第50話 帰ってきたリタ
一方、ジョージは急いで街の広場に来ていた。
時刻は二十一時三十分。この時間、店じまいをしている店も目につく。
そんな中リタとオリビアが行きつけている店を何軒かまわり、手がかりを探した。
しかし、リタの足取りは昼食以降わからなかった。
気になったのはリタが一人で行動していたことだ。エルと待ち合わせときいていたが、何かあったのだろうか?
「エルのとこにも行っておくか……」
ジョージは念のため、エルの店に走った。
繁華街の飲み屋などを通り過ぎ、彼の店の前に立つ。
看板は出ておらずドアは閉まっていたが、かすかに人の気配を感じた。
そっとドアを開け、中の様子を確認する。
「エル、いるのか?」
「あ、ジョージ様」
座っているエルの奥に、探し人が横たわっているのが見えた。そして、手前のテーブルには怪しい色の液体が入ったグラス。
「リタ!」
「ジョ、ジョージ様っ。ぐっ……!」
ジョージは店内に進むとエルに駆け寄り、彼の細い首を掴んで持ち上げた。苦しそうにエルが顔を歪めて唸っている。
「お前、リタに何をした!」
「う……ちが……」
「何をしたと聞いてるだろ!」
折ってしまいそうな力でエルの細い首を掴んでいるジョージ。ジタバタと手足をばたつかせ、エルが身を捩り、ジョージの手から逃れた。彼はその場に座り込み、咽び込んでいる。
「じ、違い……ます……。ゲホッ……うえっ……」
その間にジョージはリタの様子を確認する。彼女は額にケガをしているものの、顔色や呼吸は健康そのもので、頭にのぼっていた血がすうっと引いていった。
エルを見下ろすと、彼はやっとのことで息を整えたところだった。
「グラスの中身は……毒消しと気付け薬です……。念のために飲ませました……」
「エル、お前……助けてくれたのか?」
ジョージは慌ててしゃがみ込み、エルの背中をさすった。
「すみません、水を……」
カウンターの水差しを指差すエル。急いでジョージは水差しと新しいグラスを持って彼の元に戻り、グラスに水を注いで渡す。
エルが水を飲んで深呼吸をする。一度咳き込み、再び水を一口飲んでから話しはじめた。
「僕は今朝急用ができたので約束を夕方に変更してもらうよう手紙を出しました。夕方、待ち合わせの広場に行くと、今度はリタさんから伝言で「僕の店で待ち合わせ」と……。急いで向かうと、店の前にリタさんが倒れていたんです」
「そうだったのか……。エル、話も聞かずに乱暴して悪かった」
「いいえ。僕も気が動転していたとはいえ、リビー様とジョージ様にご連絡すべきでした」
よく見ると、エルとリタの口元にはわずかに青緑色の何かがついている。グラスの薬と同じ色だ。彼が本当にリタを助けようと必死だったことを悟り、ジョージは静かに首を横に振った。
「いや……。ひとりでリタを助けようとがんばってくれてたんだな。ありがとな、エル」
「ジョージ様……」
「さあて、お嬢様が心配してる。俺はリタを連れて帰るけど、お前首は大丈夫か? 結構強く掴んじまったし、医者に診せに行くか?」
「いいえ、僕は平気です! 早くリタさんをリビー様のところに連れて帰ってあげてください」
エルが立ち上がり、自分が平気であることを主張してみせる。ジョージは感謝の気持ちを込め、彼に頭を下げた。
「エル、本当にありがとな」
「いいえ、僕なんて大したことはしてないですよ」
「本当に助かったよ。落ち着いたら顔出すからな」
「はい、お待ちしています」
ジョージはリタの体を抱き上げ、改めてエルに挨拶し店を出る。
帰りがけに広場にいた騎士団員に事情を伝え、馬車に乗って学院を目指した。
二十三時。貴族学院女子寮、オリビアの部屋。
バン! と大きな音とともに入り口のドアが開く。
リアムに身を預けたまま、いつのまにかうたた寝をしていたオリビアは音に反応して目を開いた。
