージと別れたオリビアは寝支度を済ませリタを下がらせる。そしてベッドに潜り込んで今日一日を振り返っていた。


「わざわざお見舞いに来たわりに、レオン殿下はそこまでしつこくなかったわね。なんだったのかしら?」


 いつもの彼なら部屋のものにあれこれカマをかけてみたりしそうなものだったが、そういった様子もなく長居もしなかった。


 オリビアはリタが行方不明になった件はレオンが関係している可能性もあるとと予想していたが、考えを改めなければいけないと思った。


「う〜ん。今日はあまり頭が回らないし明日はリアム様に会うし、もう寝ようっと」


 明日リアムに会うのを楽しみにしながら、オリビアは目を閉じ眠りについた。


>>続く


ここまで読んでいただきありがとうございます!

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次回はアレキサンドライト邸GO!

引き続きよろしくお願いします(^^)/

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