第43話 従者たちの明暗
夜、夕食も済みオリビアの部屋にはリタ、セオ、エリオットが集まった。リタがお茶の用意をしていると、予定外にジョージもやってきた。
「あらジョージ。どうしたの?」
「いやあ、いいものが手に入ったんで持ってきました」
ジョージが懐から小冊子を取り出し唇を右端だけ上げている。オリビアはそれを受け取り中身を確認し、彼と同じ表情を作った。ハイランドシープの生地見本だった。
「やるじゃない、ジョージ! あ、でもこれは受け取れないから返すわね」
「え! そ、そんな。そりゃないっすよ〜!!」
オリビアは生地見本に挟まっていた紙をジョージに返す。彼はその場で崩れ落ちた。それもそのはず、ブティックの領収書だったからだ。
「こんな大金、経費で済むわけないでしょう」
「そ、そこをなんとか……」
跪いて泣きつくジョージを、オリビアは無視することにした。
目を合わせずそっぽを向いていると、今度はリタが領収書を手にとり内容を確認している。そして、彼女は目を見開き「ひい!」といって息を吸った。
「バカかジョージ、なんだこの百五万エールという金額は!」
「うわ、ジョージさん。これは……」
セオも領収書を覗き込んで目元をぴくぴくと引きつらせている。
その後は誰も、この件に関して何も言わなかった。
ジョージが領収書を握りしめ、捨てられた子犬のように茶色い瞳を潤ませていた。
「ちなみに、ここに来るまでの高速馬車代が二名分で六万エールだったんですが……」
「領収書は?」
「もらうの、忘れました……」
「それじゃあ経費にはならないわね」
ポケットマネーを総額百十万エールも失ったジョージががっくりと肩を落として床に伏せていた。それを尻目に、オリビアは話を進める。
「それはさておき、本題に入りましょう。先日の騎士団襲撃事件に、ペリドット家が関わっている可能性が出てきたの。」
「ペリドットって、すぐ隣じゃないか」
エリオットがその芸術品のような顔に驚嘆の表情を浮かべていた。セオも目を見開き、言葉を失っている。オリビアは話を続けた。
「可能性よ。確定ではないから過剰に反応しないように。こちらが疑っていることを気取られてはいけません。ただ、念の為お兄様は用がない限り屋敷から離れないこと。外出時の護衛は増やすこと。ペリドット領やその付近には絶対に近づかないこと。いいですね?」
「ああ、わかった」
静かに頷く兄に頷き返し、今度はセオに向かって話し始める。
「セオ、あなたは引き続き領内の警戒を怠らず、できる限りの情報収集をお願い。無理はせずに。もし何かあったら、すぐに私に知らせてちょうだい」
「もちろんです! お任せください!」
オリビアはセオの真剣な眼差しに、笑顔を返した。そして、先ほどモアメッドの店で受け取った箱を彼に手渡す。
「頼もしいわ、セオ。これをあなたに」
「開けても、よろしいでしょうか?」
「もちろんよ」
「こ、これはっ!!」
セオが箱を開け、中身を見て唇を震わせた。彼は空いている方の手でその口元をグッと押さえる。
箱の中にはクリスタルをあしらった耳飾りが一つ入っていた。
「これから、連絡が必要なことも増えるでしょう。私からセオへ、信頼の証よ」
「オ、オリビア様っ……ううっ……ありがとう、ござびばず……っ」
セオが咽び泣きながら感謝の言葉を述べるのを、オリビアはリタやエリオットと静かに見守った。そして、箱を持つ手が震えている彼にかわり、箱の中身を取り出した。
「もう、泣くようなことじゃないわよ。さあ、そこの椅子に座って。つけてあげるわ」
「あい……っ」
オリビアはセオに耳飾りをつけた。耳たぶに収まるクリスタルの一粒石にプラチナでできた飾りがぶら下がって、彼が肩を揺らすたびにゆらゆらと揺れ輝いている。
「うん。似合うわよ、セオ。リタ、使い方の説明をお願い」
「かしこまりました」