「お嬢様、戻りましたよ」
「オリビア嬢、ジョージが戻ったぞ!」
「ジョージ!」
恋人に促されドアに注目する。オリビアは跳ねるように立ち上がり、入り口に立っているジョージに駆け寄った。主人との約束を守った彼は、リタを背負っている。
「……約束、守りましたよ」
「リタ! ありがとう、ジョージ!」
「ジョージ、疲れただろう。リタをこちらへ」
「ありがとうございます」
「リアム様、それではリタは私のベッドに寝かせてください」
リアムがリタを抱きかかえ、オリビアのベッドに寝かせる。
「ジョージ、リタはどこに? けがをしているみたいだし……」
「エルの店の前で倒れていたそうです。彼が手当てをして、今は眠っています」
「そうだったの……」
オリビアはリタの髪をそっと撫でた。彼女が無事だとわかっていても、目が覚めるまで心の底からは安心できない。
そんな気持ちを察したのか、リアムが背中に手を添え静かに微笑む。
「オリビア嬢、私の回復魔法に任せてくれないか?」
「リアム様……お願いいたします」
リアムの申し出にオリビアは一歩後ろに下がってリタから離れ、彼に深々と頭を下げた。
後頭部の部分にふわりと何かが触れる感触がして顔を上げると、リアムが柔らかな笑みを浮かべ一度頷いた。そして、彼はリタの額に手を乗せ魔力を解放する。
その様子を見ながら、オリビアは祈るように呟いた。
「リタ……」
リアムの手が触れているところから広がっていくように、リタの体が白い光に包まれる。
数分後、光は消えリアムが振り向きオリビアの肩をそっと叩いた。
「オリビア嬢、終わったぞ。もう大丈夫だ」
「リタっ」
リアムと入れ替わりにリタに寄り添う。回復魔法のおかげで額のけがはなくなっていて、オリビアは安堵の息を漏らした。振り向いてリアムに向かい、彼の手を両手で握りしめる。
「リアム様、本当にありがとうございます!」
「役に立ててよかった。すぐに目を覚すはずだから、ついていてあげるといい」
「はい」
リアムに促されオリビアはベッド脇の椅子に腰掛けリタの手を握った。
すると、すぐに彼女の指先がピクリと動く。
「リタ!」
「……オリビア様? ここは……」
「学院の私の部屋よ! よかった、目が覚めて」
リタがうっすら目を開けてオリビアを見つめたあと、ぼんやりと室内を見渡している。オリビアは彼女の手をぎゅっと握りしめ笑顔を見せるが、同時に涙もボロボロと流していた。リタが目覚めたことで本当に安心し、緊張の糸が切れたのだと自覚する。
「皆様……ご迷惑をおかけして、申し訳ございません。少々油断していたのだと思います」
数分後、オリビアが用意した水を飲み完全に目を覚ましたリタが呟いた。その表情は暗く、彼女は目を伏せ申し訳なさそうに眉を下げている。
「いいえ、リタのせいではないわ。私も王都の生活に慣れて油断していたもの」
「そんなっ。オリビア様のせいなどではございません。私が……」
「まあまあ、ふたりとも落ち着くんだ」
「はい……」
リアムが間に入り、オリビアはひとまず冷静さを取り戻した。リタも同様に呼吸を整えて気を落ち着かせようとしているようだった。
「とりあえず夜も遅い、今日はもうゆっくり休んで回復してから今回の件を話そう。いいね?」
「はい。ご迷惑をおかけして申し訳ありません、リアム様」
オリビアはいつもの冷静さを保てなかった自分を恥じながらリアムに頭を下げる。すると、頭上から優しい声と髪の毛を撫でる優しい手が返ってきた。
「迷惑なんかじゃないさ。いつでも頼ってくれていい。何をおいても力になると、そう誓っただろう?」
「リアム様……」
顔を上げるとリアムが深緑の瞳に微笑みをたたえていた。彼はもう一度オリビアの髪の毛を撫で、その大きな手でオリビアの小さな両手を包み込んだ。
「オリビア嬢とジョージは明日学校を休んでゆっくりしなさい。帰りがけに私からシルベスタ先生に話しておく。週末、私のタウンハウスで待っているから三人で来てくれ」
「はい、かしこまりました」
オリビアはリタ、ジョージと共にリアムを見送り、この日は恐縮し控え棟に戻ろうとするリタを引き止め、三人揃ってオリビアの部屋で休んだ。安心し気が抜けたからか、オリビアはベッドに入った瞬間に意識を手放した。
◇◆◇◆
同日、二十三時頃。
王宮のレオンに部屋には、彼の護衛たちが定例の報告に来ていた。
「殿下、ご報告いたします。オリビア・クリスタルの侍女リタの魔法がわかりました」
「そうか、結果は?」
やっと任務をこなすことができ嬉々としているオリバーの報告を、レオンはソファに腰掛け眉をひそめ咳払いをして聞いていた。
ハリーがこの張り詰めた空気に緊張し身を固め俯いていたが、オリバーは全く気づく様子もなく口角を上げ、いつもより心なしか張りのある声で答えた。
「はい。リタの魔法は「増幅」でした。魔力量は中程度で……」
「そう。「増幅」ね……お前、それをどのように知ったんだ?」
レオンは思いきり目をつり上げ、オリバーに問いかけた。彼の隣に立つハリーが完全に萎縮している。しかし、オリバーは気づかないまま話を続けた。
「調査しているときに行きつけの店を何軒か確認しました。そのうちのひとつにソーダ屋台がありましたので店主を買収しソーダに眠り薬を仕込ませました。そして、倒れたところを先日ジョージ・ヘマタイトが使っていた宿に連れて行って解析魔法を使いました」
「そうか。オリバー、確かに僕は多少強引な手を使ってもかまわないと言った。同時に怪我をさせるなとも言ったぞ」
レオンはオリバーを睨みつけた。ここでやっと彼と目が合う。そして自分が一部任務に失敗したと悟ったであろうオリバーが一歩後退り、弁解を始めた。
「た、確かに倒れた拍子に怪我をしましたが、命に別状はないものです。それに調査後もすぐに発見されるよう、彼女が懇意にしている店の店主を呼び出し、現れる直前に店の前に転がしておりますので……ひっ!」
「転がしておいただと?」
「ち、治安が悪い地域ではありますが保護されるまで見張っておりましたし、リタは身寄りもない侍女ですから多少のことは問題ないかと……」
オリバーが冷や汗を流しながら直立し、完全に萎縮している。レオンはソファから立ち上がり、彼に詰め寄った。
「オリバー! お前、貴族でありながら国民を軽んじるその態度はなんだ。最低だぞ!」
「ひいっ! ももも申し訳ございません……」
「もういい! 不愉快だ、お前はもう下がれっ」
「は、はいい……」
滅多に声を荒げないレオンの怒鳴り声に、オリバーが目に涙を浮かべて部屋から逃げるように立ち去った。その後ろ姿を見送り、再びソファに体重を預ける。
すると、残されたハリーが一歩前に出て静かに口を開いた。
「殿下、オリバーはアメジスト家の三男。ああして叱られることは初めてでしょう。それに、あなた様はどうやら彼の振る舞い以外にも何やら苛立っているご様子ですね」
「ハリー、わかっているよ。オリバーのことは明日僕がフォローする」
「出過ぎたことを言って申し訳ございません」
「いや、君の言っていることは正しい。ありがとう。君ももう下がっていいよ……」
「かしこまりました。それでは失礼いたします」
ハリーが腰を折り深々と礼をして部屋から出ていった。
ドアが完全に閉まってから、レオンは大きく息を吐く。
「これでもう後には引けないな……。オリビア嬢とは今度こそ直接対決だ」
様々なものを犠牲にして、他人に怪我をさせてまで、ここまで辿り着いた。
レオンは祖父の悲願を達成させるため、芽生えていた友情もそのほかの感情も全て封じ込めようと心に誓った。
>>続く
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