リタがセオに耳飾りの使い方を説明し始めた。オリビアはソファに座ってリタが用意したお茶を飲み、お菓子をつまんだ。
「なあ、オリビア」
「なんでしょう、お兄様?」
向かいに座っていた兄に、お菓子を食べながら返事をする。彼はセオの方を見ながら呟くように問いかけてきた。
「あの耳飾り……なんで俺のはないんだ?」
ついにきたか、とオリビアは思った。
耳飾りにどういう力が込められているのかはエリオットにも話している。しかし、彼にそれを渡すわけにはいかなかった。
オリビアはお茶を飲み、鼻から息を吐き兄をまっすぐに見据えた。
「はっきり申し上げますわね。危なっかしいからでございます」
「え?」
「お兄様はすぐに物をなくす、転倒などの事故で壊す、うっかり人前で使ってしまう、その他諸々……情報漏洩などの危険があるのです」
「うっ!!」
「あとは、そこまでお兄様に緊急の連絡事項はなさそうですから」
エリオットが目の前でうなだれている。全てが日頃の行いからくるものなので反論もできないのだろう。彼は数秒後、そっと席を立った。
「もう寝る。みんなおやすみ……」
エリオットは俯いたまま歩き出し、オリビアの部屋を出ていった。
その後、オリビアはリタに手伝ってもらいながらにジョージを部屋から追い出し、セオを見送った。そして、寝支度を始める。寝巻きに着替え、リタに髪の手入れを任せた。
「今日は移動が多くて疲れたわね。本当はもう一泊したいところだけど、学校があるから明日帰らないと。リタはもしゆっくりしたかったら何日か滞在してもいいのよ? ジョージがきたから連れて帰ればいいし」
「いいえ、私も一緒に王都に戻ります」
「そう。わかったわ」
「あの、オリビア様……」
一定のリズムで髪を解いていたリタの手が止まった。オリビアは首を後ろにひねる。
「どうしたの? 何か悩み事?」
「え……」
「ここ何日か、悩んでいるようだったから」
オリビアは気づいていた。デートの日から彼女が嬉しそうに柔らかな表情を浮かべたり、眉を寄せ何かを考え込むのを繰り返していることに。おそらくエルのことだろうとも思っていた。
「実は、エルのことなのです」
「そう」
リタが先日、オリビアたちが来店する前の出来事をゆっくりと説明した。オリビアはそれを聞きながら、何度も相槌を打ち頷いた。
「オリビア様は、ジュエリトスで見た目や人種に関わらず、人目を気にせず自由に外を歩ける場所に心当たりはありますか? エリオット様はオリビア様に聞くといいとおっしゃっておりました」
「ええ、心当たりがあるわ」
「それは、一体どこでしょうか?」
オリビアの答えに、リタが食いつくように問いかけてくる。
家族同然の彼女が他人と真剣に関わろうとしていること、本気の恋愛感情を持ち始めていることに嬉しさが込み上げる。
「ねえリタ、あなたが普段人目を気にせず自由に歩ける場所はどこかしら。そしてそこならどんな店にも臆せず自由に入れる……そんな場所」
「私が……」
リタが数秒斜め上を見て思案したのち、「あ!」と言って眉を上げ、目と口を開いた。オリビアは白い歯をわずかに出し、イタズラに笑う。
「お兄様に言われなかった?「エルに会ってみたい」と」
「言われました……。ヒントだったのですね」
「まあ、本当に会ってみたいということでもあると思うわ」
「オリビア様、ありがとうございます」
リタが大きく深呼吸をしてから、再びオリビアの髪を解き始める。
ブラシが通る一定のリズムに心地よさを感じながら、オリビアはうっとりと目を閉じ、リタとエルが笑顔で並び歩く姿を思い浮かべた。
>>続く
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次回はまた王都に戻ります!
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